第十三話 虹色の輝き
──虹色。
七色で表される色であり、一般的に赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の七つの配色をしている。
何故虹は七色なのかは色々あるのだが、関係ない話なので置いておく。
とにかく、その雨上がりに見える綺麗な色の虹が、千秋が手に当てている水晶を彩っているのだ。
何故アデラールが驚いているのか俺達が疑問に感じていると、隣にいたネリアから感嘆の声が漏れるのが耳に入った。
もしかしたらネリアなら何か知っているかもしれないと思い、驚愕した表情を浮かべて目を見開いている彼女に俺は声を掛ける。
「あの虹色がどういう意味か知ってるのか、ネリア?」
「あ、はいお兄様。実はですね──」
ネリアの話を簡単に纏めるとこうだ。
当時、この魔道具を発明した開発者が遺した手記にある事が記されていたらしい。
この魔道具の適性を調べる時に、全ての属性を兼ね揃える人が使うと水晶が虹色に輝く仕組みを取り入れた、と。
結局、今までそんな人は表れなかったのであくまでも眉唾物として伝えられていたようだが。
「──つまり、千秋は全属性に適性があるっていう事か?」
「恐らくそうなると思います。しかし、まさか虹色の水晶をこの目で見る事になろうとは……」
俺の出した結論に頷き肯定を示したネリアは、感動したように千秋へ感嘆の眼差しを送っている。
どうやら、伝説でしかお目にかかれない全属性適性を見る事ができて感動しているようで、ネリアは千秋に目を向けたまま何故そこまで感動していたのか説明してくれた。
全属性適性を持つ人は、この王国歴史を遡っても片手に数えるほどしか文献が残されていないらしく、その文献も本当だったのか確証が持てない怪しいものなので、実際には存在しないといわれていたのだ。
しかし、その文献に残っている全属性適性はゲームでいう賢者のような職種で、子供達に読み聞かせるお伽話にも頻繁に出てくるのでこの世界では一度は夢見る職業のようだ。
つまり、一度は憧れた全属性適性という伝説の賢者が目の前にいる事が酷くネリアを感動させたという訳だ。
──それにしても、千秋が賢者か……なんか嫌だな。
賢者姿の賢そうな千秋を想像するも、どうしても違和感が付きまとい上手く想像できない。
千秋って賢者ってよりは遊び人とかそっち方面じゃないかな……。
千秋が賢者になった場合を内心想像している間に、我に返ったアデラールが目を輝かせて水晶を興味深く眺めながら口を開く。
「まさか……伝説の虹の輝きをこの目で見る事が叶うとはのう。長生きはするもんじゃ、ほっほっほ」
「あの……それで私はどの属性なんでしょうか?」
その問い掛けにアデラールは説明していなかった事を思い出したのか、改めて千秋へ全属性適性の事を教えていく。
アデラールの言葉を聞いている内に千秋の瞳が段々と輝いていき、説明が終わると嬉しそうな笑みを浮かべて手を振り上げた。
「それってつまり、私は色々な魔法が使えるって事ですよね! なんか得した気分!」
「千秋さん……」
「うきゃぁっ!」
「ラッキーラッキー」等と千秋が機嫌よく呟いていた時、唐突に千秋の背後から哀しそうな声が聞こえてくる。
悲鳴を上げて飛び退った千秋が慌てて振り向くと、そこには悲壮感漂う表情を浮かべた冬海が見つめていたのだ。
「ど、どうしたの冬海ちゃん?」
おずおずと尋ねる千秋を見た後、冬海はそのまま俯きながらポツリと言葉を漏らす。
「全属性も使えるなんて千秋さんが羨ましいです……」
その言葉に何て返せば良いのか考えているようで、千秋は暫しの間目をさまよわせてしまう。
しかし、その気まずそうな姿に気が付いた冬海は、開き直ったのか不敵な笑みを浮かべて千秋へ勢いよく指を突きつけた。
悲しんだり笑ったりコロコロ変わる冬海の表情の変化に目を白黒している千秋に、そのまま冬海は自信に満ち溢れた顔をする。
「確かに適性は千秋さんが勝ちましたが、魔法の凄さは私の方が上ですから! 千秋さんには負けません!」
「う、うん? 頑張って?」
訳のわからない冬海の宣告に千秋は首を傾げながら応援をするが、それが気に食わないのか冬海は悔しそうに「っく! これが持つ者の余裕というやつですか……!」等と呟いており、相変わらずはっちゃけているその姿にはため息しか出てこない。
冬海の一方的なライバル宣言のやり取りを暫く眺めていると、俺の視界の端にどんよりとした雰囲気を醸し出している龍牙の姿が映った。
一体どうしたのかと思った俺とネリアは顔を見合わせ、訝しみつつ龍牙の元へ近づいていく。
「どうした龍牙? そんなに落ち込んで」
「どこか身体の調子でも悪いのですか?」
心配しながら掛けた俺達の声に振り向いた龍牙は、黙って見つめてきたかと思えば自嘲の笑みを浮かべた。
「やあ、春斗達か。いや、僕って無力だと思っていてね……皆は沢山属性があるのに僕は炎属性だけだからさ……あはは」
目を虚ろにしながら乾いた笑いを零す龍牙の痛ましい姿に、俺は何て声を掛ければ良いのか戸惑ってしまう。
安直に元気を出せと励ましても、俺の方が属性適性が多かったから嫌味にしかならないし、かといって炎属性について褒めようにも何ができるのかまだ知らないから迂闊に褒められない。
