10・邪魔者ふたたび
機織りを習って、ちょっといい感じな物が出来た。
私もやればできるな。女房のお姉さんに端の始末をしてもらい、
両手で出来たばかりの布の端きれを大事に持つ。
せっかくなので龍青様に見せに行こう。
出来たのは彼の好きそうな涼やかな浅黄という色の布だった。
「キュイ、キュイ」
「ん? ああ、また作ったのか?」
「キュイ」
そうだよ。どうだすごいでしょうとしっぽを振ると、
龍青様はそうだなと笑って頭をなでてくれた。
キュイっと嬉しくなってそのまま女房さんの元へ戻ろうと、とてとて廊下を歩く。
そこへ、急に目の前に壁が出来て、私はぽすっとそれにぶつかった。
あれ? こんな所に壁なんてあっただろうか?
壁はふにゃっとしていたので、ぶつかっても痛くなかった。
「――お? なんだ嬢ちゃんも来ていたのか?」
「キュ?」
見上げたそこには、いつぞやのミズチというおじさんが居た。
不敵に笑っている顔もそのままに、着崩した着物をまとった大柄な男、
龍青様をいじめていた泉の姫とかいうのに続いて、
私にとっての会いたくない天敵その2だ。
「キュイイイ……ッ!!」
私は布を両手で持ったまま、くるっと方向を変えて、
龍青様の元へ、すたたーっと駆け戻る。
私が慌てて部屋に飛び込んだせいで、そのまますてんと転んでしまい、
持っていた布が転んだ拍子に床に落ちた。
でも私はそれを拾っている余裕なんてない。
床に両手を着いたまま、キュイキュイ泣く私を見て、
龍青様は筆を持つ手を止め、私の方へ駆け寄ってきてくれた。
「も、桃姫! 大丈夫か? 怪我は?」
「キュイ! キュイイ!!」
龍青様、たいへんだ。ヤツが、ヤツが来た!
「う、うん?」
「キュ! キュイイ!!」
龍青様に抱き上げられた私は、泣きながら両手を上下にぱたぱた。
しっぽをぶんぶんと振って危険を知らせる。
逃げて、龍青様、早くここから逃げて!
いじめっこ、ミズチ。龍青様をいじめている悪いヤツだ。
あまりの焦りように、上手く龍青様に話せなくて、
私は全身から汗が流れていた。
「……何か必死な姫もかわ……いやなんでもないよ」
私のその必死な姿に龍青様は危険なのが分かったのか、
口元を手で覆い、ぷるぷる震えている姿を見て、
ああ、やっぱり龍青様もあいつが来たのが怖いんだと思った。
「キュ……」
そうだ……このお兄さんを私が守ってあげないと。
「キュ!」
こ、怖いけど、あのおじさんも龍青様をいじめる悪いヤツなんだ。
前に桃を食べた後に私はすぐに寝ちゃったから、
もしかして龍青様が何か嫌な事をされたのかも……。
「キュイキュイ!」
腕からぴょんっと飛び降りて、やって来たミズチのおじさんに向き合う。
さっきのお姉さんのように両手をばっと上に挙げて、通せんぼをする。
足はがっくがっくと震えているが、耐えるしかない。
小さくっても私は龍の子どもだ。やる時はやるぞ!
「も、桃姫?」
「キュ……!」
「お? なんだなんだ嬢ちゃん。この俺様に抱っこしてほしいのか?」
「キュイ!」
ちがうもん! 私はだっこをねだってるんじゃない!
恐ろしいヤツだ。私の威嚇が通用しないとは……っ!?
これは効かないと判断し、私は次に足をだんっと勢いよく床を蹴り、
いざくらえ! と、ぽーんっと手まりをおじさんめがけて投げつけた。
それはミズチのおじさんの足に当たり、そのままころころと跳ね返ってくる。
「……ん? なんだ?」
「キュ……!?」
き……効かない、だと!?
「キュ」
わ、私の「とっておき」の攻撃が効かないなんて!?
