ミズチの恋・12
龍青様の着物をもらえて私は嬉しかった。
これで私、龍青様と会えない日でも良い子に待てるかもしれない。
そう思いながら私は、自分の小さな手を見つめる。
「どうした姫?」
「キュイ」
……あのね龍青様、私もいつか、こういうの作れるようになるかな。
そうしたら、龍青様は喜んでくれる?
お兄さんを見上げて私はそう言った。
「キュイキュイ? キュイイ?」
できるかなあ? 私じゃだめかなあ?
まだ人型にもなれない私は、機織りをするのも大変だけれど、
龍青様が子どもの時しか、家族に着物を作ってもらったことが無いのなら、
私が龍青様のかか様みたいに、着物を作ったりとか出来ないかなって思ったんだ。
いつか私は嫁になるんだし、そうしたら龍青様の家族になれるし、
そうすればね? 家族が作ってくれた着物になるでしょ?
龍青様のかか様からの着物じゃないけど、そういうのはだめかなあ?
「姫……」
「キュイ」
私、龍青様にたくさん幸せにしてもらっているのに、
まだいろいろと恩返しも出来ていないもんね。
人間の姿になったり知識をつけるのはまだ怖いけど、
人間が作り出したものは素直にすてきだなって思うし、
私もそんな物が作れたらいいなって思うから、私もがんばれる気がするんだ。
だから、いつか龍青様が着る着物を作れるような龍になりたいな。
嫁になるのが一番の願いだけど、他に何かないかなって考えたら、
そういうことが出来たらいいなって思ったの。
そういうと、龍青様は着物を持ったままの私を、
ぎゅっと抱きしめてくれた。
「キュ?」
龍青様?
「ありがとう……姫、じゃあいつか俺の為に着物を仕立ててくれるかい?」
それは初めて龍青様が見せる顔だった。
泣きそうな、でも笑っていて。嫌じゃなくて喜んでくれたんだなって分かる顔。
「キュ」
だから、作るよってキュイっと鳴いて約束してあげた。
「それは楽しみだな。楽しみに待っているよ姫」
「キュイ」
地面に降ろされ、蔵を一緒に出て行くと、
水の底を照らす、外の明るい光に包まれた。
龍青様が私にくれた着物を代わりに抱えながら歩き出すと、
私もしっぽを振って、龍青様の隣を並んでとてとてと歩く。
すると向こうから、手を振って歩いてくる存在に気が付く。
立ち止まって確認すると、それはずっと気にかけていた。
ミズチのおじちゃんの姿で……。
「おーい、ここに居たのか探したぜ」
「キュ?」
「ああ、来たのか」
しばらく会っていなかった、ミズチのおじちゃんがこちらへとやって来る。
おじちゃんは私の心配も他所に、元気そうに私と目が合うと手を振ってくれた。
生きていた。無事だったんだ良かった! と、
私はミズチのおじちゃんへ駆け寄ろうとし――……。
「キュ!?」
ぴたりと動きが止まった。居る……おじちゃんの背後に何か居る!!
知っている匂いの中で、私が危険と感じたあの匂いだ。
私は飛び上がると、龍青様の背後にぴゅーっと駆け出して隠れた。
そして顔を少しだけのぞきこんで、おじちゃんの後ろに居る奴を見つめる。
ヤツだ。匂いが少し変わっている気がするけど間違いない、ヤツだ!
