命を救うためなので
メリタは接戦の末に、一回戦を勝ち抜いた。対戦相手はバシャークにもひけをとらぬとされる優勝候補の一角であり、大金星だといえる。なんでも前回の大会の準決勝においてメリタをやぶった相手だったらしい。雪辱を果たしたということだろうか。
私のところに戻ってきたメリタはかなり疲れているようだった。盾に受けた攻撃の数は知れず、疲労も然りということだろう。
彼女は一言もなく隣に腰を下ろし、必死に息を整えている。私は軽く肩を叩き、労をねぎらった。
「ふぅ……もう十分に戦ったな。すごく心地いい疲労を感じてる」
さわやかな笑みを見せ、メリタは顔を上げる。確かにそうらしい。
だが彼女の次の試合は恐らく、リジフ・ディー戦になるだろう。彼がどのような戦い方をするのか、見ておかなくてはならない。
「ふん」
リジフ・ディーはメリタの様子を見て、鼻で笑うようにして目をそらした。まるで、相手ではないという感じだ。それほど自分の実力に自身があるということなのかもしれない。
以前見たときよりは少し伸びた黒髪を振って、彼は試合場に歩いていく。その腰には片手剣があるが、盾はどこに捨ててきたのか持っていない。両手持ちするにしても柄の短い片手剣はそれを許さない。柄頭に錘を仕込まれ、重心を安定させているつくりの剣なのだ。どういう戦い方をするのだろうか。
リジフが試合場に入ると、その対戦相手も進み出た。片手剣だけを持ったリジフに対し、片手半剣と腕に装着する盾をつけている。
おそらく基本的には両手で剣を握り、危うい場面においてはランタンシールドの力を借りて攻撃を防ぐのだろう。また、それには短いながらも刃が備えられており、これで攻撃することも認められている。
そうした武器を備えているからこそ、人気となっているのである。無論、ただ何も考えずに流行に乗っかっただけの戦士ではありえない。彼なりに思考して研鑽を積んだからこそ、ここに立つことができているのだ。
リジフは彼をかなり侮っているようだが、私はそれほど彼の実力を低く見ることができない。
しかし結果からいえば、ほぼ一瞬で決着した。
リジフ・ディーは試合開始の笛と同時に間合いを詰めて片手で剣を振り上げた。ただそれだけで、対戦相手のバスタードソードが折れたのである。
「ぐぬっ!」
両手でしっかりと握ったバスタードソードが折られ、彼はその場に崩れ落ちた。両腕をだらりと落としたまま、苦悶の表情を浮かべている。おそらく、両手が折れたな。
「ふん、俺の勝ちだ」
「勝者、リジフ・ディー!」
リジフ自身も、審判も、同時に彼の勝ちを宣言する。
救護班が試合場に走りこんだ。担架を持っている。私も不躾ではあるが試合場にあがった。彼の容態が気になったからである。
「おい、大丈夫か!」
「わ、わからん。だがひどく痛む。どうなってしまったんだ、俺の腕は」
「担架が来ているのでそこへ横になるといい。すぐに手当てをしてくれるだろう、安心するといい」
私は彼の身体を横たえ、担架に乗せた。救護班がそれを担いで速やかに会場を後にしていく。それに続いて私も試合場を降りた。次の試合が始まるからである。
しかし、今のはひどい。私は沈痛な面持ちになるのを抑えられなかった。
さっと見ただけだが、多分右腕の骨は粉砕骨折している。もう二度と剣を握ることはできまい。
あれほどの力をこめる必要性があったのだろうか。彼ほどの技量があれば、もっとスマートに勝ちを拾えたはずだ。
思わず彼をじろりと見てしまったが、それに気づいたリジフはこちらを振り返って、
「おいおいなんだよ、デブ。そんな目で俺を見やがって。別に殺してねえぜ。ルール違反でもなんでもねえ。それよりお前もああならねえように少しは防御ってもんを覚えたらどうだ? まああと僅かな時間しかねえし、決勝まであがってこれるかわからねえがな!」
ははは、と高笑いをしたのだった。
その後、私は一回戦を勝ちあがった。相手もなかなかの強さだったが、突き飛ばしでうまく場外に飛んでくれたのでさして語るべきことはない。
リジフは嫌そうな顔をしていたが、メリタはうんうんと頷いている。
その後、少しの休憩時間をおいて準決勝が始まった。無論、準決勝の第一試合はメリタとリジフの戦いである。
「さて、お前のお友達を痛めつけてやるか」
不穏な発言をして、リジフは試合場へ上っていく。私は何か恐ろしくなったが、表情には出さない。
もしもリジフ・ディーがメリタを必要以上に害するようなことがあれば、私は恐らく試合場に乱入するだろう。それをやってしまっては恐らく非常にまずい立場におかれるかもしれないが、メリタが先ほどの選手のようになってしまうよりはマシだ。