そんなはずはないと私はもう一度手まりを拾い、力を込めて投げつけた。
勢いはさっきよりも強く、今度こそ、今度こそびっくりして逃げ出すはずだ。
ぽーん! ころころ……。
「キュ!」
どうだ! と私が顔を見上げると、
あごに手を当てながら首をかしげるヤツの顔。
私は全身から汗がぶわっと出た。こ、これも、効かないなんて……!?
「……キュ、キュイ」
「お嬢ちゃん……もしかして、この俺様と遊んでほしいのか?」
そう言って、私の手まりが奴の手に渡ってしまった。
「キュー!?」
捕まった! 私の手まりが捕まった!? まり質にされた!!
返してと駆け寄って、両手でぽこぽこヤツの足を叩いても相手はびくともしない。
私はキュイキュイ泣きながら龍青様の所まで駆け戻り、
背後に回ってひしっとしがみ付く。
「キュイ! キュイイイ!!」
「も、桃姫?」
龍青様からもらった大事な手まりが、ヤツに捕まったよと、
私のお気に入りだったのにと、両手で顔を覆って泣いていたら、
龍青様が私を高い高いしてなぐさめてくれた。
「ひ、姫泣かなくていいからな~? おいこらミズチ、
桃姫が居る時には怖がられるから、おまえは来るなと言っているだろう?
あとその手まりは桃姫のお気に入りだから、早く返してやれ」
「お? これか、ほいっと」
「……キュ?」
……あれ、すぐに返してくれたぞ。
抱っこされた龍青様の腕の中で、
私は返された手まりを持ったまま、ミズチのおじさんと目が合う。
するとおじさんは私が口を食いしばり、体をいつもよりも小さく丸め、
足先までちぢこまって、涙目でぷるぷる震えている姿を見て、
「あー……ずいぶんと俺様も嫌われたもんだな……」
髪をかき上げた後、ミズチは私に目線を合わせた。
「いや、別におまえさんを取って喰いやしねえよ。ちっこい嬢ちゃん?
これでも俺様は女子供には甘いんでね」
「……キュ?」
「前は大人げない事をしたりして悪かったな。仲良くやろうぜ、な?」
と、私の頭を優しくなでてきたではないか。
「……キュ」
だから私は、返してくれた手まりを持つ手に、ぎゅっと力を込めて、
気になる事を思い切って聞いてみる。
「……キュ?」
……龍青様のこと、いじめたりしない?
「ん? ああ、こいつとは古い友神でもあるんでね。
ほら幼馴染ってヤツでもあるんだ。 なんだ? 龍青に聞いてないのか?」
「友神とは話したが、幼馴染の事は話してないな。
桃姫が怖がっていたし、それ以上話を続けるのも可哀想だったから」
「おさななじみ」という言葉が分からなかった私は、首をかしげると、
子どもの時から付き合いのある仲だって事を教えてもらった。
そうなのか……つまり、龍青様の子どもの頃を知っているんだ。
私の知らない頃を知っていると聞いて、ちょっと胸がちくっとなった。
なんだか分からないが、むかむかするんだけど何だろう?
「キュ、キュイ!」
わ、私だって龍青様と仲がいいんだぞ。
「桃姫?」
「キュ!」
おじさん、言っておくけど龍青様の一番の仲良しさんは私なんだからね!
私は背伸びをして龍青様の顔に張り付き、彼の口に自分の口をくっ付けて見せた。
こうするのは一番の仲良しの証だって、前にかか様が言っていたもん。
どうだ! 私はこんなことが出来る位に仲がいいんだぞ! すごいだろう!
「!?」
「あ……あーあ」
「キュ?」
ふんっと鼻息荒く、得意げな顔をしていたら、
目の前のお兄さんと、ミズチのおじさんが固まってしまった。
どうしたんだろう……?
