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河童編・後日談2




  ここは私が保護されて、初めて一緒に眠った場所だ。

見ず知らずのお屋敷で、あてがわれた部屋で泣いていたら、

そんな私に気づき、龍青様が抱っこして連れて来てくれたんだ。



『本当は未婚の者がともに寝るのはいけないのだが……。

 ここには俺以外の龍族が居ないからね。

 姫はまだ幼い上に女房殿もまだ怖いようだし、特別だよ?』


『キュ……?』


『龍の子どもは親や仲間と体を寄せ合い、眠るそうだから……』



 そうしてお兄さんの寝床で眠らせてくれた。

私が安心できるように、寝物語というのも聞かせてくれて……。

まだ幼いから、きっとすぐに忘れるだろうと思っていたらしいけど、

私はここで過ごしたことを、とてもよく覚えていた。


 だからあれ以来、私のお気に入りの場所の一つになった。


 龍青様の寝床は、柔らかくてあったかくて、

顔をうずめてすんすんすると、あの頃を思い出す。

ここに居るだけで、龍青様に抱っこされている気分で落ち着くんだ。

だから私はここで過ごすのが大好きになっていた。

出来れば、ずっとここに住み着きたい気分なんだけど。



「キュイ」


 龍青様の匂いがいっぱいする寝床、やっぱりいい!

一匹でお昼寝するのなら、自分の部屋よりこっちで寝るのがいいよね。


 本当は、ここにある全部を私の巣に持ち帰って使いたいけど、

前にないしょで少しずつ持ち出そうとしたら、龍青様に見つかったからな。

ミズチおじちゃんを味方につけるまでは、上手くいったんだけど……。


 いまだに、龍青様の「はだぎ」を狩るのも成功していないんだよね。

あのお兄さんは、その辺についてはやたら警戒心が強いから、

今まで一度だって上手くいかないのだ。


 顔を上げると、御簾みすごしで、龍青様が仕事をしている姿も見られる。

キュイっと呼びかけると、龍青様が気づいて「またそこで寝るのかい?」と、

ちょっと困った顔で笑いかけてくれた。


 ごきげんにしっぽを振りながら、私はまた寝転がる。



「――やっぱりこっちで寝ているのか、おまえ」


「キュ?」



 声がしたので顔を見上げてみれば、

部屋の入り口にハクお兄ちゃんが立っているではないか。

腰に手を当てて、ふんぞり返ってにらんでいるぞ。

そういえば、あっちの部屋から姿が見えないと思ったらこっちに来たのか、

この寂しがり屋さんめ。


 でもだめだよ。ここは私と龍青様しか寝ちゃだめなんだからね。

私は寝床を両手でひしっとしがみ付く。



「だっ、誰が寝たいなんて言ったんだ!」


「キュ?」



 そうなの? じゃあハクお兄ちゃんはここで寝たくないんだね。

どうしてもって言うのなら、端っこだけでも貸して、

匂いぐらいは嗅がせてあげようかと思ったけど、いいか。



「……!」


「キュ」


 龍青様の寝床はいい匂いがして、とっても安心できるのにー……って、

そう言ったら、とても戸惑った顔を見せたぞ……。

やっぱり龍青様の寝床で寝たいんだろう。

このお兄ちゃん、龍青様のことを育ての親みたいに思っているんだものな。

つまり、まだ親に甘えたいさかりなんだと、

じとっと見たらさっと目をそらされた。



「そ、それより、そこは主様の寝所だと、

 なぜ言っても分からないんだおまえは!」


「キュ」


 分かっているよ。分かっているからここに居るんだよ。

お昼寝の邪魔だからあっち行って、と、私はしっしっと手で追い払った。


 でも、中にずかずかと入ってきて、

私の体に巻き付けていた大事な着物をはぎ取られた。

ああっ!? 何をするのせっかく楽しんでいたのに!?



「眠るのなら、おまえが頂いている部屋で寝ろ。ここは使うな。

 ほら、おまえの部屋まで連れて行ってやるから、こっちへ来い」


「キュ!」



 やだ! 私は取られた着物のすそにがしっとしがみ付く。

ここがいいの、ここで寝るんだから邪魔しないで、それ私の、私のなんだから!

キュイキュイと抗議したら、私の体ごとぷらんと持ち上げられた。



「やだじゃないだろっ! 大事なことだから何度も言うが、

 未婚の娘が婚約者の寝床を占領するんじゃない。

 それにここにある物はすべて主様のなんだぞ!?