外敵、前に龍青様をいじめようとした悪いヤツだ。
私はしっぽをびったんびったん床に打ち付けながら、
威嚇の体制を取った。
「キュ……キュイイイ……」
「おい、嬢ちゃん、そ、そこまで怯えなくていいからよ」
「……何をしに来た」
背後に居たのは、「かんな」と名乗っていたあの人間の女だった。
黒い髪には、小さな白いつりがねのような花の髪飾りがされていて、
淡い青色をした着物には紫色の蝶の刺繍、
女房のお姉さんが身に付けている白くて透き通る色の、
光りに当たるときらきらと輝く、羽衣というのをまとっていた。
荒れていたはずの髪の毛もきれいに整えられていて、
お姉さんの喉には水色のうろこが一枚張り付いている。
瞳の色は私が前に見た水色から黒色になっていた。
「……ご無沙汰しております」
「……キュ!」
私はかんなと目が合った途端に飛び上がる。
そして龍青様の後ろにさっと隠れて、キュイキュイ鳴きながら震えた。
でも、かんなは静かにこちらへ向かって、深々と頭を下げたまま動かない。
それでなんだか……前と様子が違う事に私は気が付いた。
「キュ?」
だれ? 似ているけどちがう……あの“かんな”というものじゃない。
「ミズチ、質問に答えろ、その女を連れて何をしに来た。
ここへは二度とその女を立ち寄らせないという意味で、
おまえに下げ渡したはずだが?」
龍青様は足にすがり付いている私の方をちらりと見ると、
目の前のミズチのおじちゃん達に腕を組んでにらみ付ける。
その言葉は“その女をなんでここへまた連れてきた”と言いたいのだろう。
だから私も、そうだぞと言ってしっぽを振って抗議した。
するとミズチのおじちゃんが、すっと立ち上がって龍青様に向き合う。
「……このたび、新しく水神と縁を結び、我が嫁となった娘を連れて、
本日は水神仲間の貴殿に、婚姻の報告とあいさつをしに来た……ってわけだ」
そういうミズチのおじちゃんの両手には、銀色の手かせがきらりと光る。
もちろん、その後ろに立つお姉さんも足首に身に付けていて、
再び頭をゆっくりと下げられた。
気づけば二人の後ろには見知らぬ従者のお兄さん、
お姉さん達も立っていて、あいさつの為の贈り物だと言って、
色とりどりの供物を持って来ていて、ミズチのおじちゃん達の後に続いて、
頭を下げてきている。
「本来なら俺様が祝いの品をもらう立場なんだが、
俺様にとってはこの嫁さんが何よりのものだし、
今回は俺様が礼を込めるべきだしな。
結果的におまえさんが座敷牢に入れておいてくれたおかげで、
解毒があらかた済んでいたからな」
「……そうか」
龍青様はまぶたを閉じてそういうと、たたずまいを直しそれに向き合った。
「おまえがずっと嫁の生まれ変わりを探していたことは姫から聞いたよ。
さんざん遊び呆けていたからくりが、まさか死んだ嫁探しだったはな。
水神の再婚は珍しく、友として祝福してやりたい所だが、
何せあんなことがあった手前、今の俺はそれをすることは出来ない。
姫を怯えさせてしまったことは許し難いからな」
「ああ、分かっている。だが、嫁は……いや、
嬢ちゃんの前で話すのは止めておこう」
「キュ?」
私がなにと聞いたら、「何でもねえよ」と、
ミズチのおじちゃんに頭をわしわしとなでられた。
なんなんだ。何か私が関係あるのなら教えてくれたっていいのに。
そうキュイキュイ鳴いたら、知らない方がいいということもあるんだよと、
龍青様が教えてくれた。
「なるほど……お前が言いたいことは分かった。
折を見て詳しく聞かせてもらおうか」
「ああ、まあ、もちろん犯した事はこれでなかった事にはできないが、
俺様の元でやり直させることにしたんだ。
本人に承諾をもらって俺様の眷属になってもらってな」
喉に付いている水色のうろこは、きっとミズチのおじちゃんのものなのか。
じゃあ、もう……龍青様のことをいじめたりしない? 怖い事しないの?
ミズチのおじちゃんも私の子分だし、お屋敷のみんなもやっちゃだめだよ。
私がキュイキュイとお姉さんに向かって、震えながら聞いてみたら、
ミズチのおじちゃんが「二度とそんなことはさせないと」言ってくれ、
お姉さんも私の言葉が分かったのか、こくりとうなずいてくれた。
「ごめ……なさい……謝ったところで許してはもらえないと思っています。
ミズチ様に全てを聞いて、恐ろしいことになるなんて思いもしなくて。
家族を助けるために、それしか方法がないと言われて、
ただ、家族を助けなきゃと思って……」
着物をぎゅっと震えながら握り締め、
ぽろぽろとお姉さんの目から涙があふれてくる。
そしてミズチのおじちゃんが止める前に、お姉さんは地面に手足を付いて、
頭を地面にくっ付けて、深く深く下げて、
「本当に……本当に申し訳ありませんでした……」、
消えるような、かぼそい声でそう言った。
「キュ……」
それは前に見た、私達をだまそうとかいう感じには見えなくて、
あの時のような毒々しい怖い気配も感じられない。
本当にやったことを反省してくれているように見えた。
すると、それを見たミズチのおじちゃんまで並んで頭を地面に付けてきた。
私知っているぞ、土下座って言うんだよね。
だから私は、龍青様の後ろからそう……っと出てきて、龍青様を見上げる。
「キュ……」
「姫、姫はどうしたい?
