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第七十五話 乱入者

 若干聴き取りづらくなったその声を聞いて、俺は驚愕で目を大きく見開いた。


「おいおいおい……もう、我を取り戻したって言うのかよ」


 眉を歪めて吐き捨てると、トワは口許に大きな弧を描いて告げる。


「完全にとはいきませんでしたガ、概ね問題はないでしょウ」


 どこか、トワの口調がおかしい。

 問題ないように振る舞っているが、それは表面上だけではないだろうか。

 ……そういえば、トワは自身の命を使っているとサクラが言っていた。

 まさか、今のトワの状態が、その危険なものと言う事か?

 よくよく観察してみれば、トワの顔には死相が映っていると思わせるほど明らかに青白いし、紅く光る瞳の焦点も定まっていない。


ご主人様(マスター)……〉


 伺うように尋ねてくるウンディーネに、俺は頷いて気合いを入れ直す。


「わかってる。これが最後の戦いになりそうだからな。もうひと踏ん張りだ!」


 ウンディーネと目配せを交わした後、二手に別れてトワとの距離を縮めていく。


「クフフ。今のわたくしならば、貴方々など恐れるに足りませン」

「その言葉が嘘じゃないか確かめてやるさ!」

《頑張るのじゃ! あと一息じゃぞ!》


 ツバキの応援を耳に入れつつ、トワへと斬撃を浴びせる。

 しかし、気味悪げに口を歪めたトワが腕を振るって防御。

 どうやら、トワの肌まで鬼らしく硬くなっているようで、辺りに甲高い金属音が鳴り響き、同時に手には鈍い痺れが訪れてしまう。


「あぶねっ!」


 トワの筋肉が動く初動を感じ取り、咄嗟に斜めに飛び退いた。

 直後、先ほどまで俺がいた場所へと、トワが放った拳圧が襲来。


〈わたしもいますよ?〉

「チッ!」


 俺が離れた間のサポートを務めるべく、阿吽の呼吸でトワを牽制するウンディーネ。

 清楚な笑みで嫌らしい攻撃をしてくる彼女を見て、トワは大層不愉快そうに舌を打つ。

 ……明らかに、トワの性格にも影響が出ているな。

 さっきまで漂っていた泰然とした雰囲気は消え去り、酷く好戦的で言い知れぬ恐ろしい貌を秘めている。


 自ずと破滅へと向かっているのがわかるトワの姿に、なんとも言えない感情を抱きながら、俺は攻防を繰り広げていく。

 ウンディーネと力を合わせて果断なく攻め、トワをその場から移動できないようにする。

 全ては、俺が頼んだ任務を遂行してくれている彼女に、トワの術を無力化して貰うために。


「しつこいでスワッ!」

「だったら、大人しくやられてくれないか?」

「貴方様がやられナサイ!」


 徐々に、呂律が回らなくなっているトワ。

 俺達の連撃を受け流しながら、目に見えて苛立ちの表情を浮かべていた。

 今までのトワなら、こんな簡単に顔色を悟らせるような真似はしない。

 恐らく、この歪な変身を行ったせいで、トワ本来の頭脳を十全に活かせていないのだろう。


 とはいえ、俺もウンディーネもこれ以上は限界だ。

 もって、後三分といった所か。ウンディーネの身体も薄くなっているし、顕現時間のタイムリミットが近い。

 彼女もそれを理解しているのか、珍しく焦った表情で攻撃している。


〈早く、やられてください!〉


 ウンディーネが腕を振るうと、宙に数多の水の槍が出現。

 高速で飛来していくも、トワは殴って力づくで破壊していく。


「クフッ。先ほどまでの勢いがありマセンワ」

《わ、妾の力って、あんな気持ち悪いんじゃな……》


 悲しげに声色を暗くするツバキを尻目に、俺は内心で焦燥感を募らせていた。

 ただでさえ、音速で動けるトワの行動を阻害するように、頭を使って位置取りを変えているのだ。

 それに加えて、全身の疲労に連続した高度な戦闘、そして近寄ってくる制限時間。いつ集中力を欠いてもおかしくはない。

 と、考え込んだのがいけなかったのだろう。


「しまっ……!」


 ふっと手の力が抜け、ベリシュヌを落としてしまった。

 同時に、張り詰められていた緊張の糸が緩み、脳の指令とは無関係に身体が倒れ込んでいく。


ご主人様(マスター)ぁ!〉


 決死の表情で俺に駆け寄るウンディーネに、ニヤリと口の端を吊り上げるトワ。


「油断シマシタネ!」


 酷く遅緩な速度で、トワの拳が放たれるのが見える。

 ああ、これが走馬灯か。死ぬ間際に見るという噂の。

 つまり、今の俺は絶体絶命の危機という訳だ。

 ……なんだか、実感がないな。今にも死にそうだと言うのに。

 長い間の戦いの日々で、どうやら俺の感覚は狂ってしまったらしい。

 死んでも仕方ないか、と自身を納得させる事ができるのだから。


 ……いや、俺は何馬鹿な事を言っているんだ。

 俺の目的を思い出せ。俺は、スローライフを目指すんだろうが。

 なんで悟ったような事を考えているんだ。まだまだやりたい事が、沢山あるじゃないか。

 千秋達と再開を果たしていないし、クリスティアの告白の返事もちゃんとしていない。この世界を堪能しきれておらず、何よりせっかくの自由を満喫していない。

 みっともなく足掻け、泥臭く生にしがみつけ、執着心を灯して生きる事を諦めるな!


