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第五十一話 アッサム防衛戦

 土煙を巻き上げて近づいてくる魔物の群れ。

 それ等を迎え撃つために冒険者達は連携を組むと、外壁から放たれた矢に戸惑う様子を見せる魔物の元へ駆け寄っていく。


 そんな冒険者達の様子を尻目に、俺達はバリケードの陰から遠距離攻撃をしていた。

 クリスティアはナイフに糸を括りつけており、投げたそれ等を手早く回収している。

 それに対して、俺は群れから離れがちな魔物へと『風の刃』を撃ち放つ。


《むむぅ……主君の策では、妾が活躍できんのう》

「すまんな、ツバキ。乱戦状態にならなきゃ俺達の姿を見られる可能性があるからな」

「ふっ! ……ふむ、見た目通りそれほど強くないようですね」


 正確な軌道でオークの目にナイフを投げた後、クリスティアは手元に引き寄せたそれ等の血を拭いながら呟きを漏らす。


「だろうな。そもそも、このアッサム付近には強い魔物がいない。だから正直、今回の緊急依頼は特に難しくないと思うぞ」

「『精霊よ、氷と成りて彼の者を穿て! ──氷の針(アイスニードル)』……なるほど、つまりこの魔物達は烏合の衆という訳ですか」


 右手を翳し、魔物の方へと魔法を放っているクリスティアが、納得したように頷いた。

 それより、俺と会話しつつ片手間に魔物を討伐するその手腕……素直に感心してしまう。

 まあ、この程度の魔物達なら余裕があるか。

 そんな風に考えている間に、魔物の様子が変化していく。


《むっ。主君、魔物の統率力が増しているのじゃ》

「わかってる……あいつだな」

「確か、『豚の将軍(オークジェネラル)』という名前でしたよね?」


 いつの間にか魔物達のど真ん中に出現していた大柄な豚の魔物。

 クリスティアの言う通り、混乱状態にあった魔物達を纏めているのは、あのオークジェネラルだ。


「ブオオオオ!」

「オ、オークジェネラルだとっ!?」

「魔物の動きが……くっ!」


 オークジェネラルが何事か叫ぶと魔物達は落ち着いた様子を見せ、先ほどより明らかに動きが良くなっている。

 また、オークジェネラルが現れた事に驚いたのか、冒険者達の統率が乱れはじめた。


「さて、どうするか」

《妾を使わんのか?》

「それは今じゃない。……いや、そろそろいけるか?」

「外壁にいる後衛達もオークジェネラルの方へと注意が向いています」


 外壁を見ながら告げたクリスティアに、俺はここが出どころだと思い素早く辺りを見渡す。

 確かに、オークジェネラルのお蔭……お蔭? まあ、ともかく冒険者達の意識はそちらに集中していて、方々で乱戦が起こっている。

 他にも各々が自分の事で精一杯のようで、誰もこちらの方に注意を払っていない。


「よし、今のうちだな。ティア、俺達は群れから離れた所にいる魔物を狩るぞ」

「承知しました」

《くふふ、遂に妾の出番じゃな!》


 嬉しそうな笑い声を零すツバキに呆れつつ、俺はクリスティアを連れてバリケードから飛びだす。

 そして、その勢いで魔物の元に近づいていき、ベリシュヌを振るう。


「ぎゃんっ!?」

「返り血はわざと浴びろ、ティア!」

「はい!」


 普段は避ける返り血へと自ら突っ込み、鎧を血で濡らす。

 背後をチラリと見てみれば、クリスティアも服に返り血を着けていた。

 血が着いてなきゃ、俺達が本当に仕事をしたかわからないからな。

 それに、ランクEなら返り血を避けるほどの技量がないだろう、という理由もある。


 ともかく、俺の指示に従ってくれた事に内心で安堵しながら、魔物をすれ違いざまに斬る、斬る、斬る。

