河童編・後日談3
緑王があんな所で何かやっているから、
私が連れて来たとか思われたのか……。
「嬢ちゃん?」
「キュ、キュイ?」
私、知らないよ? それに連れて来ていないもん。
でもね? 今日は朝からやたら私にずっとついて来るから困っていたの。
早く元の姿に戻せって龍青様に言いたいんだって。
だけどヤツは龍青様のことをいじめるから、
お兄さんに会わせるのは、ぜったいに嫌なのだ。
私は筆とすずりをミズチおじちゃんから受け取り、
とてとてと廊下を歩き出すと、「そうか~」とミズチおじちゃんも、
ちらっと緑王の方を見て、私の後について来る。
そのまま立ち去ろうとする私達を見て、「行くなああああっ!」と、
また口からごぼごぼと泡を出しながら、叫び声をあげていた。
うるさいな。
さっきからずっと騒いでいるから、
何事だと女房のお姉さんとか、侍従のおじさん達も集まってきているし、
放っておいたら、龍青様まで様子を見に来てしまうじゃないか。
諦めて早く帰ってくれればいいのに。龍青様が泣いちゃったらどうするんだ。
「……ん~……嬢ちゃん。あいつはもう嬢ちゃんの下僕なんだから、
本当に嫌ならさ、あそこに居る奴に直接命令して、
追い払ってもいいんだぜ?」
「キュ?」
どうやって? 今もあんな感じなんだよ。
言っても聞いてくれなさそうじゃないか。
私は後ろにいるミズチおじちゃんの方を振り返る。
「言霊って知っているか? 言葉には力があるってことを。
あの緑王は、子どもを害したせいで神格を落とされたんだから、
その償いで嬢ちゃんを、今度は守ってやらなきゃいけねえわけよ」
そのために、こないだ私と主従の契約をしただろうと言われ、
私はそうだったねと答えた。
もしも私に何かあれば、身をていして守らなければいけないとか、
だからやたら私の傍に居るのは、まあ少しは仕方のないことなのかな。
うっとうしいけど、ちょっとうっとうしいけど……。
「キュイ」
「だからな? 嬢ちゃんがもし、
止めてとか言えばあいつは逆らえねえんだ。
なんか言ってみるか? 追い払わねえと、あそこにずっと居るようだし」
「……」
私は無言で緑王の方を振り返る。
すると奴は、やっと聞く気になったかと思ったのか、
ふふんとした鼻息を立てて、にやりと笑っていた。
「よ、ようし、ようやく余の話を聞く気になったか。小娘。
よいよい、子どもは大人しく余の言う通りにしていればいいのだ。
そうしていれば何も痛い目に遭わずとも……」
「キュ!」
だまるのだ。
私はしっぽをぴんっとしながら、そう言った。
「!?」
すると言われた方の緑王の動きが、その場でピタッと止まる。
おお、本当にだまったぞ。私の言うことが効くのか。
では……次はと。
「キュ」
まわれ右。キュイっと私が右手を上げる。
すると言われるままに、ぎ、ぎぎ……と、ぎこちなく従う緑王の姿。
何をすると言わんばかりの顔をされた。
「キュ」
そのまま帰って、ちゃんと郷の仕事をして。
でないと、きゅうりあげないぞ。
私は指を上にさして陸を示した。緑王のちび河童はお仕事の時間だ。
本当の子どもじゃないから、遊ぶだけなんて出来ないんだぞ。
郷では、働かない者に食べ物を分け与えるような余裕はない。
だから、今もみんなは必死になって働いているのだ。
中でも、このちび河童は、きゅうりがとても好きらしい。
こないだは私が、かか様のお膝の上でぽりぽりと食べていたら、
よだれを垂らして見ていたから、取り上げたらきっと泣いてしまうのだろうな。
私だって大すきな龍青様の桃を取り上げられたら、すごく泣いちゃう。
……まあ、そんなことを龍青様はぜったいにしてこないだろうけど。
とにかく、生き物にとっての好物を取られるのは、
涙が出るほどに悲しい事なのだ。
「う……うあああああ、きゅううりいいいいいっ!!」
泣きながら「きゅうり」に反応したヤツは、
言われるがままに、必死になって来た道を泳いで帰っていく……。
