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ミズチの恋・11




「キュイ……」


「姫、元気ないね。大丈夫かい?」



 ミズチのおじちゃんが嫁の生まれ変わりを見つけたと言って、

あの“かんな”とかいう人間のお姉さんを連れて行ってから、

だいぶ経ったけれど、ミズチのおじちゃんからの連絡がない。


 私は全然来なくなった子分のおじちゃんのことを心配しながら、

龍青様のそばで遊んでいたけれど……。



「キュ……」



 いつもは、うるさいくらいに龍青様と一緒に居る、

あのにぎやかなおじちゃんが居ないのは変な感じだ。

手まりを持ってお外をのぞき込んでみても、

いつもみたいに「よお」って言ってくることもなくて……。


 こんなに会えないなんて、初めてのことだよね。

だっていつも「龍青様と遊ぶ」って私が言っても来るんだもの。



「キュ」


 まさか……あの人間に食べられてしまったんじゃないよね?

思い出されるのは、私が故郷を襲われたときのことだ。


 もしかしてまた人間に……なんて思って、

文机で書きものをしていた龍青様にぎゅっとしがみ付いたら、


「あれを食べるのは、さすがに固くてまずそうだよ、姫」


と、頭をなでて教えてくれたので私は安心した。

そうだよね。おじちゃんはまずいよね!



「しかし、あの女がミズチの亡くなった嫁の生まれ変わりだったとはな。

 人は見かけによらぬとは、このことか」



 龍青様はミズチのおじちゃんの嫁には会ったこともないらしい。



「ミズチが嫁を迎えたころは、

 ちょうど俺も水神になりたてだったからな。

 自分の荒れ果てた水域を直すことに必死で、気が回らなかった」



 あのお姉さんのことは家臣に丸投げしていたから、

詳しいことまでは分からなかったらしい。

龍青様はこう見えて、興味のないことにはとことん関わらないようだ。

……きっとお姉さん関係で、嫌な思いをしているんだろうな。


 ミズチのおじちゃんの親分となった私としては、すごく気にはなるけど、

悪さをしないように龍青様は何かしてくれていたし、

龍青様は放っておこうと言われている。


「キュ」


 心配だけど私には何もできないようだ。


 だから私は気を取り直して、屋敷の外を歩きだした。

まずは私の目的、龍青様が子どもの頃に着ていたという着物を探すべく、

屋敷の外を探検しなくてはいけないことを思い出したのだ。


 くらは住処の建物とは別にあって、広いお庭の片隅にある。


 錦鯉にしきごいの女房のお姉さん達が寝床にしている大きな池、

舟を浮かばせて遊ぶための釣殿つりどのという、

緋色のお屋根のある建物を通り過ぎ、庭師のおじいちゃんに、

キュイっと鳴いて頭を下げ、“こんにちは”してから、

木々の間をすり抜けて歩いて行くと、目的の場所はあるんだけれど。


 こん色のお屋根に、白い壁、石で下を固められたそこは、

どれも扉の入り口に“かぎ”というものが掛かっていて、

その上に青い龍の模様が彫られていた。


「キュ」


 どうやら固い板のような何かで扉が留められていて、

小さな穴が開いていけど、仕掛けがよく分からない私は、

それに何度か飛びかかったり、手まりでぽんぽん当ててもみたけれど、

びくともしない。


 とっても丈夫に作ってあるようだ。むむ、手ごわいな。

やはり、“かぎ”というものがないと開かないのか。

あの細長い棒みたいなのが、でも使い方が分からないからな……。



「キュ~……」


 いくつもある蔵の周りをぐるぐると歩くと、急に私のしっぽが揺れた。

やや、この反応……私の野生のかんとやらが告げている。

今私の目の前にあるこの蔵の中に、

きっと私が探し求めている龍青様の着物があるんだと。


「キュ」


 蔵の守りは手ごわいけど私は諦めないぞ。

龍青様の着物をこの手に取って、

すんすんと匂いをぐまでは!


