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第十話 冬海、覚醒

 食堂へ戻り昼食を摂った後、午後からは魔法──この世界ではそう呼ぶらしい──講座をするようで俺達はクリスティアに案内されて講義する場所へ向かった。


 道中で冬海が盛大に自爆して派手にすっ転ぶというハプニングもあったが、概ね何事も問題なく無事に俺達は講義する場所へたどり着く事ができたのであった。……あの時の冬海は中々弄りがいがあって可愛かったな。











「──この部屋で皆様に魔法を学んでいただきます」


 講義の部屋への扉の前にたどり着くと振り返り、ネリアは微笑を浮かべてそう告げた。

 いよいよ魔法を学べると先ほどまで号泣していたのが嘘のように、冬海はキラキラとした眼差しでネリアを見つめており、その現金な様子に千秋達は揃って呆れたように肩を竦めた。

 俺はそんな楽しそうな雰囲気の冬海の肩を後ろから叩き、キラキラした眼差しのまま振り向いた冬海へ笑みを作り声を掛ける。


「これから遂に魔法が学べるな」

「──っ! は、春斗さん!」


 その言葉に何か衝撃を受けたのか暫しの間冬海の顔が固まった後、先ほどより輝いた瞳で俺を見つめると俺の両手を握り嬉しそうに上下に振ってきた。

 突然の冬海の行動に目を白黒していると、冬海はそのまま満面の笑み──いや、にやけた笑みを浮かべると口を開く。


「遂に……遂に! 春斗さんにも魔法の素晴らしさが理解できたのですね!」

「い、いや俺は……」


 冬海を弄るために声を掛けたなんて今更いえず、俺は冬海の行動になされるがままになるしかない。

 冬海の言葉に千秋は魔法に詳しくないのかいまいちピンときていないようなのだが、龍牙は「まさか……春斗も冬海と同類に……!」等と呟き俺へ痛い人を見るような眼差しを送ってくる。っておい、ちょっと待て! 俺を冬海と同類にするな!

 俺の必死の訴えに気が付く事なく、龍牙は何度も頷き「例え春斗が痛い人になっても僕が支えてあげなきゃ……!」等と決意した表情で呟いていた。

 龍牙の言葉に対抗心を燃やしたのか、千秋も決然とした表情を浮かべると「良くわからないけど、春斗を支えるなら負けないから龍牙君!」等と呟き、龍牙と手を握り合って好敵手を見つけたかのような笑みをお互いに交わしている。


 ──まずい! このままだと俺が痛い人扱いにされてしまう!


 千秋達に一生厨二のレッテル貼られるのは嫌なので急いで千秋達の元へ向かおうとするのだが、思いの外冬海の力が強く手を離してくれない。

 なんとか逃げ出せないかと四苦八苦してる内に、冬海は俺の耳元に顔を寄せると小さな声で口を開く。


「──これで春斗さんも痛い人の仲間入りですね」

「──っ! ま、まさか……」


 最初は何をいっているのか理解できなかったが、暫くすると俺はある可能性を思い立ってしまい、咄嗟に冬海へ顔を向けると奴は嫌らしい笑みを浮かべて俺を嘲笑っていた。


 ──こ、こいつ! このまま俺を自分の世界へ引き摺り込むつもりだ!


 そう。冬海は自分の仲間を増やすためにあえて自ら道化になる事を選んだのだ。

 流石に冬海もこの歳で魔法が好きなのは痛いとわかっていたのか、学校ではそんな素振りを一度も見た事がなかった。

 実際に、冬海がこの世界ではっちゃけたから俺も冬海の厨二に気が付いた訳で……。

 しかし、そこで終わる冬海ではなかった。自分の厨二仲間を増やすべく虎視眈々と俺達の隙を窺っていたのだ。

 つまり、俺はまんまと冬海の罠に嵌ってしまったという事だ。


 俺の表情から自分の狙いを悟られたと思ったのか、冬海は先ほどよりも笑みを深めると甘い声色で俺へ囁く。俺にはそれが地獄からの呼び声に聞こえるのだが……。


「さあ、これで春斗さんはもう逃げられませんよぉ。私と一緒に堕ちる所まで堕ちましょうねぇ」

「っく……!」


 冬海の蕩けるような甘い声を聞きながら必死に打開策を探していると、不意にある事を思い出した。


 ──あれ? そもそも、俺ってもう痛い名前付けられたし、もう今更じゃね?


 前の世界で痛い名前を付けられた時はそれはもう荒れて仲間達に心配されたが、流石に最後の方になると慣れるものでなんとも──というより悟って──感じなくなったのだ。

 ここで俺が主導権を握って自分で渾名を付ければ、この世界でなら予想外の痛い名前が広まらないのではないか。よくよく考えれば名案な気がしてありかもしれないと思いはじめる。


