桃姫のお見舞い②~姫、神との契約をする~
知り合いとはいえ、ミズチのおじちゃんとのお出かけを渋る私に、
おじちゃんはこんな提案をしてきた。
「おし、じゃあ俺様と契約をしよう。今日から俺様はおまえの子分だ。
親分になる嬢ちゃんを、無事に望む場所へと連れて行ってやるよ」
「キュ?」
「でだ。契約内容は龍青の代わりの送迎だな、嬢ちゃんの身の安全を守る。
負担がない範囲で、お互いに嫌がる事はしないっていうのが条件だ。
神は一度交わした約束は命を懸けてでも守るのが決まりだ。
それが叶わなければ、その身に咎を受けるようになっているからな。
な? これなら身内同前にもなるだろ?」
私はそれを聞いて、龍青様のとと様と先祖の盟約を思い出した。
私が知る限り、神様との約束事はろくなものじゃない気がする。
あ、もちろん龍青様と嫁になる約束は別だけどね。
だから後が怖いからいい、ぶんぶんと顔を振ってお断りする。
神様の盟約は“だいしょう”といって、
叶えてもらう代わりに何かを差し出さないといけないらしいし。
それが命だったりするのなら、やらない方がいい。
……まあ、龍青様のとと様の場合は、一方的に約束したようだけどさ。
そうしたら、私の持つ何かと引き換えでの約束をすればいいと言われた。
それなら“だいしょう”も少なくて済むし大丈夫だろとか言われて、
私はちょこっとの間だけ考えて、それならいいかなとうなずいた。
「よし、じゃあ嬢ちゃんの持っている物と交換しようか。
それで契約が成立する」
私の何かと交換と言われたので、私はその辺に落ちていた小石を拾って、
「じゃあこの石あげるから連れて行って」と、キュイキュイ鳴き、
ミズチのおじちゃんの手に渡してみせたら、
渡されたミズチのおじちゃんの方はというと、なぜか固まっていた。
「……あ、あのな? 嬢ちゃん……神様との契約というのはな?
せめてもう少しましなもんを渡すもんだぞ、
ほら、水神に捧げる供物とか見ているだろう?」
「キュ?」
私の縄張り(と言う名の遊び場)にあるものなんだから、
ここにある物はみんな私のものだよ。
だから間違ってはいないでしょ? と私はキュイキュイと答えた。
「……っ、な、なるほど……そうきたか」
とと様達が滝の前に龍青様に捧げる祠を作って、
ときどき用意した台の上に、供物を捧げているのを見たことあるけど、
私、子どもだもん。子どもの私に何を求めているのだ。
ミズチのおじちゃん、こんな私にたかる程に暮らしに困っているの?
「キュイキュイ、キュイ」
でも小さい子どもの私にたいそうな物をねだるなんて、だめだよ。
「は? い、いやな嬢ちゃん……こんなのを喜ぶ雄はいないぞ」
「キュ?」
そんなことないよ、龍青様はすごく喜んでくれたもん。
きれいな細工がされた箱に入れて、家宝にしてくれるって言っていたし。
私はしっぽをぶんぶんさせて話した。
「そ、そうなのか、あいつ年頃の割には純朴すぎるぞ。
恋愛こじらせているな……なんか泣けてくる。
まあ、嬢ちゃんはこんなに小さいからな……」
「キュ」
ふう、しかたないなと私は溜息を吐いた。
神様にたかられるって変な感じと思いながら、
今度はその辺に生えていた草を適当に引きちぎってあげた。
「キュイ」
んじゃこれね、食べられる草だよ。これでいいでしょ?
「く、草……今度は草か。雑草じゃねえかよ。
嬢ちゃん普段こんな物を食ってやがんのか?
