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力を合わせて戦います

 観客席に入り込んだ魔物たちを、どうにかしなければならない。

 キコナと別れた私は、誰かが落としたらしいダガーを拾い上げ、手近なところにいる魔物に向けて投げ込んだ。

 これが彼の後頭部に刺さり、多少のダメージを与える。ゆったりと魔物がこちらに振り返った。ただ攻撃しても倒せないことはわかっているので、こちらに向かってくるように仕向けなければならない。

 私はあえて彼を挑発してみる。

 軽く手招き。ただそれだけだったが、効果はあった。覿面とすらいえた。

 彼らはどうやら人間というものを相当、下に見ているらしい。それに挑発されて、まず私を殺すということに決めたようだ。即座にこちらに飛び掛ってくる。

 私はそれに合わせて前に進み、彼の胸元を拳で突く。力を込めて握り締めた私の手は、魔物の身体を貫通する。敵はびくりと震えて、着地に失敗。その場に崩れ落ちて痙攣を繰り返した。もう立てないはずだ。


「おお、助かった。あんただったか」


 直前までその魔物と戦っていたらしい女が、私に声をかけてくる。片手剣と盾で戦っていたようだが、もう既に盾は持ち上がっていない。どうやら相当な打撃を受けたようだ。

 よく見てみれば、彼女の顔には見覚えがある。たくましい身体にも。

 私と一回戦で戦った女性のようだ。昨日の今日でもう復活し、観客席にいたのだろう。

 あんただったか、というのは無論私に向けられた言葉である。


「君も。よくぞ無事だったな。大丈夫か」

「大丈夫とはいえないねえ。だがムダ話はあとだ。向こう側の被害がきつい。できたら行ってやって欲しい」

「わかった」


 世間話をしている余裕はないので、私はすぐに彼女に指差された方向に向かって走った。

 通りかかったところにいる魔物は全て倒し、あるいは注意を引いて戦闘を助けたりしつつ、ひたすらに観客席を走った。

 まずいことに私の行く方向には魔物たちが何体か集まっていて、誰かと戦っているように見える。誰と戦っているのかはわからないものの、お世辞にも善戦しているとはいえない。

 しかもこれが会場の出口付近なのである。イリスンやジャクがここにいる可能性は、低くない。

 そう考えた瞬間、こちらに呼びかける声が私の耳に届く。


「スム様!」


 イリスンの声だ。やはり彼女もここにいて、必死に抵抗していた。

 私は走る足をさらに速め、急いで彼女たちを助けようとする。出口付近にかたまる魔物の数は4体。それに対して抵抗している剣士の数は6名ほどだ。いずれも剣術大会に出場していた選手であり、イリスンもそこに含まれる。彼らが手練れであるゆえに、どうにか戦えているというような状況だ。

 この窮状を打破するためにはわずかな時間も無駄にしていられない。幸いにして魔物たちはイリスンらを相手取るのに意識を向けており、走りこんできた私に注意を払う素振りはない。無防備な背中を丸出しにしている。

 それならばと私は地面を蹴り、全体重を乗せた蹴りを魔物の背中に叩き込んだ。


「しゃっ!」


 突然の攻撃にバランスを崩した魔物に向け、イリスンがダガーを突きこむ。これが敵の右眼を奪った。さしものの魔物も、眼球までは頑丈でなかったらしい。鮮血を噴きだし、痛みに怯んだ。

 ここぞとばかりにもう一人の剣士が追撃を見舞い、首元を刺されて魔物は息絶えた。

 一体を倒したのはよかったが、これで敵は怒る。さらに、私の存在にも気づいたようだ。


「ジャクは」


 私は短く問いかける。この問いに、イリスンは自分の背中を指して答えた。なるほど、おんぶ紐のようなものでジャクがくくりつけられている。その紐も大分緩まっていて、ジャクは今にも落ちそうだ。