 よし、じゃあ地面を掘って下から潜り込んでみようと

蔵の目の前で侵入する為の穴を、せっせと掘って進んでいたら、

なんだか途中から穴掘りがとっても楽しくなってきて、

あっちにもこっちにも穴を掘って遊ぶことにした。



「はっ!? ひ、姫様何をやっておられるんですか!」



 すると庭師のおじいちゃんに、私が掘っている姿を見つかってしまい、

思いっきり悲鳴を上げられてしまったではないか、

その後、私はすぐさま駆けつけた龍青様によって捕獲されてしまった。



「こ、こら待て姫!」


「キュ?」


 両脇をぷらーんと持ち上げられ、私は龍青様と目が合う。



「さっきから静かだと思ったら、今度は何をしているんだ。こんな所で」


「キュイ」


 何って……穴掘りだよ? おっきいのを作っていたの!

捕獲された私は、しっぽをぷらぷらと揺らして興奮気味に話した。

龍青様も一緒にやる? けっこう楽しいよ。


 着物を手に入れるのをそっちのけで、穴掘りに夢中になった私は、

どれだけ大きな穴が掘れるかと、やり始めたところだったのだ。

私がいまだに着物を手に入れられないのは、ここに原因があるんだな。



「姫が楽しそうなのは結構なんだがな、

 庭のそこかしこに、ぼこぼこと穴を掘るんじゃない。

 おまえはウサギか! ああ、ほらもうこんなに汚れて」



 龍青様は私が泥だらけになっているので、

ふところの手拭きの布を出して、私の顔を優しく拭いてくれた。

それを私は「くすぐったいよう」と、キュイキュイ言いながら受ける。

野生育ちの私にとっては、このくらいの汚れはどうってことないんだけど、

きれい好きな龍青様には気になるようだ。


 こういう時、とと様やかか様はめてきれいにしてくれるから、

めてって言ったら、龍青様が顔を真っ赤にして断られた。



「そっ、そそそそんな事を出来る訳ないだろう!?」


「キュ?」


 なんでだめなんだろうな。こんなに仲良しさんだし、

いつか番の夫婦になるんだから、いいじゃないか。



「ま、まったく……いつも無防備で積極的だなおまえは。

 それに若い娘がこんなに泥だらけになって……。

 俺の神聖な庭を穴だらけにされるとは思わなかったぞ、

 遊ぶ用の砂場ならそっちに作ってやっただろう?」



 そう、龍青様の部屋から見える場所に、

私が砂で遊べる場所を確かに作ってもらっていた。

龍青様が安心して私を遊ばせてやれるし、

みんなの目が行き届くからって。


 でもちがうんだ。今日はお砂遊びをするつもりはない、

私がやりたいのは宝さがしだ。



「キュイキュイ」



 あのね? そこの蔵の中に入りたかったの。


 私は正直に話す。目の前にあった蔵の一つを指さした。

前にここから、手まりを出してくれたことを覚えている。

子ども用のおもちゃがあったのなら、着物もあると思ったんだ。



「蔵?」


「キュイキュイ」



 本当は目的の着物を見つけてから、

龍青様にちゃんとお願いするつもりだった。

でもあんなに固くて丈夫な扉や壁があっては、

さすがの私でも潜り込めない。


 このままでは私のすてきな寝床生活が出来ないんだ。

私は正直に、「龍青様が子どものときの着物がほしい」って、

キュイキュイと鳴いてお願いしてみた。



「そう……か」


「キュ?」


「あれは……確かにもう着られないものだが、

 俺の亡くなった母が、俺の為に縫ってくれたものでな」


「キュ……」


 “はは”って、確か……かか様のことだよね?

