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桃姫のお見舞い①~再会の約束~



「――桃姫……しばらく俺は、湖にこもって休むことにするよ」


「キュ……?」


 いつも楽しい夢の中での“おうせ”で、私は龍青様にそう言われた。

しばらく休む、それは私と会うことが出来なくなるという意味だ。

言われた私は、驚いて持っていた花をぽとりとその場に落とした。


 え……今、なんて言ったの? しばらく休む?

龍青様、まさか今から冬眠するの? 



「いや、冬眠とはちょっと違うのだがな。今はもう春だよ姫」



 龍青様と桃の花を一緒に見てから何日かして、

呪いの一部を引き受けた影響がある龍青様は、

大事を取って、体を癒すために湖でしばらく休むと言ってきた。

やっぱりまだ体が辛いんだと分かった私は、そこで涙目になる。


「キュイイ……」


 龍青様、死んじゃうの? 死んじゃやだ。


 両手を伸ばして龍青様にしがみ付くと、

龍青様は私を抱っこしてくれた。



「そこまで酷くはないと思うよ。全ての呪いを受けた訳じゃないから。

 ただ、俺はまだ未熟な水神だからね。浄化に時間がかかるんだ。

 姫にはその間、寂しい思いをさせてしまうけれど……」


「キュ、キュイキュイ!」


「姫……傍に居てやれなくてすまない。

 本当はずっと姫の成長を見守ってあげたかったんだけれど」


 

 龍青様はそう言って、泣いている私の頭をなでてくれた。



 先代の水神、つまり龍青様のとと様による呪いは、

その欠片だけでも、受け入れれば汚れや穢れを嫌う神にとって、

毒を取り込むのと同じ状況になってしまうそうだ。


 さらに番を得ていない龍青様は、普通の神様より回復も遅れているらしい。

だから水神様としての仕事も辛くなってきたので、

私とも一緒には遊べなくなってしまったのだと……。



「キュイ」


 龍青様からその話を聞いた私は、涙がぽろぽろと流れる。

こないだ一緒にお花見をしたけど、まだ体が辛かったのに、

私が迷子になって呼び出しちゃったりしたから、

龍青様は体の具合がもっと悪くなってしまったんじゃないか。



「キュイイイ……」


 私のせいだ。私のせいで龍青様はこんなめに……。

すんすんと鼻を鳴らして龍青様の着物に顔を押し付ける。



「姫のせいじゃないよ。こうしなければ姫の方が危うかった。

 俺はただ、今の自分に出来ることをしただけなんだからね。

 大事な婚約者を守るのは俺の役目だから」


「キュ……」


「だから体を休める為にしばらく会えないけれど……。

 それまで、父君と母君の言う事をよく聞いて、

 良い子にしているんだよ? 姫」


「キュイ」


 また会える……? と私は聞いた。

休むってどのくらいなんだろう。まさかずっとずっとじゃないよね?

いっぱい寝たら、私のことを忘れちゃうんじゃないかって思うんだ。

龍青様と私の世界は、本当はすごく遠くて別の所にあると言うし、

神様と私では流れる時間と言うのが違うとも聞いたから。


 私が大きくなっても、龍青様は姿が変わらないままらしいし。


 そう言うと、龍青様は私をぎゅっと抱きしめてくれる。



「ああ、また会えるよ。迎えに行くと約束しただろう?」


「キュ」



 龍青様、私のこと好き? ずっとずっと好きでいてくれる?



「ああ……ずっとずっと好きだよ。桃姫。

 俺の気持ちは姫と共にある。姫もどうか忘れないでいてほしい。

 離れていても、俺がおまえのことを愛おしく想っている事を」


「キュ……」


 私もね、龍青様のこと、ずっとずっと好きだよ。

そう言うと龍青様は嬉しそうに笑ってくれた。

でも私は涙がぽろぽろ出てきて、龍青様の顔がよく見えない。

もっとよく見ていたいのに、涙が止まらないんだ。



「姫、俺は桃姫が素敵な娘に育つことを祈っているよ」


「キュイ……」



 待っているから、早く会いに来てね? また遊んでね?