ずいぶんと苦労しているんだなあ」
だめらしい。貴重な郷の食料なんだけどな。
そう言ったら、なんか、くうっと目頭を押さえて泣かれてしまった。
やっぱりだめなようなので、今度は傍に咲いていた花を摘んで渡した。
紫色の花びらをしたきれいな花だ。
ふうりゅう? ……とかで、花や草木を愛でる龍青様と違って、
おじちゃんは花とかぜんぜん似合わなそうだけど、
とりあえずいいかと差し出した。見た目で決めちゃだめって言うし。
それもまた適当に選んだものだ。だって私の本当に大切な物って、
龍青様からもらった鈴と、着物と手まり、匂い袋と手紙だもの。
絶対にそれは渡せない。絶対に絶対に渡したくないもの。
するとミズチのおじちゃんは、意外にもさっきとは違う反応を見せた。
「懐かしいな雪割草か……春を告げる花だな」
目元を細めて、私が渡した紫色の花を見てそう言い、
今の私達にぴったりだなと花言葉も教えてくれた。
「キュ?」
ミズチのおじちゃんが花言葉を知っているなんて意外だな。
龍青様はよく知っているので、いろいろ教えてくれるんだけど、
おじちゃんも知っているんだね。なんか変な感じ。
私が渡した花を懐かしい物を見るような目で見ている。
「俺様の死んだ嫁がな、花には意味があると教えてくれたんだよ。
だから俺様にとってはこの花が思い出のものになる。
そうか……もうそんな季節になるんだな。
俺様の嫁はこの花をまた見る前に死んじまったから」
ミズチのおじちゃんは昔を懐かしむように、その花を水で包み込むと、
手を叩いて顔を出してきた魚に花を託した。
「キュ?」
「……俺様との契約には充分な品だ。
よし、決まりだ。あいつの所まで連れて行ってやるよ。
まずは嬢ちゃんの両親に出かけてくるって言ってきな。
勝手に居なくなったら心配するだろうからさ」
「キュ!」
わかった!
私は元気を取り戻すと、ミズチのおじちゃんに片手をあげて返事をし、
目の前にちょうどあった着物の裾をむんずとつかみ、ちーんと鼻をかんだ。
ふう、すっきりした。
「うおおい!? そこで鼻をかむなよ!」
「キュ」
ごめんね。ミズチのおじちゃん。
さっきいっぱい泣いちゃったから、しかたないのだ。
キュイっと謝ってから、ところで“おみまい”ってなあに?
何かするのと聞いてみたら、ミズチのおじちゃんはあごに手を当てて。
「ん?そーだなあ……見舞いと言えば、
滋養のある食いもんと、いい匂いのする花とかかな。
病人に土産の贈り物を持って、様子を見に行く事を言うんだ」
「キュイ」
そうなんだ。わかった!
うなずいた私は、手まりを持ったまま急いで巣穴に戻った。
かか様に「今までどこに行っていたの?」と聞かれたけれど、
説明している時間は余りない。私は両手を左右に広げてぶんぶんと振り、
「かか様、私、これから龍青様の所に行くね」と、ぴょこぴょこ飛んで、
お出かけすることを伝えた。
「え? 主様は今日お休みになっていて、会えないんじゃ……」
「キュイ」
ミズチのおじちゃん、龍青様の友神の水神様が、
お屋敷まで連れて行ってくれるって言ってくれたんだ。
だからお見舞いに行くの。神隠しなの。
「えっ!? ちょ、ちょっと待ちなさい。
あなた、いつの間に他の水神様ともお知り合いになっていたの!?」
「キュ」
だいぶ前からかな、今日から私の子分になったんだ。じゃあね。
「ちょっ、そういう大事な事はちゃんと話しなさいって……って、
こ、子分? 待って、水神様を子分呼ばわりするって何ごとなの!?
それに身内以外の雄にそう簡単に付いて行っちゃ……!」
「キュイ」
かか様の話を最後まで聞くことなく、私は巣を飛び出した。
大丈夫だよ、かか様。
ミズチのおじちゃんは私とちゃんと約束してくれたからね。
神様は一度約束したら、そう簡単に破れないって言うのを知っている私は、
ミズチのおじちゃんを信じて付いて行くのだ。
……私の子分だからね!