 


 龍背様は私を抱っこして話してくれた。

龍青様が生まれてすぐ、彼のかか様とは引き離されてしまったらしい。


 最初は水神の跡継ぎのために、“けーやく?”の一つとして、

このお兄さんは生まれた命だったけれど、

卵を抱いているうち、情を寄せてしまった青水龍の娘……龍青様のかか様は、

その後、子が成体となるまで自分の元で育ててやりたいと、

龍青様のとと様に頭を下げて、お願いをした事があるそうだ。



「だが、父上はそれをよく思わなくてな。“ならぬ”の一点張りで、

 俺を取り上げて、泣いてすがる母を無理やり実家に帰してしまった」



 実の子にも会わせてもらえず、子どもの成長を見守ることは出来なかった。

龍青様のかか様の家には、次代をつぐ「あとつぎ」を産んだ礼として、

水神の家宝をいくつか渡されたものの、水神の嫁としては迎えられなくて、

また龍青様が、自分のかか様に会いに行く事も許されなかった。


「キュ……」


「元々俺は、次の水神としてだけ求められた存在だからな。

 夫婦や家族というものに絶望していた父は、過ちを繰り返し、

 俺が父上のようになるのを恐れ、母と会うことを許さなかった。

 親子の情が、邪な者に利用されるのを防ぎたかったのだろう」



 だからお兄さんのかか様は、幼い子どものために着物を縫ってくれた。


 いろいろな問題はあっても、

少なくとも彼のかか様は、龍青様のことを想ってくれていたのだろう。

せめてこれだけはと、幼い子どもの健やかな成長を願って縫われた着物は、

のちに形見……かか様の残してくれた最初で最後の品になったのだという。



「俺は母の顔も名前も知らないが、母は俺を愛してくれていた。

 だからあれは母と俺をつなぐものだが、あのまま蔵の中に置いておくよりも、

 少し手を加えて、姫のものとして仕立て直した方がいいかもしれないな」



 そう話した龍青様は少し寂しそうな顔をして、私の頭をなでる。



「……」


 だから私はぷるぷると顔を振って、やっぱりいらないと答えた。


「姫?」


「キュ……」



 龍青様のとと様とかか様は、もう死んでしまって居ない。

その龍青様のかか様が残してくれた物なら、すごく大事な物だもの。

そんなものを、寝床の材料にするからちょうだいなんて言える訳ない。


 死ぬって事がまだよく分かっていない私でも、

とても悲しくて、寂しいものなんだって私は知っている。

だって、郷を襲われた時に私は仲間と生き別れてしまったのだから。

会いたくてももう二度と会えない。話したくてももう話せない。

それが私の知る死だと思っている。


 故郷の郷が襲われる前、

またねって言い合った言葉は、もうできなくなった。


『生まれてきたら、うちの子と一緒に遊んであげてね』って、

生みたての真っ白な卵を私に見せてくれた若い夫婦もいたけれど。

今はもう会うことも出来ない。生きているのかも……。



「姫?」


「キュイイ……」



 ごめんね龍青様、私、龍青様の匂いのある物が欲しかっただけなんだ。

龍青様の匂いのある物に包まれて、寝床で眠ったらとっても幸せな気がしたの。

抱っこしてもらって眠っているような気持ちになれるかなって。



「いや、いいんだよ。俺はほとんど着てあげることが出来なかったから、

 このまま誰も袖を通すことなく、蔵の中でただ朽ちてしまうより、

 俺の愛しい姫が着てくれるのなら、母への供養にもなるだろう」


「キュイ?」


……嫌じゃないの?



「嫌じゃないよ。大事な姫が俺の代わりに着てくれるのなら嬉しい。

 俺はもうそれを着てあげることはできないし、

 俺と番になれば、姫は母にとっても自分の子どもになるからね」



「キュイ」


「姫……俺はね。暴走した父に見つからないよう、

 子どもの頃は、目立つ色目の着物は着る事が出来なかったんだ。

 だから、子どもらしい可愛いものや、華やかな色合いとは無縁だった。

 実は子どもの頃の着物のほとんどにはそでを通せていないんだよ」


「キュ……」



 龍青様がきれいな着物にこだわりがあるのは、

子どもの頃に楽しめなかったからなのか。

いつも色合わせとか嬉しそうに選んでいるものね。



「せっかく母が作ってくれたのに、

 手に取れた時はもう俺が着るには小さすぎてね。

 このままでは朽ちるのみだから、良ければ姫が代わりに袖を通してくれるかい?

