第五十五話 闘技場
「──大きいな」
「確かに、巨大ですね」
あれから街をブラブラとしていた俺達は、巨大な施設の前へと赴いていた。
見た目はコロシアムのような見た目をしており、どうやらここは闘技場のようだ。
今は試合でもしているのか、ここからでも歓声が聴こえてくる。
「とりあえず、入るだけ入ってみるか」
「どのような試合をしているのか楽しみです」
《試合に出場しようぞ! 主君と共に血肉沸き踊る闘いをするのじゃ!》
『あのなぁ、それは目立つから駄目だとわかっているだろ?』
《じゃが、今なら妾も変装しているから武器として使えるのじゃ》
『あれは戦闘用じゃないからな?』
確かにツバキの言う通り、あの露店で買った商品の中には、ベリシュヌの色を変える魔道具があった。
それを使ったお蔭で、現在のベリシュヌは市販の長剣と同じ色をしている。
ただ、これは戦闘用に使えるほど高価な魔道具でないから、戦闘時には直ぐに変装が解けてしまう。
ツバキもその事を知っている筈なのだが……
《大丈夫じゃ、大丈夫。ちょっとだけ、少しだけ試合に出るのじゃ!》
『この闘技場のルールも知らないのに、迂闊に試合に出られるか。しかも、特に見返りもないリスクだけを背負うなら尚更』
《嫌じゃぁあああ! 一試合だけ、ワンバトルだけでもいいから出さしておくれぇ!》
「ばっ! 揺らすなよ!」
慌ててベリシュヌを抑え、ツバキが動くのを防ぐ。
意外な横文字使用に驚いたとか思った事は色々あるが、どうやらツバキの我が儘が再発したらしい。
すると、闘技場に入る途中で足を止めた俺達に気が付いたのか、クリスティアが首を傾げてこちらに顔を向ける。
「シュン様?」
「いや、ちょっとな」
《どうしても駄目かの?》
『当たり前だろ! ツバキをここで使ったら俺達の存在が露見するかもしれないし。それに、ツバキは俺の切り札なんだからそう易々と使えないって』
《切り、札? 妾が主君の切り札?》
『ああ、そうだ。お前は俺の切り札だから』
ツバキを黙らせるためにそう返すと、途端にベリシュヌの方から紅い波動が迸る幻覚を覚えた。
クリスティアもその感覚を覚えたのか、呆れたような表情を浮かべる。
《ふ、ふへへ……妾が主君の切り札。じゃ、じゃあ仕方ないのう。そこまで妾を切り札と! どうしても切り札として取っておきたいと言うのならば、妾は涙を呑んで耐えて見せようぞ!》
『ああ、うん。ツバキが納得してくれて良かったよ』
「話は終わりましたか? 早く闘技場へと向かいましょう」
「そうだな。待たせてすまない」
頃合いを見計らってそう告げたクリスティアに、俺は頷いて闘技場の中へと入っていく。
とりあえず、ツバキを無事に丸め込……説得できたようだ。
ツバキを納得させるために咄嗟に出た言葉だったが、実際に切り札だというのは間違いない。
ツバキは切れ味はもちろん、その見た目や能力に関しても気に入っている──
「っ!」
「これは……」
「闘技場の方からだな。多分、試合が決まったんだろ」
突如として感じた、聖なる波動。
同時に闘技場から一際大きな歓声が上がり、異様な熱気がこちらまで漂ってくる。
恐らく、今のは試合に出場している選手が使った魔法だろう。
聖気を扱う魔法……つまり、龍牙と同じ『光属性』。
あるいは、それに近い原始属性を発現している選手という事だ。
「どうされますか?」
「うーん……いや、行くのは止めておこう」
「よろしいので?」
「ああ、今行くと面倒くさい展開になるような気がしてな」
「なるほど。シュン様の勘、という事ですね」
「そういう事だ」
納得するように頷いているクリスティアを尻目に、俺はそう返して人が集まっている場所へ足を進めていく。
すると、クリスティアも辺りを見回しながら、俺の横に並んで歩きはじめる。
「ふむ、どうやらあそこはこの闘技場で開催される大会のスケジュールのようですね」
「どれどれ……確かに、色々な大会の予定が書いてあるな」
大きな張り紙の上から順に見渡していけば、確かに様々な大会の予定時刻が記載されていた。