 クリスティアも大振りなナイフを逆手に構え、ヒットアンドアウェイで魔物を狩っていく。


《いい! いいぞ! これじゃ、これを求めていたのじゃあ!》

『いきなりどうした?』

《辺りに舞う血の匂いに死臭。そこらかしこで聞こえてくる怒声に怨恨。周囲に散らばる肉塊に絶望の表情。……ああ、素晴らしい。ここは今、間違いなく戦場じゃ!》


 俺の脳内に響くのは、恍惚としたツバキの声。

 同時に、ベリシュヌが波打つように脈動する。

 そういえば、ベリシュヌって魔剣だったな。あまりにもツバキが馬……らしくないから忘れていたよ。


 ともかく、ツバキが声を上げる……いや、福音を告げる度に次々と魔物が事切れていく。

 ベリシュヌに血を吸われ、何が起きたのか理解しないまま死んでいくのだ。

 今のツバキの姿は、魔物達にとってまさしく魔剣と呼ぶに相応しい。


『さて、ある程度魔物を討伐したしここまでだな』

《なぁっ!? それは流石に酷いのじゃ! これからだという時なん──》

「ティア!」

「……なるほど、了承しました」


 脳内でやかましく喚くツバキを努めて無視して、軽やかな動きで魔物を足場にしているクリスティアへと叫ぶ。

 俺の声を聞いたクリスティアは、靴に仕込んでいたナイフで魔物の顔を抉りながら、こちらを見つめてくる。

 やがて一つ頷くと、魔物達をすれ違いざまに仕留めつつ、クリスティアはこちらの方まで駆け寄ってきた。


「戻るぞ。後はバリケードの陰から援護射撃だ」

「御意……ふっ!」


 そのままバリケードに向かう途中で、クリスティアは一度振り返り、オークジェネラル目掛けてナイフを投擲した。


「ブオッ!?」


 風切り音を響かせながら飛ぶナイフがオークジェネラルの左腕に刺さり、その瞬間に俺達はバリケードの陰に隠れる。


「ブオ、ブオオオオッ!」

「ナイフが刺さった事に怒ってるな」

「申し訳ありません。左目を狙ったつもりでしたが、外してしまいました」

「まあいいさ。……うん、俺達の姿は見られていないな」


 外壁や前線に視線を巡らせてみたが、俺達の存在に気が付いた冒険者はいないようだ。

 いや、オークジェネラルだけはナイフが飛んだ方向に意識を向けているが、俺達の存在を感知した様子は窺えない。


「オークジェネラルが動きを止めたぞ!」

「今のうちに敵を攻め落とすんだ!」

「うおおおおおおおおっ!」


 ただ、そのせいか魔物の統率が散漫になっており、冒険者達が勢いづいて攻勢を仕掛けている。

 ともかく、後は冒険者達を陰で援護すれば問題ない。


《くっ、妾の出番はもう終わりかの?》

「仕方ないだろ。ツバキの見た目が目立つんだから」

《ぐぬぅ。今は妾の美しい刀身が憎たらしいのじゃ》

「美しい……ふっ」

《おいお主! 今、妾を馬鹿にしたじゃろ!?》


 ツバキが声を荒らげると、クリスティアはふいっと目を逸らす。


「なんの事でしょう?」

《誤魔化そうとしてもわかっておるからの? 胸に手を当てて自分の発言を振り返ってみるのじゃ!》

「ふむ、胸に手をですか。……シュン様への愛が詰まっていました」

「なんでそうなるんだよ」


 胸に左手を置いたクリスティアは、頬を赤らめて俺を見つめた。

 とりあえず、クリスティア達はもう少しこの状況を理解してほしい。

 いや、空いている右手で冒険者を援護しているから、クリスティアがふざけていないのはわかる。

 ……俺の方に顔を向けながら、適当に拾った石を魔物の方へと投げているクリスティア。

 うん、器用すぎるだろ。魔物もどこからかともなく飛んでくる石に右往左往しているし。