だが、メリタは非常に気楽な表情で肩を軽く回し、
「君が心配することはない、私は自分の身くらい自分で守れる」
などとこちらのことまで心配してきたのだった。彼女は強い。
私は深く頷いて、彼女を見送った。それから観客席を見回す。
もしもこの会場のどこかにキコナがいるのなら、今こそ約束を果たすときのはずだ。だが、いざともなれば私がとめなければならない。人任せにするほど、メリタのことを軽んじられない。彼女は大切な友人だ。
「怖くねえのか、お前は。泣いて謝って、俺の庇護を受けるっていうなら軽く場外に突き落とすだけですましてやるがよ」
リジフは相変わらず自分の勝利を疑っていない様子で、武器を杖代わりにしてメリタを見下ろしている。
メリタはそれにこたえず、静かに盾を構えた。相手から見えないように、小剣も抜いている。
会場は依然盛り上がっているが、やがてリジフも口を閉じ、試合場に緊張が走る。それからややあって、試合開始の笛が鳴った。
「りゃっ!」
先に動いたのはリジフ。剣を右手だけで振り回し、その勢いのまま間合いを詰める。そのまま打ちおろしの一撃を見舞った。
メリタはこれを盾で受ける。が、衝撃で盾が下がった。下がった盾の上部から滑り出すような小剣での反撃をするが、これはかわされる。
打ち下ろした剣を引き上げ、リジフは横薙ぎに攻撃。再びメリタは盾を使う。がつんと大きな音が響いた。
盾が落ちた。
「へっ」
これを見たリジフの笑いが、私の耳には聞こえる。
メリタの盾は特段に大きなものでもないが、頑丈だ。衝撃をある程度殺すように曲面につくられてもいる。衛兵たちが普段から持っているものと比べてもそれほど見劣りするものではない。むしろ、代わり映えしない。
つまり、メリタにとっては使い慣れているはずのものだ。それが、落ちた。
こうなると、ありえないほどリジフの攻撃がすさまじいものだったということになる。そのせいでメリタの腕が痺れてしまったのだ。盾を保持できないくらいに。握り手はまだメリタの左手に引っかかっているが、それを持ち上げることができそうにない。
リジフは小剣しか持たないメリタに対し、片手剣で攻撃をくわえる。防御の手段のないメリタは、これを足さばきだけで必死にかわし続けた。だが、もうリジフは完全に手を抜いている。いたぶっているのだ。彼の持っている木剣はすでにメリタの肩や腹を何度か打っている。
しかしメリタは倒れられない。痛烈な打撃であるとはいえリジフは完全に腕だけで攻撃をしており、大したダメージになったと認められないからである。これでは勝負あったと審判も言えない。
しかしメリタはまだ逆転を狙っている。その目は最後までリジフを見続けていた。
リジフはそれを知っているだろうに、メリタをいたぶることをやめない。彼は右手をも痺れさそうと彼女の右腕を執拗に攻撃していく。
だがメリタは足を残していた。素早く一歩下がると、右腕に残った小剣を振り上げてリジフの剣とかち合わせた。手を抜いていたリジフは、その衝撃に目を見開く。
腕だけで切りつけていた彼と、足先から全身を使い、伸び上がるように攻撃を仕掛けたメリタとではまるで速度が違う。次の一瞬、メリタは小剣をリジフの咽喉元に勢いよく突きこむ。
見事な攻撃だった。流れるような動きで、非の打ち所もなかった。
「くそが」
だが、リジフはこの攻撃を左手で食い止める。そして怒りを晴らすように右手を乱暴に振り払ってしまった。この一撃でメリタは吹き飛び、倒れこむ。試合場の上に身体を残してはいるが、ぐったりとして動かない。
私はメリタに駆け寄ろうとして、足を止めた。まだ試合中だ。
しかしほどなく、
「勝者、リジフ・ディー」
という宣言があったため、私はすぐに試合場に乱入する。どうせ次は私の試合なのだ。
メリタは気絶していた。ぐったりしていて、呼吸が止まっている。まずい。
幸いにして脈はあったが、放置していれば止まってしまうだろう。
「何してるんだ? お仲間が心配なのかよ」
リジフは少しイライラした様子で私を見てきたが、彼に構っている暇はない。こういうときにどうすればいいのか、私は必死に記憶を探っている。
そうだ、衛生兵の心得として母エイナ・エテスから教えられた治療法がある。心臓や肺が停止している場合には直ちにやれ、恥を気にするなときつく言われた。
私としてはメリタの身体を人目につかないところに運びたかったがそういうわけにもいかなさそうだ。その時間がもったいない。
彼女の衣服をゆるめて寝かせ、仰向けにして顎を持ち上げる。心中ですまないと詫びながら、メリタの鼻をおさえ、私は彼女の肺へ息を吹き込んだ。




