第十一話 義妹系王女様
「──では、まずは魔法についてから説明するかのう」
アデラールに俺達は机に連れられ、各々が席に着くと早速講義が始まった。
ネリアも俺達と同じく着席しており、どうやらこのまま講義を聞くようだ。
千秋や冬海に席に着くように勧められたが、クリスティアは「私は従者ですので……」等と呟き頑なに首を縦に振らなかったので、諦めて壁際で待機している状態だ。
俺がクリスティア達の経緯を思い返している内に、千秋達も考えが纏まったようで代表して……いや、進んで冬海が手を挙げて口を開く。
「はい! よろしくお願いします!」
「うむ。この世界には『魔力』という物質があっての、簡潔にいうとその魔力へ働きかけて使う力が『魔法』という訳じゃ」
「魔力……魔法……!」
アデラールの口から出た言葉にいよいよ現実味が帯びてきたのか、冬海は先ほどの興奮冷めやぬまま机から身を乗りだそうとしている。
隣に座っていた千秋が慌てて止めたから良いものの、下手したら怪我で魔法を学ぶ前に回復魔法を使ってもらう事になりそうだ。
ちなみに、冬海の態度についてはもう全員諦めたようで半ば黙認していた。
千秋に止められても未だに興奮している冬海の目を覚まさせるために、俺は冬海の耳元へ近づき声を掛ける。
「冬海……あんまり騒いでいると魔法教えてもらえなくなるぞ?」
「っ!」
俺の言葉は劇的に効果を表し、冬海は表情を真っ青に変えるとピタリと口を噤んだ。
両手は行儀良く膝の上に揃えて、口は一文字に結んで身体全体がプルプルと震えている。
冬海の変貌振りに全員唖然としていて、俺へ視線を向けて問い掛けてきた。
すなわち、お前何をした! と。
そんな彼等に俺は笑顔を浮かべて牽制して、アデラールへ目を向けて話の続きの催促をする。
「ささ、冬海も話を聴く体制になったので続きをお願いします」
「う、うむ。……魔法の事は簡単にわかってもらえたと思うのじゃ。次に、魔法の属性について話そうと思うぞい」
「ぞ、属性──」
「冬海?」
「──は、はい」
新たに出てきた言葉に冬海が反応しかけたが、俺が名前を呼ぶと我に返り沈黙した。
先ほどとは明らかに違う冬海の姿に千秋達も戸惑っているようで、困惑した目を俺に向けてくる。
いや、まあ本当に大した事はしていないのだが、予想以上に効果が劇的で俺も驚いているんだよな。
もっと早くにこの事に気が付いていれば、あんなにうざい冬海に時間を取られなくて済んだのに……はあ。
やがて、どうしても気になったのか千秋が意を決して俺に声を掛けた。
「ね、ねえ春斗? 冬海ちゃんはどうしてあんなに大人しくなったの?」
「そうだなあ……」
千秋の言葉に考え込む素振りを見せて、内心では正直に告げるか悩んでいた。
うーん、どうするかな。本当の事を言っても良いのだが、それだとなんとなく面白くないし。……よし、言葉を濁そう。
あえて明言を避ける事で千秋達の想像駆り立ててあげようという俺の粋な計らいだ。
悩んでいる俺の姿に全員の視線が自然と集まっていくのがわかり、そろそろ良いかなと目線を上げて千秋へ目を向ける。
ビクリと大袈裟に肩を震わせた千秋に内心苦笑いしながら、イイ笑顔を作って口を開いた。
「さあ……何を言ったんだろうね?」
最後に意味深な笑いを残して告げると、部屋の時が凍ったのを肌で感じた。
龍牙は俺の笑いにドン引きした表情を浮かべていて、ネリアは何故か頬を赤く染めて俺の事を見つめている。
クリスティアはいつも通りの無表情かと思ったのだが、良く観察すると口許が僅かに痙攣している事がわかり、初めて見た大きな変化に驚く。
間近で俺の笑みを見た千秋はどこかポケーとしており、唐突に弄ってオーラを出しはじめた。いや、弄るのは気が向いたらだから。
そう視線に乗せて千秋を見ると、千秋はハッと意識を取り戻したかと思えば、乾いた笑いを漏らして視線を逸らした。