 全く、なんでこんな事を覚えちゃったんだよ。おまえは……」



 ちがうもん、私の物もいろいろあるもん。

こっちに持ってきているんだから。

それに龍青様の物はお兄さん含めて私のものなのだ。番なんだからな!

私の匂いを付けて、なわばり作りをするのにも必要なんだから。


 うかうかしていると、龍青様を狙うお姉さん達が居るんだもん!

こないだだって、前に龍青様をいじめていた泉の姫様とかが来ていたし。

あいつ、本当にあきらめが悪いよね。お兄さんが嫌がっているのに、

またいろんな嫌がらせの箱とか持ってくるんだよ。


 だから、ここで見張っているのが一番じゃないか。




「……廊下が散乱していたのは、おまえの仕業か」


「キュ?」


 だって、追い返さないと龍青様が泣いちゃうじゃないか。

私はしっぽを振りながら抗議した。これでも私は忙しいのだ。

お兄さんに近づく悪いヤツを、片っ端から追い払わなきゃいけないんだから。



 するとそこへ、顔を赤くした龍青様が額に手を当てながらやって来た。


 隣には、さっき入り口に居た山吹色の着物のお兄さんが立っている。



「ハク……姫はな、そこじゃないとよく寝付けないようなんだ」


「ぬ、主様……?」


「龍の子どもは親元で眠る習性があるそうだからな。

 一匹ではまだ難しいかもしれないから、大目に見てやれ。

 俺だって何度もやっても、泣いてしまってだめだったんだからな……」


「主様……だからってあまり甘やかされては」


「先日も怖い思いをさせてしまって、不安も残っているだろうし……。

 寝床の上で、巣作りを始められるよりはよっぽど良いぞ?」



 龍青様が来たので、私は着物をつかんでいた手を放し、

お尻からぽてっと落ちると、駆け寄って抱っこ抱っこと両手を伸ばす。

龍青様が居るのなら、ぽんぽんしてもらうんだ。

そうするととっても安心するの。


 私はゴロゴロと喉を鳴らしながら、龍青様に甘えた。



「お、おまえはまた……ああもう!」



 ハクお兄ちゃんが何か言っているけど、

知らないと私は声を無視して、龍青様におねだりだ。抱っこ抱っこ。

そんな私を見て、龍青様が両手を差し伸べてくれた。



「はいはい……甘えん坊さんな姫君だね。さ、おいで?

 ところで姫、俺の使っていた筆やすずりがなくなっているのだが、

 姫は知らないかい? 昨日まではあったはずなんだが……」


「キュイ?」



 庭に埋めたよ。後で私のと交換するんだ……と、

私はつい、ないしょにしていた事をぽろっと話してしまった。

いけない。狩りの戦利品としてもらうつもりだったのに。

両手でばっと口を塞いで目をそらす。



「姫……?」


「キュ、キュイイ?」



 し、しらない。私はそんなものしらないよ?

どうせ字の練習をするのなら、いつも使う道具だって、

龍青様の匂いのするものが欲しかったな~……なんて言ってない!

それより龍青様、ぽんぽんして、一緒に寝よう!



「キュイイ、キュイキュイ!」



 私は何か言いたげな龍青様にしがみ付き、

お兄さんを巻き込んで昼寝に突入した。

ハクお兄ちゃんはそんな私に何か言っていたけど、子どもの眠りは早いのだ。

気づいた時にはスピっと眠りについていたぞ。



※  ※  ※  ※



 龍青様を巻き込み、いっしょにとろとろと眠りについて、

夢の中で龍青様とめいっぱい遊んでもらった。夢なら疲れ知らずで大満足。

そして目が覚めると、龍青様が先に起きていて私の頭をなでてくれている。


 やさしいお顔……それを見るとすごく幸せに感じるんだ。



「おや、おめざめかな姫」


「キュイ」


 おはよう龍青様。


 私は目をこすりながら起き上がり、

人形の龍青様を抱っこしながら龍青様と部屋を出る。

萌黄色の着物のお兄さんは、部屋の入り口で待っていたようだ。


 後ろを振り返ると、手まりがころころとついて来てくれた。

そういえば、寝る前は一緒に居たハクお兄ちゃんの姿が見えないな。

ヤツの事だから、私が龍青様から離れるまで見張っていると思ったんだけど……。


 はて、どこへ行ったのかなと思ったら、

またすごい勢いで、ざかざかと庭に穴を掘っているではないか。



「ハ、ハク様……まだですか?」


 庭師のおじいちゃんが、また泣きそうな顔でハクお兄ちゃんと一緒に居る。



「くっ!? ここも外れか!!」


「キュ?」


「まったく……あのちびすけは一体どこに埋めたんだよ!?