 自分の言葉に思いの外真面目に考え込む俺の姿が意外だったのか、冬海は困惑した表情を浮かべていた。


「あ、あれ? あまり動じてないですね? ……可笑しいなあ、私の見立てだと春斗さんなら身悶えると思ったのですが」


 今まで握っていた俺の手を離すと顎に手を当てて、冬海は思案する素振りを見せる。って、こいつ俺の事を始めから狙っていたのか……。

 とりあえず、やられっぱなしは(しゃく)なので冬海を弄ろうと思った直後、のんびりし過ぎたのか俺達の背後にいる千秋から催促の声を掛けられた。


「ねー、まだなの春斗? 私、早く部屋に入りたいんだけどー?」


 千秋の言葉に今は冬海弄りを置いておく事にして、未だに考え込む素振りを見せる冬海の頭を叩きこちらへ意識を向けさせる。

 すると、冬海が頭を擦りながら抗議の眼差しで送ってきたので、中々会話を終わらせない俺達をジト目で見ているネリアを見ながら、


「ほら、ネリア達も待ってるし。早く行くぞ」

「……あ! ご、ごめんなさいネリアさん! 今すぐに行きます!」


 俺の視線を追って意味を理解したのか、冬海は慌ててネリア達の元へ駆け寄っていく。

 その先ほどまでの策士っぽい雰囲気を微塵も感じさせない姿に自然とため息が零れ落ちた。


 そろそろ本当に遅刻しそうなので、俺達は急いでネリア達の元へ向かうのだった。











「──よくきたの、待っておったぞ」


 部屋へ入った俺達にそう声を掛けたのは、詳しい年齢がわかりにくい姿をしている男性だ。

 恐らく三十代後半から四十代前半だと思うのだが、逆に言うとそこまでしかわからない不思議な雰囲気のある見た目だった。

 俺達へ朗らかに微笑む顔立ちはとても整っていて、髪も瞳も鮮やかな緑色をしているのでその笑顔と相まって、彼を見ていると自然と落ち着く気分になる。


 そんな不思議な彼に俺達は視線を釘付けにされていると、すぐ側にいたネリアが手を彼へ向けて口を開く。


「こちら、ローザイト王国宮廷魔導師長を務めているアデラール・クレメンテです。アデラール、彼等が勇者様です」

「ほっほっほ、よろしくのう。儂の事は気楽にアデラールと呼んでもらっても構わないからの」


 ネリアの言葉に彼──アデラールは見た目とはほど遠い老人のような口調でそう告げると俺達へ近づいてくる。

 アデラールの口から出た違和感のある口調に千秋達は困惑した様子でネリアへ目を向けるが、冬海だけは何かを考え込んでおり、アデラールを難しい表情で見ながら頻りに唸っている。

 俺達の視線を集めたネリアは、アデラールの耳を見ながら苦笑いする。


「ああ、皆様もやはり違和感を感じますよね。それも無理ありません、彼は──」

「そうです! アデラールさんはエルフなんですね! 耳も長いし!」


 ネリアの言葉を遮ったかと思えば、突然叫び出した冬海に何事かと全員の視線が集まっていく。

 因みに、今回の魔法講義にはネリアとクリスティアも参加するらしく、当然の如く二人も不可解な行動をした冬海へ目を向けている。

 俺達の視線を気にする事なく冬海は鼻息を荒くして、顔を興奮で赤く染めると早口でまくし立てはじめた。


「ほ、本物のエルフですぅ! 生エルフですぅ! ま、まさかエルフをこの目で見る事が叶うとは……! うーん! 異世界さいこー!」


 両手を振り上げながら黄色い声を上げる冬海にこの部屋にいる全員がドン引きしてしまった。

 千秋は「もう私の知っている冬海ちゃんはいないんだね……」等と呟き冬海を悲しそうな顔をして見ており、龍牙は「冬海はもう手遅れだね……せめて春斗だけでも!」等と見当違いな事を考えて俺の方を真っ直ぐ見つめている。もう龍牙はそれで良いよ……。

 ネリアに至っては完全に冬海の事を痛々しい人を見る目で眺めており、処置なしと言わんばかりに首を力なく横に振っていた。

 なお、クリスティアは相変わらず無表情で冬海を見ていたので、傍からでは何を考えていたのかわからなかった。


 そんな俺達の引いている様子や冬海の叫びにもアデラールは全く動じておらず、こちらまでくると穏やかに微笑みかける。


「ほっほっほ、元気の良いお嬢さんじゃの。お嬢さんのお蔭で儂も元気が湧いてくるようじゃ」

「っは! す、すみません。少し取り乱してしまいました」

「少し……?」


 アデラールの言葉に我を取り戻したのか、冬海は恥ずかしそうに縮こまり慌ててアデラールへ頭を下げた。

 それと、龍牙の漏らした疑問は誰も聞かなかった事にしたようだ。

 冬海の謝罪にもアデラールは気にしていないように手を振り、冬海に顔を上げるように告げる。

 アデラールの言葉に従い顔上げた冬海を含む俺達を見回すと、アデラールはネリアに目を向けて口を開く。


「時間は有限じゃからそろそろ講義を始めたいのじゃが、よろしいかのう?」

「はい、問題ないですよ」


 ネリアからの了承を貰ったアデラールは、振り向き机の方へ歩き出すと俺達に手招きをした。


「では、講義を始めるからこちらへくるのじゃ」

「は、はい!」


 アデラールの言葉に冬海は目を輝かせて頷くと、驚きの速さでアデラールの元へ行ってしまった。

 よほど魔法が楽しみだったのか、もはや呆れを通り越して感心してしまう。

 皆も何だかんだ楽しみだったようで、千秋はウズウズしながら歩きはじめているし、龍牙なんて無意識なのか笑みを浮かべている。

 まあ、気持ちはわからなくもないので俺はそれを微笑ましく見守りながら、アデラールの元へ足を向けるのだった。


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