ヤツが郷につくころには、きっと私も巣に帰ってきているだろうけど、
今からこんなのじゃ、先が思いやられるな。
「おー……行ったな」
去った後を見送るように、ミズチおじちゃんは額に手を添えて遠くを見る。
「キュ」
“げぼく”と言うのがまだよく分からないけれど、
とにかく、言うことを聞いてくれるのが分かったので安心した。
これで龍青様をいじめるのは止めてもらおうっと。
それなら、別にお兄さんの近くに居ても気にならないものね。
その日をきっかけに、私は良いことを思いついた。
お兄さんと直ぐに会えない時は、緑王のちびがっぱに、
「ままごと」の付き合いをしてもらうことにしたのだ。
そう、つまり、ひまつぶしの相手にした。
※ ※ ※ ※
――そうして、数日後。
「なに? 余、余とままごとだと?」
「キュ」
そうだよ。あそぼ。
私が花を摘んでいると、郷の田んぼで土を耕す緑王を見つけた。
今日は龍青様が郷まで迎えに来てくれることになっているので、
それまで、一緒におままごとをしようと誘ったのだ。
……誘ったというか、命令だけれどね。
少し休憩できるし、いいでしょって。
ここではまだ遊び相手が居ないから、つまらないんだよね。
早くつゆ草が戻って来ないかな。空と同じ色のあの子を思い出し、ふと考える。
つゆ草……青水龍の雌の子どもで最近知り合い、いろいろあって友達になった。
前に居た群れを抜けるために、一度この郷から出て行ったけれど、
今頃どうしているだろう……元気にしているのかな。
帰って来たらいっしょに遊ぼうと約束しているから、
楽しみにしているんだけど。
すると、畑仕事よりはよいと思ったのか、意外にも緑王は乗り気だった。
「ふ、ふんそれで役が返せるのならば、安いものよ。
早く役を返して、元の姿に戻してもらわねば……。
それで余は何をやればいいのだ? おまえの夫役か?
余と番になる練習をしたいというのなら、喜んで付き合ってやろう」
「キュイ」
ううん、それはべつにいいや。
んじゃ、緑王は「きゅうりの役」ね?
「……は? きゅ、きゅう……」
「キュ」
ままごとの夫役はもう龍青様って決まっているの、
それに龍青様にね?
『他の雄には、姫の相手役は絶対にやらせてはだめだよ?』
……って言われているんだ。
何が何でも龍青様がやるって聞かないから、そうなんだってうなずいておいた。
それで今、何がいいかなって考えたんだけど……。
緑色だから、きゅうりしか思いつかなかった。
だから、緑王はきゅうりの役ね?
「ちょ、ちょっと待て、小娘……緑色しか共通点がないじゃないか。
それに父とか兄弟とか、子どもとかでもなく、
食い物になれというのか、この余に?」
「キュイ」
そうだよ。だから、上手にきゅうりを演じてね。
私はこくんとうなずいた。
他にも何かあるだろうと言われたけど、
お兄ちゃん役は、ハクお兄ちゃんがやってくれているし、
ミズチおじちゃんは頼めば何の役でもやってくれるの。すごく上手なんだよ。
子ども役は私と龍青様の人形でやっているし……。
龍青様はいつも夫役になりたがるから、もう龍青様の役にしている。
いつも美味しそうに食べるまねごとをしてくれるの。
『ああ、おいしいよ……姫は料理が上手なんだね』
いつもそう言ってくれるから、とってもうれしいんだ。
「今……龍青のヤツは居ないではないか」
「キュ」
そうだよ。でも夫役は龍青様に、
「俺以外は絶対に認めない」って言われているから、
お兄さんがここに居なくても、夫役は龍青様だって決まっているのだ。
私も龍青様に番になってほしいし。
こういう時は「でかせぎ?」とかに行っていて、
すぐには帰れないようにするといいって。
だから、龍青様が居ないときは、そうしてやっているの。
私は夫の帰りを待ちながら、留守をあずかる強い嫁の役なんだよ。
だから、泣かないで帰りを待っているの、えらいでしょ?