この娘は“二度と俺の神域に立ち入らない”ことを条件に許したが、
その禁を破って来たということは、俺に殺されに来たようなものだ」
「キュ!?」
「ああ、嫁がどうしてもきちんと謝りたいと言ってな。
そう願うのなら、嫁を一人で行かせられねえだろ?」
「あいさつはついで、本心はこちらだったということか
共に殺される覚悟で来たと」
それって殺されてもいいから謝りに来たっていうこと?
私が嫌だと言えば、すぐにお姉さんとミズチのおじちゃんを罰すると言っている。
人間のお姉さんは動かない、震えながらまだ頭を下げ続けていて、
隣に並ぶミズチのおじちゃんも「ずっと一緒だと約束したからな」と言って、
同じように頭を下げていた。
「……キュ」
このお姉さんは、「家族のため」と言っていた。
家族を助けるためだって、そう言われて私は考えた。
もしかして、家族を人質に取られて仕方なくやったのだろうか。
もしも、とと様やかか様が人間に捕まって、
助けたかったら言うことを聞けと言われていたら、
私も、きっとそれに従ってしまうんじゃないかな……。
人間にはいろいろ居ると、龍青様は教えてくれた。
もしかして人間も私みたいに家族を思う気持ちもあるのかなと、
そして人間同士でも、だまし討ちみたいなのがあるのかな。
そう思って……思ったら……。
「キュ……」
おっかなびっくりで、とてとてとお姉さんに近づいて行く。
頭を下げたまま動かないお姉さんをじいっと見た後、
「キュ」
めっ!
頭を下げているお姉さんの手にぺちっと手を置き、
前にされたことを叱った。悪い事をしたら“めっ”をしなくちゃね。
人間と龍は天敵同士だ。仲良くなるのは大変だって私も分かっている。
さすがにあんなことがあったから、反省しているとはいえ、
このお姉さんを完全に信じるのは、今の私にはまだ難しいし、
いつか信じられるようになるかは分からない。
でも、龍青様は人間との共生を望んでいるのを知っているし、
子分の嫁になったのなら、このお姉さんも私の子分になるんじゃない?
そうなると私、面倒を見てあげなくちゃいけないんだもんね。
悪い事をしたら親分や親がしかるものだって、前にとと様も言っていたし。
……何すればいいのか、よく分かんないんだけどさ。
じょうずな土の掘り方とか、大事なものの隠し方とか、
おいしい草の見分け方とか教えてあげればいいのかな。
「キュイ」
じゃあ、これでおしまいね。
そう言って、キュイっと鳴く。
「え……あの」
「嬢ちゃん……」
私の反応に戸惑う、お姉さんとミズチのおじちゃんが居る。
「……姫、こっちへおいで」
龍青様がそんな私を見て、
私に近づき、両脇を持って抱き上げられると、
深くため息を吐いて私の頭をなでた。
「……姫のおかげで2度救われたな娘、姫はおまえの死を望んではいない。
だがおまえが俺や姫のことを狙ったことを俺は忘れない。
信頼を取り戻すのは大変な事だが、ミズチが犠牲になって救おうとした命だ。
これからの働きでおまえのことは考えさせてもらおう。
だから他の形での償いはしてもらうぞ、家臣達に示しがつかないのでな」
「は、はい……っ!」
「とはいえ、他所の水神の嫁になった者に、過剰な役は与えられない。
なので、この屋敷への出入りはまだ許可できないが、
姫の読み書きが未熟なのでな、手紙の相手をしてやってくれないか。
もちろん、おまえから届く手紙は全て俺が先に目を通して、
害が無いか確かめてから姫に渡す」
「キュ?」
私の?