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」


 最後の力を振り絞り、鉛が詰まったように重い足を動かし、トワの元へと一歩踏み込む。

 すると、俺が動いた事で目算が外れ、トワの打撃は俺の横を通り過ぎる。


「ナッ!?」


 まさか俺が反応するとは思っていなかったのか、目を大きく見開いたトワの懐に入り込み、彼女の呼気に合わせて拳を撃つ。

 吸い込まれるようにトワの腹部に当たり、トワはくの字に折れ曲がって吹っ飛ぶ。


〈大丈夫ですか、ご主人様(マスター)!〉

《油断するのではない!》

「悪い、俺は平気だ」


 ベリシュヌを拾ってそう返した俺は、トワの方へと追撃を仕掛けようとする。

 が、なんとトワは空中で身を翻し、背中にある羽を羽ばたかせ、ホバリングをし始めたのだ。

 思わず目を丸く俺を尻目に、目を血走らせたトワが室内を旋回。


「コロスッ!」

「くっ!」


 勘に従って身を捻れば、高速でトワが俺のすぐ側を横切った。

 直後、パンッと空気が弾ける音が響き、同時にトワは壁に激突する。

 どうやら慣れない飛行のせいで、直線距離にしか飛べないらしい。

 そして、そんなトワの大きな隙を見逃すウンディーネではなく……


〈いきます!〉

「シツコイ!」


 連続して放たれる水槍の群れに、振り返ったトワは腕を振って散らす。

 全身から赤黒いオーラを垂れ流しているその姿は、ゆっくりと妖の存在へと変貌しているように見える。

 ギラつく八重歯を覗かせた朱の鬼は、再び羽を動かして宙に浮く。


「ショウアク……ショウアク……ショウアク……」

《の、のぅ。本当に、めちゃくちゃヤバくないかのう!?》

「ちょっと、目がイッちゃってるよな……」


 口から赤い泡を吹いているトワを見て、引きながら心配するという器用な声色を乗せたツバキに、俺も深く同意して言葉を滑らせた。

 なんというか、明らかにツバキの力が悪い作用に働いているようしか見えないというか。

 いや、トワが行使した術も大概ヤバそうだったのはなんとなく察しているが。

 ともかく、これ以上やつに好き勝手させる訳にはいかない。

 そう思い、攻撃しようと下半身に力を入れた瞬間、唐突にトワがグルンと顔を動かす。


「ヤメロォッ!」


 慌てた様子で腕を伸ばすトワの視線の先にいるのは、瀟洒の笑みを浮かべて小太刀を振り上げるクリスティアの姿。


「──チェックメイト、ですわ」


 玉座の前に立つクリスティアが小太刀を床に突き立てると、瞬く間に室内中に紅い紋様が駆け抜けていく。

 それ等はピシリとヒビ割れていき、呆気なく砕け散って辺りに舞う。


「グガアアアアアアアアアアアアッ!?」


 苦悶の叫び声を上げたトワの全身から、赤黒い煙が立ち昇りはじめた。

 やはり、俺の睨んだ通りだ。

 今までトワがあの場から動かなかったのは、動こうにも動けなかったからだろう。

 恐らく、あの場所を基点としてあらかじめ陣を敷いておき、俺達が来た時に術を行使する。

 だからこそ、あんなに大量の炎獣を創造できたし、強力なビームを放てたり、そもそも火属性に有利なフィールドだったのだろうな。

 ウンディーネを呼びだすための魔術も、初めは何故か発動しづらかったのだが、クリスティアが床に氷を張り巡らせたお蔭で、なんとか〈精霊の軍団(スピリットレギオン)〉を使う事ができたのだ。