 すぐさま、イリスンからジャクを取り上げる。

 イリスンはジャクを負ぶったまま戦い続けられるほど体力を残していない。それに、ジャク自身が周囲におこっている事態にすっかり怯えきってしまっている。私が守るほかはない。

 今この場に、私の肩よりも安全な地はないはずだ。いささか傲慢かもしれないが、私はそのように考えてジャクを肩に担ぎ上げた。


「しっかりしろ、ジャク。私が来た。もう心配はいらない」

「うぅ……」


 それでも怖いものは怖い、とでもいうのかジャクが私の首筋にすがりついてきた。


「大丈夫だ、何も問題ない。絶対に君を守ってみせる」

「うう、うぐ……、あぁ」


 よくわからない涙声がきこえる。泣きかかっているが、我慢しているといったところか。そうしている間にも魔物は私へ手を伸ばしてくるので、後ろに下がって避ける。

 ジャクを守りたいのはやまやまだが、ここにいる剣士たちはこの魔物と一対一で戦えるほどの力はない。一回戦で私とまみえたあの女剣士はまずまず戦えていたが、あれは彼女の力が凄まじいだけのこと。あれほどの力をもった剣士は、ここにはイリスンしかいない。

 そのイリスンも疲労が激しい。ジャクを負ぶっている上、他の剣士たちが致命的な負傷をしないように気を配っていたのだろうから仕方がない。つまりこのままでは壊滅もありうる。

 私が1体を倒し、もう1体の注意を引いているので残りは2体。だが、この戦いの様子に気づいたらしい別の1体がこちらにやってきつつある。

 まとめて一気に倒したいが、そんな方法は。とにかく一体一体着実に倒すしかない。

 だが、すぐにも敵が迫ってくる。彼はどうやら私たちを蹴りだし、客席の下まで転がり落とす算段らしい。

 何かないかと周囲に目をやると、近くにいる他の魔物は私に対して背を向けていた。つまり、私と魔物の間に味方は一人もいない。肩にいるジャクだけだ。


「ジャク、つかまっていろ」


 返事はなかったが、しがみつく力が強くなる。私はジャクのいない左側の手で魔物が伸ばしてくる足をいなし、同時につかむ。そこで敵の体重移動を利用し、思い切り引き込んだ。

 魔物が足を引かれて倒れ掛かる。そのまま引き倒してもいいが、私は渾身の力を込めてぐるりと一回転させる。

 彼が、自分からこちらに向かってきてくれたからこそ、勢いをつけてくれたからこそ可能な、大回転だ。魔物の巨体が、一気にその場を薙ぎ払う。

 一回転したところで握力の限界がきたので放すと、魔物は見事に空中に飛び出し、試合場に向けて転がり落ちていった。


「無茶苦茶しますね、スム様」


 あきれたようなイリスンの声が聞こえる。彼女は既にもう一体の魔物を仕留めていた。他の剣士たちも怯んだ魔物に止めを刺している。

 ひとまずこの場は片付いたようだ。私は他にも残っている魔物をどうにかするべく、再び周囲を見回す。


 北側の観客席はどうなっているのかと目をやると、キコナが逃げ惑う観客を誘導しているのが見えた。それでも客を襲おうとする敵は大胆な服を着た女がクロスボウで牽制している。あれはおそらく、ヤチコ・ベナだろう。

 そして最も活躍し、剣を振り回して魔物を斬り殺しているのはリジフ・ディーだ。他にも抵抗している剣士はそれなりにいるが、彼らの戦っている魔物に近づいては背後から一撃で斬り殺している。助けているという感じではない。どちらかといえば、自分の手柄を少しでも増やさんとするような印象がある。

 それが悪いとは思わないし、人命のかかっていることなので口出しをすることでもない。だが、私はどこかにひっかかるものを感じている。彼は、リジフ・ディーはこの状況を心から楽しんでいるようにみえるのだ。何人もの、何十人もの人の命が奪われ、奪われつつあるというのに。