なんだか、とと様みたいにちょっとえらくなった気がして、
私はふふーんっと鼻息を荒くした。
「キュイ!」
「あら、長の所のお嬢ちゃんじゃない、こんにちは」
「こんにちは、今日も主様の所かな?」
「キュ!」
そうだよ。お見舞いに行くの。
郷のみんなにキュイキュイとあいさつしながら、とててっと走る。
暖かな季節になり、龍の郷は今、暮らしが大きく変わろうとしていた。
普段から人型で過ごす者も出てきて、人間のように着物を着てすごし、
土が耕されて、大きな畑や田んぼが出来始めていて、大忙しだ。
かたこん、かたこんと機織りの音が遠くでするのを聞きながら、
道端の近くに咲いていた白い野の花を摘み、
お供の手まりを一緒に持って、急いで滝につづく獣道を駆け上がる。
しっぽはぶんぶんと揺れていた。龍青様にもうすぐ会えるんだ。
「……お? おう来たか」
「キュイ」
ねえミズチのおじちゃん。“じよう”のある食べ物ってなあに?
花は用意が出来たけど、じようは意味が分からなかったから、
用意が出来なかったのと、私はミズチのおじちゃんに話した。
「んあ? そーだな。食べると元気になる血や肉になるものか、
食欲のない奴も多いから、食べやすい水菓子でもいい」
「キュ?」
食べると元気になるといえば……私にとっては龍青様の桃だ。
でも体を悪くして寝込んでいる龍青様を、まさか本人を起こして、
自分で採りに行ってもらう訳にもいかないし、まだ桃は実っていない。
じゃあどうすればいいのかなって思っていたら……。
「んじゃ、行くぞ~」
私はミズチのおじちゃんに、ひょいっと抱き上げられた。
そのまま私は片手で抱っこしてもらい、水の中へとぷんと飛び込む。
え? まだ“じよう”を用意していないんだけど?
そう思っていたら、龍青様のお屋敷に行く前に、
これから寄り道して何か獲りに行くんだって。
「キュイイ、キュイキュイ」
でも、私は狩りとかしたことないんだけど、私にもできる?
そう聞いたら、ミズチのおじちゃんが笑った。
「大丈夫だって、嬢ちゃんだって小さくても龍の子だ。
ちょっとした狩り位なら嬢ちゃんにも出来るだろ。何事も挑戦だ」
「キュ」
わかった。やる。
うなずきながら両手を伸ばし、いつもとは違う別の水神様の腕の中。
なんとも居心地が悪い上に、変な匂いがして私は顔をしかめた。
「……キュ」
「あん?」
……ミズチのおじちゃん。お酒の匂いがするね。
龍青様はいい匂いしかしないのにな。
同じ水神なのにえらい違いだ。なんでこんな匂いしかしないんだろう。
「はは、悪いな。酒は好物だから手放せねえのよ。
龍の雄は酒好きだからな。水神の供物には酒が捧げられる事も多いし、
龍青や俺の所じゃ酒を陸でこしらえているって言うぞ?
呪力ある酒は、神が力を溜めて身を清めるにはもってこいだからな」
「キュイ」
でも、龍青様は飲んでいないよ?
龍青様からは私の好きな桃の匂いがしたり、
匂い袋のいい匂いがしたりするんだ。
「そりゃ、あいつは嬢ちゃんのためにあんまり飲んでねえんだよ。
子どもは匂いとかに敏感だろ? 嬢ちゃんに嫌われたくないんだ。
それに酔っていたら、嬢ちゃんに何かあった時に助けられんってな。
ちょっとぐらい平気だろって俺様が誘っても、一向に飲まないんだよ」
「キュ……」
「前はよく俺様と天上の月を眺めながら酒を酌み交わしていたんだけどな。
嬢ちゃんと会ってからは、龍青の奴は酒を控えているようなんだ。
本当に、あいつに大事にされているよなあ。嬢ちゃんは。
だから嬢ちゃんが大きくなったら、酒の相手をしてやれよ?」
私のためって聞いて、胸がなんだかぽかぽかした。
そう、いつだって龍青様は私のためになる事をしてくれている。
私が知らない所でも。だから私は龍青様が大好きなんだ。
私は龍青様を思い出して、しっぽをぶんぶんと振って微笑んだ。
「……本当に、おまえさんらは睦まじくてうらやましいねえ。
嬢ちゃんを見ていると、嫁と暮らしていた頃を思い出すわ」
そうして話しながら水の中をおじちゃんは歩く。
いつもと違う神隠しは、こうして始まったのだった。