 これも、この場をトワが水属性にとって不利な場所にしていたからだろう……まあ、鬼化したトワが動いた事は予想外だったが。


「助かった、ティア!」

「もったいないお言葉です」


 玉座の前で佇んだまま、慇懃な礼を示すクリスティア。

 少し前のアイコンタクトを交わした時、俺は隙ができたらトワの脚元を調べるように、といった頼みもクリスティアにしていたのだ。

 結果、見事に全ての任務を遂行してくれた有能な仲間に、俺は無事だった安堵と彼女の頼もしさで、つい笑みを浮かべてしまう。

 しかし、まだ問題が解決した訳ではない。


「さあ、どう出る?」


 術が解けて弱体化するのか、あるいは爆発でもして自滅するのか、それとも俺の想像だにしない行動を見せるのか。

 目を細めてトワの一挙手一投足を窺っていると、身体を掻き毟っていた彼女が飛ぶ。

 弾丸の如きスピードで玉座の元へ向かい、警戒して離れたクリスティアを気にする素振りも見せず、血を撒き散らしながら口を開く。


「コロ、コロロ、コロス、コス、コロスコロスコロス──」


 陣を復活させようとでもしたのだろう。腕を伸ばして床に紋様を描こうとしたトワだったが、それを実行する事は叶わなかった。

 クリスティアの影から飛び出した者が、トワの懐に入り込んでいたからだ。

 ピンと尖った耳を見せつけ、ゆらゆらと己の尻尾を揺らしながら、無防備を晒すトワの腹部へと手を添えて。

 真紅の衣に全身が包まれている小さな拳闘士──ココが紡ぐ。


「【我流拳法奥義──透念紅掌(しんとうげき)】」


 身に纏っていた紅いオーラが、全てココの右手へと凝縮されていく。

 それ等はトワの腹部から中に入り込むも、表面上は何も起きていないかのように見える。

 しかし、それは直ぐに誤りだと気が付くだろう。

 トワが目を見開いたまま、硬直しているのだから。


「ふぅ……」

「──っ!?」


 残心を唱えたココが跳び退いた瞬間、トワの全身が大きくたわむ。

 そのまま連続して身体を波打たせながら、不規則な軌道を描いてぶっ飛ぶトワ。

 錐揉み回転をしていた彼女は、やがて壁に激突して倒れ込んでしまった。

 ピクリとも動かないその姿を見て、ツバキが唸るような声を上げる。


《うぅむ……勝った、のか?》

「だと思いたいんだけど」


 これで更に復活されたでもしたら、俺は現実逃避をしたくなってしまう。

 今までだって、ノーマルトワが第一形態だとすると、黄金の陽炎モードに空狐モードで、第二第三形態となっていた。そして、先ほどまでの鬼の姿が第四形態だと思う。

 つまり、これでトワが再び変身をしたのなら、第五形態という事になる。

 ……これは酷い。何回変身すれば気が済むのだろうか。

 いやまぁ、そこまで俺達が追い詰めたからだってのもあるだろうが。


ご主人様(マスター)。そろそろ顕現の時間制限が〉

「もう時間切れか。助かった、ウンディーネ。おかげでなんとか勝てたわ」

ご主人様(マスター)の手助けするのは、至極当然の事です。……そういえば〉

「うん?」


 ふと、ウンディーネは思い出したような表情を俺に向けた。


〈以前、シルフを召喚したと聞いたのですが。その時にご主人様(マスター)から魔力を貰えなかったと〉

「……あ」


 ウンディーネから告げられた内容に、俺は思い至って背筋に冷や汗を垂らした。

 俺がローザイト王国に滞在していた時。