私はせいいっぱい背伸びをして、龍青様の口に私の口を付ける。

また会えるようにと私は龍青様と再会の約束をした。



※  ※  ※  ※



――それから。


 かか様の背中の上で目が覚めた後、私はすぐに手まりを持って滝へ向かった。

夢で言われたことがまだ信じられなくて、すんすんと鼻を鳴らす。

もしかしたら、あれはただの夢の中の話だったのかもしれないと、

そう思ってもいたから。


 いつもみたいにあの滝つぼまで行けば、龍青様が仕方ないなって顔で、

私に笑いかけてくれるような、そんな気がしていた。


「キュ……?」


 でも、その時はいつもの様子ではなかった。

鈴を鳴らす前に、滝つぼの前にはすでに一人の若いお兄さんが立っていた。

龍青様の元で働いている、萌黄もえぎ色の着物を着た侍従のお兄さんだ。

紺色の髪を後ろにまとめ上げたお兄さんが、私と目が合い、

深々と頭を下げてくる。



「姫様、本日公方様はこちらへいらっしゃいません」



 侍従のお兄さんにそう申し訳なさそうに言われ、

ああ、やっぱりあの時のことは本当なんだと私は足を止める。

びにと「公方様からです」と手渡されたそれは、

桃の花と浅黄あさぎ色の紙が添えられていて……。



「キュ?」




 中を開くと、かんたんな字で龍青様の字が書いてあった。

前に少し龍青様に教えてもらったものだから、

何が書かれているのか私にもなんとか分かる。

指先で字をつづってみて、キュイキュイ言いながら読んでみた。


 “きっと、またあえるから”


 紙にはそう書かれていて、ほんのりと龍青様の匂いがした。

この紙に龍青様の使う香を焚きしめているんだろう。

これは手紙と言って、誰かに伝えたいことを記すものだと前に聞いた。

私は紙を鼻に近づけて、龍青様の匂いを夢中になって嗅ぐ。


 すん……。


 すんすん、すんすんすん、すんすんすんすんすんすん……。


「キュ」



 ほのかに匂う龍青様の匂いだ。

ちょっとだけしっぽが揺れた。


……でも足りない、もっと思いっきりぎたい。ぎまくりたい。

これはもう、お兄さんの懐に頭を突っ込んで、めいっぱいがないと、

今の私の求めているものはきっと満たされないのだろう。

そう、私は龍青様とその匂いに飢えていた。



「キュイイ……」



 寂しいよう……。


 しっぽがたらんと地面に触れる。

私、このままじゃ寂しくて死んじゃう……死んだことないけど。



「そ、それでは姫様、私はこれで」



 使いの侍従さんが、私のぎっぷりに苦笑した後、

深々と頭を下げて水の中へと消えて行く。とぷんと水しぶきが上がった。

尾ビレがちらっと見えたから、彼はお魚の化身なのだろう。

あのしっぽにしがみ付いて、お屋敷まで行けないかな……なんて思ったけど。

その前に息が出来ないよね。だめか。



「キュイイイ……キュイイイ……」


 