とと様とかか様は、よく私の前で口を合わせるのをやっているから、
私も真似してやってみたんだけどな、間違えちゃったかな。
「ひ、姫が……桃姫の方から、俺に……俺……に……」
「キュイ?」
顔をのぞきこむと、龍青様は顔を真っ赤にして汗をだらだら流していた。
だから、もう一度口にやってみた。
「ひ、ひひひひひー!?」
「これはまた……ずいぶんとまあ……。
龍青、まさかこんな小さなうちから教えこんでいるのか?」
「ちっ、違う!」
「キュ?」
あれ、やっぱりちがったのかな。
私はまだ顔を真っ赤にしている龍青様の頬をぺちぺちする。
どうしたのかな、だいじょうぶ? 顔が赤いのでぺろっと舐めてあげる。
お熱があるのかな龍青様、舐めて治してあげた方がいい?
「も、桃姫、しなくていい。そういうのはしなくていいから!?
いいか姫、こ、こういうのはな、好いた相手にするもので……その」
「キュ?」
私、龍青様のこと好きだよ?
とと様とかか様も私の前でよくしているよ? なんでだめなの?
「桃姫の両親が……か?」
「キュイ」
「元凶はあの両親か……やはり、姫の教育の為には取り上げるべきか?
いや、姫にそれで泣かれるのは俺も堪えるし」
私はとと様とかか様が口を吸い合っているのを、
木の実を食べながらいつも見ているんだ。
食べ物を食べさせる以外にもしているから、なんでかなって思っていたら、
かか様が『一番大好きな相手とするものなのよ』って、教えてくれた。
その時のとと様もかか様も、とても幸せそうに見えたんだ。
だから龍青様と私は仲良しだし、大好きだから何の問題もないよね。
それに、前に龍青様も私の額にやっていたし。とキュイキュイ話した。
私は覚えている。私が大きくなったら迎えに行くって話をされた時に、
鈴をくれて、私の額に口を付けてきたのを。
そう話したら、目の前の二匹が固まってしまった。
「……っ!」
「龍青……やっぱりおまえも元凶じゃねえか。手……出していたのかよ。
こりゃ、親御さんに土下座決定かなあ」
「あ、あの時は姫を守る為で……っ!」
「キュイ」
だから私は一番仲良しの龍青様とすると決めたのだ。えっへん。
私は元気にそう言って教えてあげた。
「……っ、そ、そうか……って、違う!
こ、こういうのはな、もう少し桃姫が大きくなって、
物事の分別がわかるようになってからやればって、
ああ、どうすればいい。この歳で変な知識を付けてしまっているぞミズチ!!」
「いや……早すぎてあれとは思うが、別にいいんじゃねえか?
どうせその嬢ちゃんは、おまえが責任もって嫁にするんだろ?」
「キュイ」
私はそうだよ。嫁だよとうなずいた。
嫁になる約束だからね。嫁って何かまだよく分からないけどさ。
「……はからずも、桃姫の唇を奪ってしまったではないか」
「いや、やったのはそこの嬢ちゃんの方だし、合意だろこれは」
「いいのか?」
「ああ」
「そ、そうか、いいのか……そうだな、どうせ桃姫は俺の嫁になるんだし。
で、ででででは形だけでも責任を取って、今すぐに婚儀の準備を……っ!」
「いやいや落ち着け、それはまださすがに早すぎる……って、
あー動揺のあまりに混乱してんのか、おまえ」
「キュ?」
何度かうなずいた龍青様は、私の頭をわしわしとなでた。
その日の夜、巣穴まで送ってくれた龍青様がほんのりと頬を染めながら、
「も、桃姫がこの俺を本当に番に望んでくれるのなら、
俺が絶対に責任をもって育てて、嫁に……する」
そう私のとと様とかか様に向かって言うと、
とと様が「な、なにがあったんだ」と怖いお顔で私の方を見てくるので、
私がお兄さんの唇とやらを奪ってしまったことを教えてあげて、
そしたら龍青様がこんぎのじゅんび? をしようって言っていたよと伝え、
「キュイ、キュイイ、キュイキュイ?」
だから、「“こんぎ”ってなあに?」 とキュイキュイ聞いてみたら……。
そのまま、とと様が目の前でばたりとその場で倒れてしまって、
けっきょく私は教えてもらえなかったんだ……なんでだろうね?
その後、龍青様が“こんぎ”は大きくなってからってことになったよ。
また分からない言葉が増えてしまったな。