「俺だけのやりとりだと、姫の視野も狭くなってしまうからな。
ミズチは……こういうまめに交わすものは向いていない。
練習相手が居るのはいいことだろう。本当は姫には同じ年頃の子どもを見つけ、
学友と共にしてやりたかったのだが、なかなか難しくてな」
だから会う事はしないけれど、文字でやりとりをさせようということらしい。
陸で暮らしていたこのお姉さんは、きっと誰よりも人間をよくわかっている。
手紙を通して、いろんなことを教えてもらうといいと言われて、
まだ会って話すのは怖いと思っていたから、私はこくりとうなずいた。
「あ、あの、恐れながら……。
それでは私の償いが、あまりにも軽すぎるのでは……」
すると、お姉さんが戸惑いながら応える。
せっかく軽くしてもらっているのに、重くしたいだなんて、
このお姉さんはずいぶんと変わっているな。なんて思った。
「不服か? だがミズチが俺の臣下に加わるという事で収まったからな。
いわば俺の保有する水域が広がった上、管理はこのままミズチに任せられる。
その上、なんでも姫の子分になってくれたそうだからな、
まあ、その辺で折り合いをつける所だ」
「ミズチ様……!?」
お姉さんが驚いた顔で、横に居たミズチのおじちゃんに振り返る。
「ああ、了解の上だ。だいじょうぶだ。気にするなスイレン」
「……スイレン?」
「キュ?」
龍青様と私がそろって声をあげると、
ミズチのおじちゃんは、うなずいて応えた。
「嫁の新しい名前だ。二つ名ということでスイレン、いい名前だろ?」
私は龍青様にもらった着物にあったスイレンの刺繍を思い出し、
うなずき返した。それは私も知っているよ。
龍青様のお庭の池にも浮かんでいるもの。
私のように花の名前から取ったんだ……たしかにいい名前だね。
「実は陸に居た頃に、ちょっと悪い人間に目を付けられていてな。
本当の名前はあるんだが、夫婦の間でだけ使おうと思っていてよ」
「……名で縛られぬようにか」
「ああ、そいつに嫁がまだ生きていると知られるのはまずいからな。
そんなわけで、俺の嫁スイレンだ。よろしくな」
二つ名、私知っているよ。もう一つの名前だよね。
本当は「隠し名」と言って、名前が縛られないように、
身内以外では絶対に教えてはいけない名前だって聞いた。
でも、今回は別の意味で付けたみたいだね。
それから、ミズチのおじちゃんは、贈り物を屋敷の中に運ぶと、
私たちに頭を下げ、スイレンになったお姉さんと手をつないで歩き出した。
「それじゃあ、またな! ありがとうな嬢ちゃん、龍青も」
「失礼……いたします」
何度も何度も振り返りながら、こちらに頭を下げてくるお姉さんに、
ミズチのおじちゃんは笑いかけている。
「ほらな、大丈夫だっただろ?
俺様の友神は話の分かる奴だからな」
「は、はい……良かったです……」
それにお姉さんは何度もうなずきながら、肩を震わせていて、
着物の袖で涙をぬぐっているようだった。
前に何度か死んだ嫁の話をするときは、
いつも決まって悲しいお顔をしていたおじちゃんだったけど、
今は頬をほんのり赤くしながら、すごく幸せそうにお姉さんに笑いかけていて、
それで、ああ……本当に嫁とめぐり会えたんだなと私は思った。
「キュイ」
あんなに想っていた嫁が、あのお姉さんだったのにはすごく驚いたけど、
でも、大好きだった相手にまた会えたのは、いいなって思った。
いつか私も……離れ離れになったみんなに、またどこかで会えるかな?
会えるといいなと思って、龍青様にぎゅっとしがみ付いた。
※ ※ ※ ※
それから、私の生活はいつも通りに続いた。
龍青様が仕事をしている傍で、私は手まりをころころして遊び、
ときどきミズチのおじちゃんが来て、みんなで遊んだりもした。
最近の私はかくれんぼが上手になって、龍青様の若草色の着物を頭にかぶれば、
私の目立つ姿も草木に隠れて分かりずらくなり、匂い消しの草も使ったら、
龍青様達も見つけるのは苦労している。
これはいい物をもらったと、
ゴロゴロと喉を鳴らしていたら見つかってしまったけど。
いつかもっと上手に出来るようになるんだからね。
ミズチのおじちゃんは、前よりも来る日が少なくなった気がするけど、
やっと嫁を見つけられたことが嬉しいのか、顔を見せるときはいつも元気だ。
お屋敷のみんなが言うには、嫁をもらって若返ったんじゃないかって、
そう言われているんだよね。言われてみれば確かに……と私も思う。
嫁探しで大変だったせいかな?