──うーん、遂に千秋は弄られ体質が本能にまで染み付いてしまったか……。
俺の優しげな眼差しに気が付いたのか、千秋は慌てたように手を振るとアデラールへ目を向ける。
「ふ、冬海ちゃんの事はわかったから講義の続きを聞こうよ、ね?」
「ん、そうだな」
千秋の言葉に頷きアデラールの方へ目を向けると、皆も脇道に逸れたと気が付いたのか冬海の事は置いといて講義の続きを聴く体制を取るのだった。
「──大まかにはこんなものかの」
あの後は特に話が脱線する事もなく、無事にアデラールから講義を受けられた俺達は、魔法について学ぶ事ができた。
アデラールの終了の言葉を合図に座りっぱなしで固まった身体をほぐしていると、そういえば結局全く反応しなかった冬海の事が気になり目を向ける。
そこには、どこか危ない薬を摂取したような表情を浮かべている冬海の姿がおり、その気持ち悪い笑みに思わず引いていると、ぶつぶつ何かを呟いている声が聞こえてきて俺の耳に入ってきてしまう。
「……魔法……属性……呪文……ふふふ……ファンタジー最高……はう!」
虚ろな瞳で呟く姿に俺だけではなくこの部屋にいる全員が引いているので、隣に座っている俺が冬海の頭を叩いて覚醒させる。
その刺激に冬海は意識を取り戻したのか涙目になって頭を抑え、俺の行動に千秋達は賞賛の眼差しを送りながら拍手をしてきた。
突如響き渡った手を叩く音に目を白黒している冬海に、俺は呆れた目を向ける。
「はあ……お前、また意識飛んでたぞ」
「はにゃ? ……は、はわわ! すみましぇん!」
俺の言葉に自分がまた何かをやらかしたのか気が付いたようで、冬海は顔を真っ赤にすると慌てて舌を噛みながら謝ってくる。
もう散々残念な姿を見せてるのだから、今更だと思うんだけどな……。
今までの冬海の醜態を思い返して既に手遅れ感が漂う状態に、冬海から目を逸らして俺は諦めたようにため息を漏らしてしまった。
そんな俺の思いに千秋は俺の手を握って励ましてくれ、その優しさに思わず感激して涙を流しそうになる。もう俺には冬海の更生なんて無理だよ……。
俺の縋る視線に千秋は慈愛の微笑みを浮かべると、ゆっくりと俺の背中を撫でて慰めてくれた。
俺達の茶番が麗しい友情愛に見えたのか、やたらネリアが羨ましそうな視線で射抜いてくるので、気になってしまいそっとネリアと目線を合わせる。
俺と目が合ったネリアは満面の笑みを浮かべると、大きく手を広げて視線で「さぁ! 春斗も私と友情を育みましょう!」等と語りかけてきていた。
ネリアのどこかズレている友情と涙ぐましい努力に、笑い半分微笑ましさ半分の気持ちで手招きしてあげると、ネリアは瞳を輝かせて俺達の元へ飛んできた。
そう。文字通り空中を飛んできたのだ。
ネリアが空中を飛ぶ姿に先ほどまで静観していた龍牙が目を剥くと何度も目を擦って幻覚か確かめているが、これが現実だと理解すると遠い目をし始めた。恐らく、現実逃避をしているのだろう。
冬海に至ってはわかりやすく、ネリアの飛ぶ姿に触発されたのかおもむろに席を立ち上がると、謎のポーズを取りながら自分も飛ぼうと挑戦している。
いや、まあその姿自体は微笑ましいのだが、冬海がやると一気に残念な気持ちになるのは何故だろう……。
そんなある意味この部屋に混沌を叩き込んだ原因のネリアは、そんな様子に気が付く様子もなく、笑みを深めると俺達へ勢い良く抱き着いてきた。
慌てて俺が抱き留めてやると、そのま俺の胸に頬を擦り寄せてキラキラと上目遣いでこちらを見てくる。
「は、春斗、私も慰めてあげます! そうしてもっと友情を深めましょう!」
「そ、そうだな……」
「ね、ネリアちゃん……!」
「っほ! 私を飛ばしたまえ! あれ?」
ネリアの無垢を宿した瞳に健気な事を告げられ、俺達は揃って悶えてしまう。
──こ、ここまで友情に純粋だったとは……!