 ぼくが見ていないと、いつもいつも余計な仕事を増やして……」



 落とし穴を作るの楽しいのかな?  今、あの子は居ないんだけど……。

なんて私が思っていると、私が隠した龍青様の筆とすずりを探しているらしい。

ハクお兄ちゃんは私や龍青様とちがって龍族ではないから、

鼻は私達よりそんなに利かないんだよね。


 だからちょこっと埋めても、見つけるのが大変のようだ。



「キュイキュイ」



 それにしても……だ。

私がせっかくもらった龍青様の物を、横から奪おうとはいい度胸だな。

狩りとはときに非情なもの、野生のおきてでは「もらったもの勝ち」なのに。

あれはもう私のだって決めているから、大事に大事に埋めといたんだぞ。

しっぽをぶんぶんと振って、邪魔してやろうかなって思っていると。



「ところで姫は、なんで一番使い古した筆とすずりを選んだんだい?」


「キュ?」


「俺がいくつか持っているものの中でも、一番古いものを選んだだろう?

 もらうのなら、もっと新しくてきれいな物もあっただろうに」



「キュ」



 私はうなずいた。うん知っている。

でもね? 使い古したってことは、

一番お兄さんとずっと一緒に居た物なんだよね?


 つまり、「匂いが一番しみついている」、

これを私が見逃すはずがないじゃないか。

ちゃんと私の筆やすずりと交換するから、お兄さんは困らないだろうし。


 大事なものを交換したりするのも、番にはよくあることなんだよって、

とと様が言ったんだよ。だから私も交換するの。



「そ、そうなのか……だが姫、お互いのものを交換したりするのは、

 すでに番になるということを証明する行為であって、

 婚姻したも同然、まだ姫には一応子どもだから考える猶予が……って、

 そんなのいらない?」


「キュイキュイ」



 だって、もう私は龍青様から鈴をもらっているじゃないか。

龍族には、身につけるものを異性の相手に贈ると、

番になる約束をしたことになるって、前にとと様が言って、

顔を青くしていたことがあるんだもんね。

だから私も龍青様に、自分のうろこをあげたんだし。


 それにお互いのしっぽも触りまくっているので、

番となっていると言ってもいいはずだ。



「そ、それはそうだが……」


「キュイ」


 だから番としか出来ないやり取りは、私も今からいろいろとやってみたい。

でも今持っているので、交換してもいいかなって思うのは、

子どもの私にはほとんどないから大変なんだよ。

興奮気味に私はしっぽを揺らした。また他の邪魔なのが来ないうちに、

私は嫁としての立場をもっとちゃんとしておきたいのだと。


 なので、ナワバリ作りと物の交換は私にとって大事な仕事なのだ。



「う、うん……でもね? 姫……姫に用意した筆やすずりは、

 姫の体に合うように小さめに作られているものだから、

 俺には姫のものは使いこなせないかな」


「キュ?」



 そうなの?


 じっと龍青様の手を見てみればたしかに……私の手よりもずっと大きいな。

なんだ……じゃあ「おそろい」出来ないんだねって、しょぼんとうなだれたら。



「……姫がそんなに欲しかったのなら、あの筆やすずりはあげてもいいよ。

 今は使いこなすのは難しいと思うけど」


「キュ?」


 龍青様の言葉に顔を見上げると、

「使い古した方が、手になじんで使いやすいのもあるからね」と言われ、

頭をなでて私にくれるって約束してくれたのだ。



「俺は姫には甘いな」


「キュ? キュイキュイ!!」



 ほんと? うれしい!! 


 しっぽをぶんぶんと振って、私は龍青様の足元に抱き着くと、

そのまま持っていた人形を手渡し、庭に飛び出した。

ではいざ宝探しだ。



「あ? お、おい! ちびすけっ!!