このコロシアムでは武闘大会しかやらないと思っていたが、どうやら早食い大会や魔法技術披露、料理対決なんてものも開催されるらしい。
そして、この紙には賞金や優勝賞品が記載されているのだが……
「シュン様? 難しい顔をされてどうしたのですか?」
「ん? ああ、あの料理対決の項目を見てみろ」
「どれ……ふむ、見慣れない優勝賞品ですね。なんでしょう、この『ミーソ』と『ショーユ』とは」
「いや、な。これが俺の知ってる調味料のような気がしてな」
俺が考えている通りだった場合、これ等はそれぞれ『味噌』と『醤油』という事になる。
名前が似ているだけという可能性もあるだろう。
しかし、ここまで類似している名前が偶然だとは思えない。
つまり、これは俺が求めていた調味料ではないだろうか。
「ふんふん、どうやらこれ等は調味料のようですね。なんでも様々な味付けに使える万能調味料だとか」
「やっぱりそうか。だから屋台で懐かしい味がしたんだな」
「シュン様はこれが欲しいのですか?」
こちらに目を向けて問いかけるクリスティアに、俺は大きく頷き拳を握る。
「欲しい! 俺達の故郷では必須の調味料なんだ。肉じゃがにラーメンに刺身に煮付け……幅広い用途で使われる醤油も大事だが、何より味噌汁が飲みたい!」
「は、はぁ。その味噌汁と言うのは?」
「出汁を取った水に味噌と具材を入れるお袋の味の代表料理だ。まあ、俺は料理しないから正しい作り方を知らないけど」
「ほほう。お袋の味、ですか」
目をキラリと光らせたクリスティア。
顎に手を添え、意味深に口角を上げたクリスティアは、どうやら俺の話に興味を持ったらしい。
瞳に好奇心を宿したクリスティアに、俺は拳を振り上げる。
「そう、お袋の味だ! 各家庭事に千差万別な味付けがされる味噌汁。具材も様々なものが使われる。俺が特に好きなのは豆腐とワカメの定番味噌汁だな」
「様々な味付け……豆腐とワカメ……」
「だかしかし! そんな素晴らしい味噌汁を作る味噌を手に入れるためには、大会で優勝しなければいけない。目立つ事を嫌う俺はこの大会に出る事ができないのだ……くそっ!」
あまりのやるせなさに、思わず悪態をつく。
何度も並列思考で考えたリスクとリターン。大会に出場するメリットとデメリット。
味噌は欲しい。醤油も欲しい。
しかし大会に出場してしまうと、俺が目立ってしまう。
たかが大会の一つと言う事なかれ。どこから俺達の情報が漏れるかわからないのだ。
「それで、大会には出るのですか?」
「……いや、誠に遺憾だが諦める。俺が大会に出て優勝できるとも限らないしな。なあに、ここに味噌と醤油があるとわかっただけでも朗報だ。きっとどこかの店にでも売ってるだろ」
「それが、どうやらこれ等が表に出るのは今回の大会が初めてのようですよ」
「なん、だと?」
張り紙に目を向けながら告げたクリスティアの言葉に、俺は頭を殴られたような気持ちになった。
味噌と醤油が世に出回るのが初めて?
よほどショックを受けた顔を俺がしていたのか、クリスティアは懐からハンカチを取り出して目元を拭う。
「ああ、シュン様。最後まで取っておいた好物を目の前で食べられた子供のような表情をして、おいたわしや。私は悲しゅうございます」
「いや、お前泣いてる振りしてるだけだろ……って、今のは本当か!?」
「ええ、そう張り紙に書かれておりましたので」
「じゃ、じゃあ俺が屋台で感じた懐かしい味は?」
「恐らく、シュン様の勘違いかと」
そう告げると、クリスティアはハンカチを仕舞い、気の毒そうに目を伏せた。
つまり、現時点でこの大会以外で味噌と醤油を手に入れる事はできない?
「目の前でお預けとかないわ……」
「シュ、シュン様! 私がシュン様のお袋になりますから、どうかそれで我慢してくださいませ!」
《ほほお。張り紙によると、先ほどの聖気は『虚無剣聖』という奴の者なのか。妾も大会に出てみたかったのう》
「帰ろう、ティア」
「直ぐに私がシュン様にお袋と呼ばせてみせますから!」
何かを呟いたツバキを尻目に、俺はクリスティアに慰められながら、重い足取りで帰路につくのだった。




