目をつけられてしまいました
対戦表を確かめてみると、メリタの言葉通りだった。
シード権を得ているイリスンは二回戦からの出場となるが、それに勝てば三回戦で私と当たる。だからといって手を抜くわけにもいかないし、キコナとの約束である程度の成績を残す必要がある。
にこやかにしているイリスンに対し、私は正々堂々と勝負をしようと話しかける。
「イリスン、もしも私たちがぶつかることになっても試合は試合だ。遠慮なく本気でかかってきて構わない。そうしてほしい」
「ええ、もとよりそのつもりです。これでも私は前回9位の実力者ですし、シード選手です。私を打ち負かせばきっと、スム様も注目選手の一角です。もう既にそのように認められている可能性も高いですが」
やはり誇らしげな態度を崩さないままでイリスンが応じる。肩に乗っているジャクの背を撫で、私は少しだけ首を振った。
「いや、単に私のような戦い方が珍しかっただけだろう。まだ実力が認められたとはいえまい」
「いえいえ、もうお金どうこうなんていういいわけも効かないほどの活躍ぶりでした。私と戦えばきっと、完全にそうなります」
なんだかイリスンは自分の敗北を疑っていないように思える。彼女とて今日のために鍛錬を積んだだろうに、どうしてだろうか。それほどまで私に入れ込んでいるというのだろうか。メリタに訊いたら多分そう言うのかもしれない。
「まあとにかく、お互いに全力を尽くそう」
「少しは手加減してくださいね」
やがてイリスンは出番が近づいたので会場へ降りていった。驚いたことにメイド服のままでだ。
彼女は大きめのダガーを握って試合場に立つ。
対戦相手は両手剣を担いでいた。
英雄であるスリム・キャシャの武器がそれであったので、ガーデスは一時期壮絶な片手剣人気だったらしい。だが、それから50年も経過した今となっては元のように武器は多様性を取り戻している。右手と左手にそれぞれ剣を握って扱うような流派も確立されつつあるらしい。
イリスンのように短剣を扱う者も多い。どちらかといえば、これは護身術のような扱いだが。
彼女と向き合う男性が担いでいるような両手剣は、強力ではあるが少数派といえる。
試合を見る限りにおいては、片手でも両手でも扱えるサイズの武器を握り、左腕に小さな盾を装着するというのが今の人気のスタイルらしい。半数近い選手がそうした武器をつかって大会にのぞんでいる。
試合開始の笛が鳴り、イリスンは素早く間合いを詰めにかかった。
相手選手はこれを読み、足を引きながらイリスンの腕に剣を振り下ろしていく。かなり俊敏な動きであり、研鑽された動きであることがうかがえる。並みの相手なら武器を落とし、勝敗を決していただろう。
だが、そうはならなかった。武器を落としたのは、相手選手の方だったのである。
「ぐぅっ!」
痛烈な一撃が、左手に見舞われている。イリスンのダガーは敵の腕を痺れさせていた。
両手剣を取り落とした相手に、ダガーをつきつける。この瞬間、審判は勝敗を宣言する。
「勝者、イリスン・ボック」
イリスンは当然だとでも言いたげに、すました表情で試合場を降りていった。
かなり研ぎ澄まされた動きだといえる。女性とは思えないほどの動きだ。前回9位に入ったというのは伊達でないということなのだろう。
その後しばらくしてからメリタも試合を行い、順当に勝ち抜いた。メリタは小剣と盾を用いるようだ。以前ヒャブカ邸の庭で手合わせをしたときは両手剣を使っていたようだが、試合を見る限りではどうやらこちらのスタイルが得意に見える。
そしてこの二回戦で全ての選手が一度試合をしたことになるが、私のほかに素手で大会に出場している者はいなかった。
「スム……がんばって」
「ああ」
試合の時間が迫ったので、ジャクを戻ってきたメリタに預ける。そうして私とイリスンは試合場に向かった。
私は口を開かない。イリスンは非常に集中して見えたし、余計な口をたたいてこの勝負を台無しにしたくなかったからだ。
私たちが試合場に上ると、観客が大きく沸く。ダガーと無手という戦いだが、見応えのあるものになるだろうと期待されているらしい。
少しその歓声が落ち着いた頃、ようやく試合開始の笛が鳴った。
イリスンが飛び掛ってくる。私のワンパターンな攻撃はわかっているので、先手をとるつもりなのだろう。恐らく手加減なしの、本気の攻撃に違いない。
彼女の握った木製のダガーが私の首筋を狙ってくる。彼女には気合こそあれ殺意はない。が、私を倒すためにはそこを狙うしかないと考えたのだろう。
回避しなければならないが、私の足が動くよりもどうやらイリスンの攻撃は早そうだ。私は左肩を前に出し、そこでイリスンのダガーを受けた。
同時に左手を振り払って、彼女の攻撃を跳ね返す。
観客席からみれば、まるでイリスンがバネに弾かれたように見えたかもしれない。彼女は飛び掛ってきた勢いそのままに、来た道を逆戻りしていく。