 主様の筆とすずりを、一体どこにやったんだよ!?」


「キュイ」



 あとでねハクお兄ちゃん、私は忙しいのだ。

ハクお兄ちゃんの目の前をさーっと走り抜け、屋敷の柱の前に止まる。

龍青様の数を示す「四」の数字、つまり四本目の柱。

この柱の下をざくざくと前のめりになって掘った。



「キュ、キュ、キュ……」


「お、おいまさか……」


「姫?」



 私はそこで目当てのものを持って、くるっと振りかえる。

龍青様の筆とすずり、実はここにあったんだよね。

ハクお兄ちゃんが「返せ」と言ったけれど、

私はぎゅっと抱きしめて首を振る。


 龍青様が私にくれるって言った。だからこれはもう私のものなのだ。



「キュイ! キュイキュイ!!」


「ぬ、主様……いいんですか? 教育的にもその……」


「ま、まあ……俺の肌着を狙うよりは可愛いものだとは思うからな。

 それにしても姫は、ちゃんと埋めたところに目印を付けるようになったんだね」


「キュイ!」



 そうだよ、前に埋めたところが分からなかったけれど、もう大丈夫。

私は日々成長しているから、かか様に埋めた所を見つけるにはどうすればいいか、

ちゃんと聞いておいたんだよね。


 そうしたら目印になる所に埋めるといいって言われたんだ。

確かにそうすれば迷わないもの。さすがは私のかか様だ。


 ハクお兄ちゃんに取り返されないうちに、

私は湯殿にいそいそと筆とすずりを持っていく。

洗ってきれいにして、さっそく私のお道具箱に加えようっと。



「……お? 嬢ちゃんどうしたんだ?」



 廊下をとてとてと歩いていると、

そこへ向こうからミズチおじちゃんがやって来る。

今まで龍青様が抜けた分の仕事を手伝ってくれていたらしい。

行き先を聞かれたので、これからこれを洗いに行くんだよと言うと、

ミズチおじちゃんはしゃがみ込み。



「それの洗浄がしてえのか……あー確かに泥だらけだな。

 どっかで泥遊びでもしたのか? どれ、俺様にちょっと貸してみな」


「キュ?」


「こういうのをきれいにするのは、俺様も得意なんだぜ?」



 すずりと筆を私から受け取ると、水の球体を作って中にぽいっと入れた。

それを、ぐるぐるぐるーっと中でかき混ぜて、あっという間にぴかぴかに。

すごい……水神様ってすごいんだねって私がキュイっと鳴いたら、



「まあな。普段はこれで汚れた着物を洗うのをやっているんだ。

 屋敷に居る嫁さんや女房達に、あんまり迷惑かけられねえからな」



 ミズチおじちゃんは陸暮らしが長かったから、

嫁と暮らしていたころも使っていて、得意なんだって。


 いいな、そのぐるぐるっていうの私も出来たらいいのに。

手まりとか人形とか、いつでもきれいにしてあげられるのにな。


「嬢ちゃんも龍青の神通力を分けてもらっているから、

 その鈴を使いこなせれば、少しは出来るようになるんじゃねえか?

 ……そうだ。そういえば俺様も嬢ちゃんに用があったんだよ。

 会ったら聞いておきたかったんだが……」


「キュ?」



 なあに? 私が首をかしげてミズチおじちゃんを見る。



「……あそこでヤツを待たせているのは嬢ちゃんか? 

 緑王のヤツがさ……さっきから居るんだが」


「キュ?」



 ちょいちょいと指をさされた方をいっしょになって振り向くと、

そこには、はるか先でばんばんと結界の壁を叩いている、

小さな緑色の物体……。


 許された者しかここには立ち入ることが出来ないため、

きっと結界の外になる、あの場所で訴えているのだろう。

口から泡をぶくぶくと吐きながら、



「……っ! は、早く余を入れぬかあああっ! ごぼぼぼぼぼ……っ!!」



 ちまっとした姿で、水神様の結界の壁の向こうで何か叫んでいる。



 あれから私は龍青様に連れられてここへ来たけど、

その時に緑王はそばに居なかった。

ということは、あれから自力でここまで泳ぎ着いたという事か。


 置いてきたと思ったのに、ここまでたどり着けたのか、すごいな。

やっと少し泳げるようになった私とは大ちがいだ。


 ここはあの郷から、ずいぶんと離れているらしいのに……。


 元々水神様の血を引いているから、周りとはちょっと違うのだろうか?






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