呆然とした顔で緑王が私のことを見てくるが、
私がそうと決めたら、その役でやってもらうぞ。
あ、手まりは手まりの役ねと言ったら、
手まりはころころ私の周りを転がってくれた。
「そのまんまではないかーっ!」
「キュイ?」
だって……手まりは、手まりなんだもの。
私はそう言って、キュイっと答えた。
さあ、ままごとの配役が決まったところで始めよう。
私は渋る緑王のちびがっぱの手を引いて、近くの原っぱに座り込む。
そして咲いていた花や草をつみつみして、食事の準備を始めた。
すると、ぷるぷる震えている緑王が居る。
「……こ、この余が子守りの上に、ままごとをする羽目になるとは。
そ、それもきゅうり……すでに生き物ですらない扱い」
「キュ」
やらないの? やりたくないなら別にいいよ。
それなら畑仕事にすぐ戻ってね。私と手まりだけでやるから。
私は手まりを持って、その場から立ち去ろうとする。
さて、ではどこで遊ぼうかな……。
「や、やるわ! やればよいのだろうが!?」
近くにあった葉をぷちっと引きちぎった緑王は、
その上にちょこんと座り込んで敷物代わりにした。
よっぽど畑仕事をするのがいやらしい……。
土に触るのって、神様は不浄がどうとか言っていたし、
水神様だった緑王には辛いのかな。
あれ? でも確か水神様は田畑の神様でもあるのにな、変なの。
「このような姿を、余の一族には見せられぬ……」
つうと涙を流しながら参加してくれている。
ままごと嫌いなのかな、楽しいのに。
子どもの時にやったことないの? と聞いたら、こくんとうなずかれた。
「遊び相手など……余の周りには居なかったしな」
「キュ」
そうなんだ。少し前の私といっしょだね。
でも、一族か……たしか緑王の一族も、
悪いことをしたと責められるところだったけれど、
龍青様がそこまではしなくていいって言ってくれたんだよね。
『俺の時もそうして皆が救われたことがあるからな、今回はいいだろう』
歯をぎりぎりしながら言っていたから、
本当はすごくやりたかったのかもしれないけど。
そんなわけで、今、河童一族は龍青様の下について働いている。
さて、ままごとでもするかな。つんだお花を食べながら、
かか様のようにああでもない、こうでもないと言いつつ、
草をあんでお皿を作り、その上に花びらを乗せ、
小石と木の枝を並べて作った台の上に乗せる。
「キュ」
その間、私の周りを手まりはくるくるくるんと転がり、
私は「夫はいつ帰ってくるかしら」なんてキュイっと言いながら、
龍青様の分のお皿も用意する。お箸は近くに落ちていた小枝を二本づつ。
小石を持ってお皿に乗せた花や草をとんとん叩き、料理のまねもしてみる。
たしか、かか様はこうやっていたんだよ。
それがどういうことかは、あんまりよくわかってないけど。
「……おい、それで余は他に何をすればいいのだ?」
「キュ」
緑王に聞かれたので、
「……きゅうりは、しゃべらないんだよ」とキュイっと言ったら、
あわてて両手で口を塞ぎ、じいいっとこちらを見ながら寝転がった。
よしよし、きゅうりがなんたるかを分かってきたようだね。
そのまま出番が来るまで動かないんだよ。
「……出番?」
「キュ」
塩もみにされるの。
私は緑王の方を振りかえって教えてあげた。
「まっ、まて! なぜ塩もみなのだ。他にあるだろう!?
余に対する嫌がらせか!? 余はまだ悪さをしておらぬぞ!!」
だって……他に食べ方を知らないんだもの。
私はキュイっとしっぽを揺らして答えた。
聞いたら他にもいろいろあると教えてくれたけれど、
それはどうやって作るのと聞いたら、緑王も知らなかったらしいので、
じゃあ、やっぱり塩もみにすると決めたら、
緑王がまたも、涙をつうと流しながら震えていた。
「ははは、お嬢ちゃんがままごと始めたよ。可愛いなあ」
「お母さんの真似事をしたくなるようになったんだね」
「そ、そうですね……すみません。あまりうちの子が手伝えなくて」
「いやいや、あの子は遊びたい盛りだろうし、俺らの希望だからね」
「そうそう。郷の子どもはみんな宝物さ。
つゆ草ちゃんも、また早く戻ってくるといいな」
「今は遊び相手が少なくて、さびしいんだろう。
優しい主様が預かってくれるようになって良かったねえ」
私は畑仕事をする、かか様や郷のみんなにも見守られながら、
小川の近くでままごと遊びを続ける。
「……おい、小娘。おまえに慈悲とやらはないのか、
元水神を、そう何度も塩もみにして楽しいのか?」
「キュイ、キュイキュイキュ」
だめ、きゅうりは、じっとしているんだよ。
ままごとだから、本当にはやらないから安心して。
……でもね? もし龍青様をいじめたら別だけど。
そうしたら、今度はぜったいにゆるさない。
「ひいいっ!?」
「キュ」
私が小石を持ち、つんだ草をとんとんしながらそう言うと、
緑王は私の本気に悲鳴を上げた後、ぐっと物言いたそうにしながらも、
また動かなくなった。さっきよりも、とっても真面目にやってくれた。
龍の子どもの恐ろしさを、ようやく分かってくれたらしい。
しっぽを振り振り、とんとん、キュッキュと言いながら、私はくりかえす。
大好きな龍青様が来てくれるのを待ちながら……。
その日遊びに夢中になっていた。