 そしてその姿を俺に見せてほしいんだ」



 私がうなずくと、龍青様は右の手から水をあふれ出した。

それから水が引くと、銀色をした小さい鍵が手のひらの上に残った。



「キュ?」


「さあ、じゃあ入ってみようか」



 鍵というのを持って龍青様は近くにある蔵の前まで歩いて、

小さな板のようなものの穴に差し込んで横に回す。

がちゃり……と重たい何かが動く音がして、龍青様は扉に手をかけると、

これまで私が体当たりしても開かなかった扉が、

いとも簡単に開いたではないか。



「キュイ」


 最初から、素直に龍青様にお願いすれば良かったな。



「ふふ、そうか、ここを体当たりして開けようとしたのか。

 蔵は簡単に持ち出されぬよう、とても頑丈に作られているから、

 今の姫が全力で壊そうとしても、さすがに無理だろうね。

 そんなことをしたら危ないから、もうやってはいけないよ?」



 足を踏み入れた蔵の中はうす暗くて、それでいて少しひんやりと涼しい。

壁の高い所には小さな窓があったけれど、それもきちっと締め切られていて……。

木で作られた大きな棚には竹で編まれた行李こうりの箱が並んでいたり、

何かの巻物がところせましと積み上げられている。


 深い草木を使って染められたつぼや、

ふしぎな模様が描かれた掛けじくなども置いてあった。


 暗くてちょっと怖かったけれど、龍青様が傍に居てくれるから安心だ。


 私は龍青様の腕からすべるように石畳の上に降りて、

お兄さんの着物のすそをつかんで、とてとてと付いて行く。


「ええと、あったあった」


「キュ?」



 龍青様が両手で取り出した行李こうりを足元へ置き、広げると、

私はしゃがみ込んだ龍青様の肩によじ登り、中をのぞいてみる。


 中には子ども用のとても小さくて華やかな色の着物と、

古ぼけた玩具などがいろいろと出てきた。

ずっとしまったままでいたから、中で傷んでしまった物もあるけれど、

それでも龍青様にとっては大切な品なのだろう。


 ちらっと横を見ると龍青様が懐かしそうな眼をして、

一つの着物を取り出した。



「懐かしいな……」


「キュ?」


「そうだな、これなら状態も良いし、姫にどうだろうか」



 そう言って見せてくれたのは、淡い黄色い色目の着物で、

萌黄もえぎという色の着物だよ」と教えてもらった。

すその方に色とりどりの手まりの刺繍がしてあるものだった。

私が大好きな手まりの模様。しっぽを振って「可愛いね」と、うなずいた。


「あとはこれかな」


 若草色の着物にはスイレンという白い花の刺繍がされていた。

とてもきれいなもので、触れると光の当て方で表面がきらきらと輝いている。


 聞けば特別な染料を使っていて、

真珠とかの貴重な宝石も材料に使われているらしい。

小さな着物を受け取った私はすんすんと匂いを嗅ぐけれど、

残念ながら龍青様の匂いはしなかった。これから匂いを付ければいいかな。



「それはまだ着た事が無いものだからね。

 まずはこれを先に渡しておこう、後のものは状態を見てからね」


「……キュイイ? キュ」


 ……本当に私がもらっていいの? 龍青様。



「ああ、大切なものだから、俺の大事な姫に使って欲しいんだよ。

 母が子どもの成長を願い、ひと針ひと針と手ずから縫ってくれたものだ。

 魔よけの着物として、着ている者をきっと守ってくれるだろう。

 今の俺は、俺のことよりも姫の方を守って欲しいからね」



「キュ」



 私は小さく折りたたまれた着物を両手で大事に抱えると、

龍青様と、もうここには居ない龍青様のかか様に「ありがとう」って、

キュイっと鳴いてお礼を言った。龍青様の着物……また宝物が増えた。

これはぜったいに寝床用には使わない。大事に大事に着るんだ。


 しっぽをぶんぶんと振って、私はごきげんだった。







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