ネリアの言葉に微笑ましく思い、無意識にネリアを抱き締める手を強めるとネリアは驚いたように目を見開いた後、どこか安心したように微笑むと瞼を閉じてそっと俺の胸に顔を寄せてきた。
ネリアの表情の変化に疑問を覚えつつ、先ほどから手をワキワキさせて危ない顔でにじり寄ってくる千秋を睨んで牽制する。
「千秋、危ない顔になっているぞ」
「っは! いけない、つい涎が」
「そいやっ! うーん、イメージが足りないのでしょうか?」
ネリアの純粋な心に千秋の欲望を近づけると汚れてしまうので、千秋からネリアの身を守りながら忠告すると、千秋は我を取り戻したようで口許を手で拭っている。
千秋の様子に満足しつつ改めてネリアへ目を向けると、やはり先ほどから俺の心の中で強い想いが溢れだしていく。
そう、この想いは──
──ネリアは本当に可愛いなあ。昔の千秋を見ている気分になるよ。
──子供を見守る気持ちだ。
昔から千秋の面倒を見ていたからか、こういうか弱い姿を見せられるとついつい面倒を掛けたくなってしまうのだ。
昔から俺は子供が好きで、暇な時等は近くの孤児院にいって子供達の相手をしていたり、前の世界でも戦災孤児を拾って短い間だが育てたりもしていた。
まあ、途中で仲良くなった貴族に孤児院を建ててもらって、そこに子供達をそこへ預けたのだが。
その時は皆泣きながら止めてきたなあ。あの時は元の世界に帰るのが優先事項だったから俺の事は諦めてもらった。
そんな子供達とどこか似たような雰囲気をネリアから感じてしまい、俺はもうネリアをいざという時に切り捨てる事が難しくなってしまったのだ。
参ったなあ。ネリアとそこまで仲良くなるつもりはなかったのだが、まさかここまで俺の心へ入ってくるとは……。
ネリアの扱いをどうするか内心で葛藤していると、やがてネリアは瞼を開けると俺へふにゃりと子供のように笑うととんでもない事を呟いた。
「──お兄様」
「お、おにっ!」
「春斗をお兄様だって……!」
「てぇーい! っく! まだ私の魔法への想いが足りないと言うのですか……!」
ネリアの口から漏れた言葉に、俺達は揃って驚愕して目を瞬かせてしまう。
俺達の様子に自分の言った内容を思い出したのか、ネリアは顔を赤くすると慌てて俺から離れて弁明をしようとしてきた。
「ち、違うのです! ただ春斗の傍にいると凄く安心して、もしかしたらこれが兄がいる気持ちなのかと!」
「な、なるほど……」
「ネリアちゃん恐ろしい子……!」
「うりゃー! 我が魔力よ、呼び声に応えたまえ!」
ネリアの言葉に千秋は慄くと戦慄した表情を浮かべるが、俺は昔に子供達にもいわれた事があるので思わず納得してしまった。
育ててた子供達も皆俺の事を兄呼びして慕ってくれたからな、懐かしい。
かつての思い出に哀愁を感じたからか、俺は思わずネリアにある提案をしてしまったのだ。
「うーん……だったら俺の事は兄呼びするか?」
「え? よ、良いのですか!?」
「そ、そんな……! 私も呼んだ事ないのに……」
「魔法よ! 私の熱き想いよ! 届け、この想い!」
「冬海さっきから五月蝿い」
「あ、はい。すみません……魔法使えなかったですぅ」
俺の言葉に本心では呼びたかったのかネリアは瞳を輝かせ確認を取ってきて、千秋は何やら愕然とすると羨ましそうな目を向けてくる。
ネリアに頷き了承しつつ、ついでに冬海を黙らせながら千秋へ視線を移すと、千秋は頬を膨らませて不機嫌そうに口を尖らせていた。
「狡い狡い! 私もお兄ちゃん呼びしたかったのに!」
「いや、狡いって言われてもな……」
千秋が不満そうな顔で駄々をこねてくるので、あの手この手で説得していると渋々だが納得してくれたようだ。
わかってくれて内心で安堵していると、千秋は暫く何やら考えた後、ネリアの手を取り微笑みかける。
「ネリアちゃん! 春斗はとっても面倒見が良いからどんどん甘えちゃってね!」
「は、はい! 私もはる……お兄様に沢山甘えますね!」
千秋の言葉に笑顔で頷くと、ネリアは胸の前で拳を握ってむんと気合いを入れている。
そんなネリアの様子に千秋も笑みを深めると、唐突に俺に鋭い視線を向けたかと思えば勢い良く指を指してきた。
「春斗! ネリアちゃんを泣かせたら私が許さないからね!」
「そ、そうだな。肝に銘じておくよ……」
実はすでにネリアを涙目にした事をいえず、若干目を逸らしながら千秋の言葉に頷く。
どこか気まずそうな俺の様子に不審に思っていたが、やがて一つ息を零すと千秋は髪を掻き上げた。
「まあ、わかってくれたならいいけど。ネリアちゃんも何かされたら私に相談してね」
「大丈夫です! お兄様は凄く優しいんですよ! ……偶に意地悪ですが」
「あー、わかるよ! 春斗って良く私を弄ってくるから、ネリアちゃんも気を付けた方がいいよ?」
千秋の言葉にネリアが頷き口を開きかけた瞬間、突然手が鳴る音が聞こえてきて全員の視線が音の発信源に向く。
そこには、両手を合わせた仕草をするアデラールが穏やかな笑みを浮かべており、俺達の意識が集まった事がわかったのかそのまま声を掛けてくる。
「ほっほっほ。話も一段落着いた所で、そろそろお主達の適性を調べたいのじゃが、よろしいかのう?」
「て、適性……忘れてました……」
アデラールの言葉に話し過ぎたと感じたのかネリアは頬を赤らめて頷き、適性審査をしないと自分の属性がわからない事を失念した冬海はガックリと項垂れた。
いや、適性があっても空を飛ぶ魔法はそう簡単に使えないと思うが……。
前の世界のでは飛翔魔術は少なくとも風の中級属性以上に分類されていたのだ。
昨日使った〈沈黙〉よりも高等な魔術で使えない人もそれなりにいたので、冬海に風の適性があったとしても使えるかどうか……。
まあ、あくまでも前の世界での話なので、この世界では実際どうなのかわからないのだが。
そんな事を思いながら、俺達は改めて席に着いてアデラールの言葉に耳を傾けるのだった。