 クリスティアを探す際、シルフに協力をして貰っていたのだが、お礼に魔力を沢山渡す事を忘れていたのだ。

 気まずさで目を逸らす俺を見て、ウンディーネは呆れた表情で諫言する。


ご主人様(マスター)。わたし達精霊はご主人様(マスター)の下僕ですが、わたし達にもモチベーションというものがあります。次にシルフと会った時にちゃんと謝ってくださいね?〉

「……はい、ごめんなさい」


 悪い子を叱る母親のように注意され、俺は肩身が狭い気持ちになった。

 時折俺がミスをすると、こうやってよくウンディーネが告げてくるのだ。

 俺を思って言っているのはわかるので、大人しく彼女のお叱りを受ける事しかできない。


「シュン様」

「やったのです、シュンさん!」

「二人ともお疲れ様。ティア達は大丈夫か?」

「無論です。……と、言いたかったのですが」


 こちらに駆け寄ってきたクリスティア達に声を掛けると、クリスティアは覇気のない様子で首を左右に振る。


「流石に、身体が限界です」

ご主人様(マスター)達の治療をしたいですけど、わたしも限界が訪れたようです〉


 申し訳ない表情を浮かべたウンディーネの身体が、淡く明滅し始めた。

 徐々に身体全体が透けていき、同時に足先が粒子になっていく。


「今日は本当に助かったよ、ウンディーネ。次シルフに会ったら魔力をあげると言っておいてくれ」

〈了解しました。……では、皆さん。御武運を──〉


 ウンディーネがにっこりと微笑んでから数瞬後、彼女は全て粒子となって消えてしまった。

 煌めきを残して辺りに舞う蒼光を尻目に、俺は気を取り直してトワに目を向ける。

 トワは倒れ伏したままピクリとも動いておらず、今度こそ気絶している事が伺えるだろう。


「シュンさん! お姉様を助けて欲しいのです!」

「助けるって言ってもなぁ。どうやれば元に戻るんだ?」


 鬼化したままのトワを見て、ココは泣きそうな顔で俺の袖を摘む。


「お願いなのです! お姉様は……ココはお姉様に死んで欲しくないのです!」

「いやだから、どうやって助ければいいか皆目検討もつかないんだけど」

《どちらにしても、あのままだとヤバそうな予感がするしのぅ》

「そうなんだけど……っ!」


 ツバキに同意しようとした瞬間、この部屋に近づいてくる気配を察知。

 素早く入り口に振り向き、ベリシュヌを構えて最大限の警戒を募る。

 なんだ、この気配は。こちらの身を刺すような聖なるオーラを感じる。しかも、明らかに只者ではない。全力の俺でも勝てるかわからないほどの強さ。そのような恐ろしさを、近づく気配から覚えるのだ。

 クリスティア達も感じ取ったのか、表情を強ばらせて入り口の扉を睨む。


 三者三様の対応を取っている間に、その気配は扉の前で立ち止まる。

 ゴクリと唾を呑み込み、場には重苦しい沈黙に包まれていく。


「来ない、のか?」


 訝しんで一歩踏み込んだ次の瞬間。

 扉に銀線が走ったかと思えば、瞬く間に欠片も残らない塵と化す。

 まるでそこにあったのが幻だったかのように、恐ろしく静かに扉は消え失せたのだ。


「なっ!?」

「はぇ?」


 不可思議な出来事を目撃したからか、クリスティア達は目を見開いている。


「お、お前はっ!?」


 対して、開かれた空間の先に佇む人を見た俺は、思わず唖然としてしまうのだった。

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