どのような返答をすれば良いか迷っている俺を尻目に、ネリアが龍牙の手を握って力強く首を横に振る。
「悲観的にならないでください! 本来なら一つしか属性を持っていないのが普通なのですから、むしろ変異属性である事に誇りを持つべきです!」
「い、いや……皆は沢山属性があるし」
ネリアの勢いにたじたじになりながらも龍牙は反論するが、ネリアはそれがどうしたといわんばかりに勢いよくまくし立てていく。
「そのような事等関係ありません! 全属性適性を持つという千秋が可笑しいだけなのです! 私も水属性しか水晶に適性が表れませんでしたし、龍牙はもっと自信を持ってください!」
「そう、なんだ…………うん、わかったよ。ネリアさんのお陰で心が軽くなったよ、ありがとう」
「はいっ!」
ネリアの自分と同じ一つしか属性が表れなかった事に親近感を持ったのか、龍牙は暫し考え込むと一つ頷いて朗らかに笑みを浮かべる。
それにネリアは笑いを返すと、龍牙は晴れやかな顔を作って千秋達の方へ向かっていった。
龍牙の背中を見つめながらネリアはホッと安堵の息を漏らし、その横顔を見ながら俺はにやけた表情を隠さないままある事を尋ねてみた。
「ネリアはさ──本当は原始属性も持ってるだろ?」
俺の言葉にネリアの顔が人形のように固まり、冷や汗を流しながらゆっくりと俺の方へ顔を向けてくる。
俺の表情から確信されていると悟ったのか、ネリアは諦めたようにため息をつくと頷き俺の指摘を肯定した。
「はい……確かに私は原始属性を持っています。それにしても、よくわかりましたね?」
「んー、まあな。異世界から人を召喚するなんて凄い魔法は原始属性しかないと思ってさ」
何故わかったのか首を傾げながら尋ねてくるネリアに推測を教えると、ネリアは感心したように頷き俺の考えに補足を入れてきた。
「そうですね、私は『太陽属性』の魔法を使ってお兄様達を異世界へ召喚しました」
「ん? 召喚属性じゃないのか?」
太陽属性という召喚とは全く関係なさそうな名前が出た事に首を傾げていると、ネリアは俺の疑問に手を合わせて微笑みかける。
「太陽属性は太陽の魔力を使って現象を起こす事ができる属性なのです。太陽の魔力はとても膨大で、それを国の秘術と組み合わせる事で異世界からお兄様達を召喚する事ができたという訳です」
「なるほど……凄いな太陽」
まさか、そこまで凄い属性だとは思わなかった。
いや、よく考えれば太陽なんて母の代名詞になるほど馴染み深いものなら、意外と異世界召喚できても可笑しくないのか?
それに、太陽属性と聞くとプロミネンスやコロナ等明らかに強そうな攻撃ができそうで使い勝手はともかく強力な属性に思える。……龍牙の炎属性がとことん不憫だな。
龍牙に同情しつつネリアにその事について尋ねてみると、俺の考えた通り条件があるが擬似太陽を作る事が可能のようだ。
ネリアも罪悪感があるのか、太陽属性の説明をする時は若干目を逸らしていた。
一通り太陽属性について教えてもらった所で、目をあらぬ方向へ向けているネリアに俺はからかいの笑みを作る。
「それにしても、ネリアは水属性しかないって嘘をついたのか。ネリアは悪い子だな」
その言葉に暫くキョトンした後、ネリアは俺が何をいっているのか理解したようで手を合わせると黒い笑みを浮かべた。
流石王族というべきか黒い笑顔が中々様になっており、その笑みで数々の男達を撃沈したのだろうと容易に想像がつき、そんな彼等に同情してしまう。
人知れず内心で彼等に黙祷している間に、ネリアは黒い笑みを悪戯っぽい表情に変えていた。
「私は嘘をついていませんよ、お兄様。私は水晶に水属性しか適性が表れなかったと言ったのですよ。原始属性は自分で調べるので間違っていません」
「な、なんだと……」
そう告げると茶目っ気たっぷりにウインクを一つするネリア。
先ほどネリアが言ったのは水晶に適性が水属性しか出なかったという事。確かに原始属性がないとは一言もいっていない。
龍牙に自分の情報を漏らさずに相手の心情を思いやり、掌で転がす手腕はなるほど王族なのも納得だ。
まあ、原始属性はレアなので教えなかったのもわかるのだが。
今回は俺が確信していたから教えてくれたのだろう。
その強かに内心で思わず戦慄している俺を見つめ、何故かネリアは頬を赤らめて指を絡ませながらもじもじし始めた。
「で、でも! お兄様にはできるだけ隠し事をしないようにします! わ、私は……お兄様の妹ですから!」
いきなり変わったネリアの雰囲気に首を傾げている俺に、ネリアは潤んだ瞳で見つめてよくわからない理論を伝えてくる。
そう告げた後に「ついに言っちゃいました!」等と呟き、頬に手を当てて恥ずかしがる様子を見せるネリア。
いや、兄呼びは許可したけど別に隠し事を教えるように強制していないんだけど。
どうやら、ネリアの中では思ったより俺の存在は大きいようで、隠し事をして俺に嫌われたくないのだろう。
まあ、ネリアの照れている姿は可愛いから眼福だったのだが。
暫く俺がネリアと戯れている間に、どうやら千秋達の方も一段落ついたようなので、いまだに羞恥しているネリアの手を取って皆の元へ向かうのだった。