 この混乱が収束するには、それから60分ほどの時が必要だった。

 私たちは疲れ果ててその場に座り込み、息を整える。だがどうにか、全ての魔物を討伐することができた。人的な被害も最小限に食いとどめた、といえるはずだ。これ以上はやりようがなかった。

 しかしほどなく城から大量の兵士団が後始末にかりだされてきて、私たちはろくに休めないままにあらゆる証言を求められた。混乱に乗じて殺人、窃盗などをしたものがないか、など。疑われているような気分の悪い質問も散々にされたが、こちらは正直に全てこたえるだけだ。

 剣術大会の会場から出て、帰ってもいいと言われたのは日も暮れて夜の帳が下りた頃であった。

 あとからキコナに聞いた話ではこれでもかなり早めに帰してもらえた方であるらしい。私はともかく、ジャクは完全に疲れ果ててしまって泥のように眠っていた。

 ヒャブカ将軍の家に預けられるのは一週間ほどという約束だったのでジャクはこのまま宿に連れて帰ることにする。イリスンもくっついてきたが、目の下にクマができていた。


「スム様、あなたは幼いジャクにまで唾をつけるつもりなのですか」

「何の話だ、急に」


 イリスンが怖い顔で私に迫ってきたので、私は宿に急ぐ足を止めざるを得ない。


「何の話もないです。こんな男も女もまだわかってないような子に対して、私が君の事を守るだの、一生傍にいるだの、信じられないようなことを言ってましたね。犯罪ですよ、犯罪!」

「そ、そんなことを言ったか。本当に?」


 確かにそんな言葉を言ったのだとすればあらぬ誤解を招いて当然だが、記憶が曖昧だ。激しい戦闘が続いた後なので、頭が働いていないのかもしれない。

 とはいえそれを言ったのだとしてもジャクを安心させるための言葉に違いない。イリスンがどうしてここまで怒る必要があるのだろうか。


「あなたという人は、油断するとすぐに女性を口説くのですね。スリム・キャシャのような女性関係を築きたいのですか」

「いや、あれはごめんだ」


 私は理由のわからないイリスンの怒りに辟易しながら、宿を目指してのろい歩みを再開するのだった。



 城へ呼び出されたのは、衝撃的な剣術大会から二日後のことだった。たった一日であの恐ろしい事件を片付けたのだろうか。それとも、剣術大会の決勝戦の再試合か。

 用件は呼び出し状に何も書かれていないため、行ってみるまではわからない。


「ジャクはどうする」

「わたしもいく」


 特に誰を連れて行ってはいけないということはないだろうし、本人が望むのであれば仕方ない。私はイリスンもジャクも、城に連れて行くことにした。下手に残していって、余計なことに巻き込まれてはたまらないからだ。


「まあおそらく大丈夫でしょう。王との謁見の際には侍女が預かってくれるはずです」


 楽観的にイリスンもそういうので、私たちは王の城へ向かった。

 ここにくるのは三度目になる。

 しかし不思議なことに、案内されたのは王に会うための場所ではなかった。城の端のほうへと案内される。

 私はジャクを肩に乗せたままだが、そのジャクと同じようにあちこちをキョロキョロと見回してしまった。こんなところに来るのは初めてだ。

 イリスンはどうなっているのかと横を見ると、少し緊張気味に体を震わせている。王に会うときにもこんなことはなかったのに。


「この先には何があるか知っているのか」


 私が小声で訊くと、彼女は少しだけ困った顔でこたえた。


「名前だけはお聞きになったでしょうが、この先には姫がいらっしゃいます。おそらく、ケウアーツァ王女です」

「そのとおり」


 と、イリスンの声にこたえるような声が届いた。

 声の方向に目をやると、見たことのある顔がある。ケウアーツァ王女の親衛隊の一人だ。


「先の襲撃で、大層な活躍をしたらしいではないか。殿下はそれをお聞きになって、貴殿らを召喚したのだ。悪い話ではないだろうから、そう緊張することはない」


 この言葉をきいたイリスンは大変ほっとした様子で、胸を撫で下ろしていた。

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