私はそこに容赦なく追撃を見舞った。右手で空中にいるイリスンを押し出す。
「ひゃぁっ!?」
奇怪な悲鳴をあげ、彼女は試合場の外へ転落する。腰から落ちたらしく、鈍い音がした。試合場の外はやわらかい素材の緩衝材を敷いてあるため、多少乱暴に落ちても骨が折れるような心配はない。
しかしイリスンは女性である。私は様子を見るために駆け寄り、無事かどうかを確認した。
彼女は倒れたままの格好であった。だが、恨みがましい目で私を見上げている。めくれたスカートを直そうともしないでだ。
「スム様は本当に手加減をしなかったのですね」
嫌そうな目をしながら、ここでようやくイリスンはのろのろとした動作で起き上がる。
「とても痛かったです!」
彼女はそう言い捨てて、さっさと試合場を後にしてしまった。慰めの言葉をかけようと思ったが、何を言っていいのかわからない。スリム・キャシャなら歯の浮くような言葉の一つや二つをさっと思いついただろうが、私はただの田舎者である。どうやらイリスンの機嫌を損ねてしまったらしい。
少し失敗したなと思いつつ、私も試合場を出た。
そうして観客席に戻ったのだが、ここで見たイリスンは私の顔を見るなり苦笑いを浮かべて、軽く頭を下げてきたのだった。なぜかわからないが機嫌が直っている。
「先ほどは負けてしまったのでついついあんなことを言いましたけど、すみません。真剣に私との勝負をしてくださったこと、感謝しております」
そうか。負けたので素直に受け答えできなかっただけか。
私はそのように受け止めて、いい勝負だったとこたえておいた。
その後の試合は特にさしたる劇的展開もなく、順当な結果が続いた。この大会にはリジフ・ディーも出場しているが、彼はいまだに実力の片鱗を見せてもいない。片手剣と盾を持って、かなり手を抜いている。ゆえにまだ目立つ選手ではなかった。
だが、それでも残り8名に絞られたときにしっかりその名を残していた。
明日の試合にも出場するのは私と、メリタ、リジフを含んで8名。他の5名もかなりの腕前である。
団体戦も行われたが、大方の予想通り近衛兵の一団が優勝を掻っ攫った。
4チームしか出場していないため、これは時間的には短く終わった。メインはやはり個人戦で、それも明日からの試合こそ本番なのだという。当然だろう。私もそのように考えている。
翌日、朝から昨日の続きが行われる。
イリスンは私に敗れたので、観客席でジャクと共に見学をしていた。ジャクのことは彼女に任せておけば心配要らないだろう。
試合場の周辺には8名の剣士がそろっている。メリタは私の隣にいるが、かなり気を張り詰めていて話しかけられる雰囲気ではない。
8名がそろってからは組み合わせを再度抽選で決めるらしい。
それにしても、もう十分にキコナとの約束は果たした気がする。リジフには十分に注目されたからだ。何しろ無手でここまで勝ち抜いたということで私の名はかなり売れた。金で勝利を買っているという話も王にとっては信憑性の高い噂として出回っている。
しかしそれでも手を抜いては他の選手に失礼であるし、メリタやリジフに手を抜いて勝てるわけがない。他の選手も劣らぬ強豪であろうから、私は全力で試合をするよりなかった。
「おい、そこのデブ肉」
そんな声が聞こえたので顔を上げると、リジフ・ディーが私を指差していた。真正面から人差し指を私に向けている。
「もしかして、私のことか」
「ああ、そうだ。お前以外にデブがどこにいんだよ」
彼は乱暴な口調で言いながら私に近づいてきた。
「お前、色々とやってくれてるらしいじゃねえか。こっちがせっかく色々とやってんのによ、台無しにしてくれやがって。英雄気取りならやめとけよな。スリムだって数多くの女を抱きまくったんだ。お前になんのかんのとされる筋合いはねえ」
「君のすることを邪魔した覚えはない。人違いじゃないのか」
私はまだリジフのやっていることを本格的に妨害したことはない。そのはずだ。
なので、その点をきっぱりと言っておかねばならない。私はそのようにした。
だが彼はこの返答がお気に召さなかったらしい。
「たわけたこと言いやがって、デブ豚が……。てめえ以外に誰がいるんだ、デブが。汗くせえんだよ」
「嘘ではない。よく調べてもらえばわかる」
「もういい、クズ肉。てめえは絶対にぶっ殺してやる。試合でぶつかったら覚悟しとけよ」
非常に恐ろしい表情で、彼は私を睨みつける。そしてゆっくりと離れていった。
その後抽選は行われたが、最初の試合がメリタ。次の試合にリジフ。私の試合は最後となった。リジフとぶつかるには決勝戦を待たなければならない。
面倒なのでわざと負け、この場から逃げ出したい気持ちにもなりかけるが、それはやはりまずい。キコナとの約束を守らなければ。
そういえば、キコナ・ヨズ・セケアやヤチコ・ベナは観客席にいるのだろうか。出場はしていなかったようだが。