龍青様に「嫁はいいぞ」と言って、嫁との新しい生活を話しているんだ。
私、知っている。これ、のろけっていうんだよね。
「キュイ、キュ、キュ、キュ~」
私はといえば、その横で龍青様からもらった着物を着て、
お兄さんの膝の上でごろごろとして、幸せな匂いをいっぱい付け、
ぶんぶんとしっぽを振っていた。
龍青様の匂いの付いた着物は毎日、
お兄さんの新しい匂いを付けて、すんすんと嗅ぎながら、
頭からかぶって遊んでいるんだ。
それでスイレンのお姉さんからという萌黄色の手紙を、
龍青様が“死んだ魚のような目”をしながら読んでくれる。
「先日は、先ぶれもなく訪ねてしまい申し訳ありませんでした。
おかげさまで、新しい場所での暮らしにも慣れつつあり、
先日はやっと一人前の食事を食べられるようになると、
ミズチ様が泣いて喜んでくれました……だそうだ」
「キュ」
スイレンのお姉さんも、陸ではあまり読み書きができなかったらしいけれど、
なぜか私よりも字や歌を覚えるのが早かった。
私はというと、まだ短い言葉しか書きつづれないので、
簡単なあいさつぐらいしか書けない。
だから、「よかったね」という言葉だけを書いて、
隅っこにお花の絵を描いて紙を折る。
もっといろいろ書いてみたいけど、それに合わせた歌なんて選べないし、
花言葉を利用した花を手紙に添えるなんてことも、私にはまだ難しい。
お姉さんからもらう手紙はいつもいい匂いがして、
花も添えてくれるのにな。
く、くやしい。親分としてもっと言葉を覚えて、いつか見返さないと。
ちなみにだけど、龍青様にはあいかわらず「すき」という言葉を書いている。
なんか好きな相手には、いろいろと細工をしなければいけないらしいけれど、
これ以上の言葉は浮かばないんだよね……みんなよくできるな。
恋歌を詠むのも難しいし。なんで好きだけじゃだめなのって、
龍青様に聞いたら、とっても困った顔をされたよ。
「直接過ぎて、お、俺の心臓がもたないから……かな」
「キュ?」
そうなんだ?
手紙には相手に伝えたいものを書くのが大事だと言うので、
私がいつも龍青様に伝えたい言葉は決まっているんだもん。
桃色の紙いっぱいに書いた大きな「だいすき」という文字、
毎日書いても飽きないんだよね。
スイレンのお姉さんのお手紙を読んでくれた後は、
私の書いた手紙を出して、お兄さんに読んでもらうようにした。
すると死んだ魚のような目で見ていた龍青様は、
一気に目がきらきらっと輝いて、頬を赤くして喜んでくれる。
「ふ……ふふ、ふふふ、姫からの恋文は、何度もらっても嬉しいものだな。
そうか、これが恋文のやり取りというものなのか、なんだかくすぐったいな」
「でな? スイレンが俺様の用意したものを喜んで着てくれるわけよ。
ほんっと俺様って幸せもんだよな? 嫁をもらってからさ、
なんだか涙もろくなっちまったけど……なあ? おい聞いているか龍青」
「キュ?」
さっきから龍青様とミズチのおじちゃん、
お話がちゃんとできてない気がするけど……?
なんだかとっても幸せそうな顔をするので、私は「まあいっか」と思いながら、
龍青様の匂い付きの着物を頭にかぶったまま、
もらった手紙をせっせとたたんで、自分用の文箱に入れる。
もっといろんなことを伝えられたらいいな。
スイレンのお姉さんも私も、今は花嫁修業の真っ最中なのだ。
「キュ」
あたたかなお日様の光が、水の底にある世界を照らしている。
いろいろあったけれど今日も水神様のお屋敷は平和で、
私はごきげんにキュイっと鳴きながら、
龍青様の傍で手まりをころころとするのだった。
ミズチの恋~終~