「ブオオオオオオオオッ!」


 そんな事を考えている間に、どうやらまた状況が変化したらしい。

 苛立つようにオークジェネラルが雄叫びを上げた直後、更に魔物達の動きが良くなっていく。


「シュン様」

「ああ、まずいな。疲労からか冒険者達の動きが悪くなってる」

《このままだと全滅するのう》


 ツバキの言う通りだ。初めは三十人ほどいた冒険者の数が、今では半分ほどになっている。

 ここにいるリーダーらしき冒険者の指示により、なんとか抵抗しているという所か。

 しかし、それも時間の問題だろう。

 さて、俺達はどうしたものか……


「来なさいこの醜い豚! 悔しかったらあたしの所まで来てみなさい!」

「……あいつ馬鹿だろ」

「例の脳筋さんですか」


 オークジェネラルへと挑発しているのは、長剣を掲げたエイミー。

 一生懸命ジャンプして自分の存在を見せつけている。

 そして、その挑発の意味を理解したのか、オークジェネラルは顔を歪ませてエイミーの元へ駆けだす。


「そうよ! あたしと正々堂々勝負しなさい!」


 やがて、エイミーの所まで着いたオークジェネラルが、手に持つ大剣を振り上げた。


「かかったわね!」


 瞬間、エイミーは不敵な笑みを浮かべて身を滑り込ませる。

 そして、大剣をギリギリで避けたエイミーは、オークジェネラルの股下を通りつつ股間を蹴り上げる。


「うわっ。痛そう」

「この木偶の坊! あんたなんかあたしの敵じゃないわ!」


 そう宣言しているが、エイミーは理解していない。

 俺とクリスティアがエイミーに近づこうとしている魔物を牽制しているから、オークジェネラルと一騎打ちできている事を。

 それにしても、前に見た時よりエイミーの動きが格段に良くなっているな。

 この短時間でここまで成長するか……ふむ、エイミーは師匠を探しているんだったか。

 時間があれば、エイミーを鍛えてその才能を伸ばしてみたい。

 将来が有望な子供は使えるからな。


「ブオオオオッ!」


 ともかく、まんまとエイミーに出し抜かれたオークジェネラルは、全身から殺気を放つ。

 その殺意に当てられてエイミーは僅かにたじろぐ様子を見せるが、その数瞬後には獰猛な笑みを浮かべ、牙を剥く。


「あははははっ! やっぱりそうこなくっちゃっ! さあ来なさい、このあたしがあんたをぶち殺してあげるわ!」


 そう叫ぶと、エイミーはオークジェネラルへと勢いよく斬りかかる。

 だが、不快な金属音を響かせ、エイミーの攻撃は弾かれてしまう。


 瞬間、狙い澄ましたかのように、オークジェネラルの袈裟斬りが放たれる。


「ぐっ、きゃぁああああ!?」


 野生の勘でも働いたのか、エイミーは直前で間に長剣を入れていたが、大きく吹っ飛びこちらまで転がってきた。


「はぁ……お前、馬鹿だろ」

「な、なんですっ──ごほっ」


 あまりにも無謀すぎて見ていられない。

 思わず漏らした呟きを聞いて、エイミーは俺を睨みつけようとしたが、途中で地面に血を吐く。


「お前の強さではオークジェネラルに勝てない」

「そ、そんな事やってみなきゃわからないじゃない!」

「その結果がこのザマだろ?」

「うぐっ……」


『水の治癒』をしながらそう告げれば、エイミーは気まずそうに目を逸らした。

 暫くそのまま治療を続けていると、不意にエイミーは口を開く。


「だって、あいつに勝たなきゃ師匠に会えない気がして……」

「そんなに師匠に会いたいのか?」

「当たり前よ! 師匠ならあたしをもっと強くしてくれるわ!」


 俺の問いかけに、エイミーは瞳に灼熱の炎を宿して頷いた。

 何故エイミーがそこまで強さに拘るのか知らないが……困ったな。