 こないだ一緒に桃の花を見たばかりで、また来ようねって約束をしたのに。

どのくらい体が悪いのだろう……すごい心配だ。


 本当なら、その苦しみは私や郷のみんなが受けるはずだった。

でも龍青様が全て引き受けてくれたんだよね。


 私が成体になるまでに解呪ができれば……そう龍青様は思っていたけれど、

魂を引きずられた私が、龍青様のとと様と遭遇してしまい、

予定が狂ってしまったせいで、龍青様には無理をさせてしまった。


 前に龍青様が温泉に行ったのも、

それで傷ついた体を癒す目的があったのだろう。

女房のお姉さんがあのとき何か言いかけていたし。



「キュ……」



 龍青様……。


「キュ~」



 岩の上に小さな私のお尻をぺたんと付けて座り込む。


 いつもみたいに龍青様に抱っこしてもらって、頭をなでてほしくて、

まぶたを閉じて、自分の着物の袖でぽんぽんと自分の頭をなでてみる。

匂いは龍青様と同じ匂い、でもやっぱり違う。

龍青様の手はもっと大きくてあったかいんだ。


 やっぱり満たされない。私の龍青様への欲求が。


「キュ」


 私を包み込んでくれる温かい手、それが龍青様だ。



「キュイイ」



 会えない代わりに、私は水の中にお見舞いのお花を何度も流してみる。

そして私は岩の上で手まりを持ったまま、キュイキュイと泣いていた。



「キュイ、キュイイ、キュイイ……」



 待っているから、早くお迎えに来て、龍青様。


 今の私では、まだお屋敷の方まで泳いで行けないし、

また呼び出したりして迷惑はかけたくない。

だから鈴が反応しないよう、私はぐっと堪えて涙を流した。



「――なんだ。こんな所ですすり泣いているのは、

 やっぱり嬢ちゃんの声だったか」


「……キュ?」


「よう、ミズチ様がご機嫌伺いに来てやったぜ」



 そう言って水面からひょいっと顔を出してきたのは、

龍青様じゃなく、彼の友神のミズチのおじちゃんだった。

どうやら私の声を聞き付け、ここまでやって来たらしい。



「キュ~」


 なんだ。龍青様じゃないのか……と私が瞳に涙をまた浮かべて、

ころんと岩の上で寝転がってふて腐れる。



「なんだとは失礼だな。この俺様が会いに来てやったのによ」


「キュ」



 ミズチのおじちゃん……私は今ね? 龍青様が恋しすぎて、

おじちゃんとかまってあげる気分じゃないんだ。

龍青様じゃないのなら用はない、遊び相手は他を当たってと、

手でしっしっとやった。


 私のご機嫌を取りたいのなら、

龍青様と龍青様の採ってくれた桃を一緒に持って来てくれないと。

それか、龍青様の匂いがする着物をくれるとかね。



「いや、さすがの俺様でもそれは叶えてやれねえな」



 だよね。うん、知ってる。

龍青様のとと様だって出来なかったんだもの。



「悪かったな龍青の奴じゃなくて、ほら泣くな泣くな。

 どうせあいつに会えないとかで泣いているんだろ?

 俺様が龍青の所まで連れて行ってやるから、な? 元気出せって」


「キュ?」


 な、なんだと?


 すんすんと鼻を鳴らしていた私はぴたりと動きが止まる。



「どうせ暇なんだろ? なら、これから俺様と龍青の見舞いに行こうぜ。

 俺様が無理やり嬢ちゃんを、見舞いついでに・・・・連れて来たって言えば、

 他の奴らは何にも言えねえだろうから」



……ほんとうに連れて行ってくれるの? 龍青様の所に?


 起き上がってミズチのおじちゃんを見上げたら、 

彼は「おうよ」と言ってうなずく。そして近くの岩の上に腰かけていた。



「嬢ちゃんは俺様の縄張りの子どもだったからな。

 氏神として嬢ちゃんの面倒を見てやらねえと」


「キュイ」


 そうなの? 


「でもまだ今のあいつは呪いの欠片のせいで具合が悪いらしいからな、

 連れて行っても奴とは一緒には遊べないぞ? 

 様子を見るだけだ。それでもいいか? 嬢ちゃん」


「キュ!」


 私は何度もうなずいた。良い子にするって約束する!!

そう言って、両手をおじちゃんに伸ばそうとした私は、

あ、やっぱりだめだと思い直し、両手を降ろした。


「キュイ」


……やっぱりいい。やめとくね。


「あ? なんでだ?」


「キュイキュイ」


 あのね? 良い子は身内以外の雄に付いて行っちゃだめなの。

知り合いのおじさんとか、お兄さんでもだめなんだよ。

私は両手をぶんぶんと振って教えてあげた。

とと様とかか様にもよく言われているんだよね。



「あ? 龍青の奴とは平気で付いて行っているじゃねえかよ」


「キュ?」



 龍青様はいつか私の番になるから家族になるでしょ?

でも、ミズチのおじちゃんはよその雄だからだめだもん。

私はしょぼんとうなだれて、手まりを持った。

龍青様に会えないのならしかたない……今日は帰るか。



「嬢ちゃんは小さいわりにしっかり者だな」



 そう言うとミズチのおじちゃんは、にかっと八重歯を見せて笑って、

私を抱き上げて頭をわしわしとなでてきた。



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