 まさか、ここまでエイミーに影響を与えていたとは。

 今のエイミーはどこか危うい。師匠に会うという目的に拘りすぎて、他の事が見えていない。

 ……こうしてしまったのは、俺の責任か。その責任をどうするか。


「シュン様」

「ん、ティアもご苦労様」

「恐縮です」


 そんな事を考えていると、クリスティアが戻ってきた。

 俺の労いにもクリスティアは澄ました顔で頭を下げ、そのまま背後に控える。

 そんな俺達のやり取りを見て、エイミーは驚いたように目を見開く。


「えっと、あんたどこにいたの?」

「ティアには時間稼ぎを頼んでいたんだ」

「時間稼ぎ?」

「そ。オークジェネラルのな」


 その言葉に、エイミーは慌てた様子でオークジェネラルの方へと顔を向けた。

 俺もクリスティアの成果を見るために顔を向ければ、身体のあちこちが氷結しているオークジェネラルが目に入る。


「ブ、ブオォ……」


 致命傷にはほど遠いが、問題ないだろう。

 俺が指示したのは、オークジェネラルの足止めだからな。


「す、凄い。あたしじゃ傷すらつけられなかったのに」

「……仕方ない、か」

「シュン様?」

「いや、なんでもない。おい、エイミー」

「何よ?」

「お前言ってたよな、師匠に会いたいって」

「そうよ。それが何?」


 胡乱げな眼差しを送ってくるエイミー。

 その問いに答えず、俺は鞘からベリシュヌを抜く。

 その鮮やかな紅色に見覚えがあるのか、エイミーは徐々に目を見開いていく。


「ま、まさか……!」

『行くぞツバキ!』

《了解じゃ!》


 体勢を低くしつつ、魔物の間を駆け抜けていく。

 周囲を素早く目配し、冒険者達の死角に入るように走る。


「ブオ、ブオオオオッ!」


 高速で近づいてくる俺に気が付いたのか、オークジェネラルがこちらへと目を向けるが……もう遅い!

 大剣を振り上げようとするよりも早く、ベリシュヌを振り抜く。


「ブオッ!?」


 足首を斬り裂かれ、膝をつくオークジェネラル。

 すかさず踏み込み、ベリシュヌに魔力を込めて首筋に一閃。


「咲かせろ、ツバキ」




 ──【妖艶の紅椿(ペルプランドゥス)




 輝きを増したベリシュヌから放たれた剣閃は、鮮やかな紅色の華を咲かせる。

 そして、俺はオークジェネラルの最期を見届けず、クリスティア達の元へ駆け寄っていく。

 その数瞬後、背後から地響きが聴こえてきた。


「ふぅ。ただいま」

「おかえりなさいませ」

「オ、オークジェネラルが……」


 呆然とした様子で呟きを漏らすエイミーに、俺は笑みを返す。


「色々と聞きたい事はあるだろうが、それはこの防衛戦が終わってからな」


 と言っても、もう直ぐでその防衛戦も終わるだろう。

 大将を失ったからか、魔物達が及び腰になっているし。


「オークジェネラルが死んだ……?」

「それより今のうちに!」

「魔物どもを狩り尽くせ!」


 初めは呆然としていた冒険者達は、やがて我に返ったのか魔物達に突撃していく。

 それにしても、勢いとはいえやってしまったな。

 エイミーに俺の事を教えるつもりはなかったが、このままだとどこかで野垂れ死になりそうで、それだと俺の目覚めが悪い。

 そう思い、エイミーには俺達の事を軽く教える事にした。

 ……まあ、誰かにバラすつもりならやりたくないが始末する方向も考えなきゃな。


 内心で考えを巡らせつつ、俺はうっとりとこちらを見つめているクリスティアの意識を覚醒させるのだった。

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