調べモノをしたので
バシャークがきた。随分青い顔をしており、苦痛をこらえているようだった。
腕をおさえているところを見ると、骨折か。
「ああ、君か。かっこ悪いところをみせたな。あまり気にしないでくれ」
彼はそういったが、実に苦しそうだ。
もう一人騎士が飛び出してきて、バシャークを横から支える。腕以外にも、怪我をしているらしい。
彼は気力でこらえているようだが、歩行にも支障をきたすほどだからよほど痛いにちがいない。怪我の具合も気になるが、あれは戦闘による負傷にちがいなかった。
となると、バシャークをあれほど痛めつけるほどの者とは?
「先ほど、謁見の間に入ったあの若者でしょうか」
イリスンが口を開いた。
私たちはなんとなしに廊下で話しこんでいたが、若者たちが謁見の間に入ってからまだそれほどの時間は経っていない。
圧倒的な実力差だと思われた。バシャークを軽くいなすほどの力をもっているというのだろうか、あの若者が。
「かもしれないな。イリスン、少し頼んでいいだろうか?
彼らに関しての情報を集めて欲しい。ひとまずは評判だけでいい、噂程度で」
「かしこまりました。昼食後でよろしいでしょうか」
「そうだな。食べてから考えよう」
バシャークを見送った後、私たちは昼食を頂くことにした。城で用意されたものをいただけるとは、ありがたいものだ。
むろんのことだが賓客にだすものを用意されたのでかなり豪華なものだった。
食堂に行くなり、「それではお食事の用意をさせていただきます」と言われて食前酒をお出しされる。そこから30分ほど、次々と見事な料理がだされてきた。
私の体格を見たのかかなりの量があったが、残すのもよくなかろうと判断して全ていただいた。このくらいはいける。
だが、驚くべきはイリスンである。彼女に用意されたものも私ほどではないがかなりの量があった。それでも、全部たいらげてしまったのである。デザートまで残さず詰め込み、いまや椅子の上でうーうーと唸っている。
「イリスン、大丈夫か。というか、動けるか」
「少しばかり、食休みを頂きたく……」
仕方がない。私は食堂を出たところで、廊下に設置された長椅子に腰掛ける。引っ張ってきたイリスンもそこに座らせて、しばらく休む。すぐに動くのもよくないだろうし、このまま休んでいくとしよう。メリタの見舞いはまた明日にせざるを得ない。
イリスンはうーうーと唸ってばかりで動かない。はしたなくも、そのまま椅子に横になり、たいへん苦しそうだ。
自業自得なのだが、少しかわいそうに思ってしまう。
「まあ、そうだな。無理はいけない。休んでいるがいい」
「ありがたきしあわせ」
大層な言い方をして、イリスンは目を閉じてしまう。
しかし、接近する影に気付いた私は彼女の肩を軽く小突いた。かわいそうだが起こさざるを得ない。
「悪い、おきてくれ。件の彼らがやってきた……」
「ええ、なんですって」
私は身を縮めて少しでも目立ちにくくしたが無意味だっただろうか。
廊下の先からツカツカと、あの若者たちが歩いてやってくる。
だが特に彼らは私に気をとめることもなく、悠々と食堂に入っていく。どうやら昼食をとりにきたらしい。
もしかすると彼らは私たちと同じように、血筋や実力を見込まれて城に招待されていたのかもしれない。それなら、私たちの後を追いかけるように謁見の間から食堂へと動いていることも得心がいく。
「行ってしまったか。話しかけてみるかい、イリスン」
「い、いえ。必要以上にこちらの存在をアピールする必要はないでしょう。
こっそりとあちこち行って調べてみます。でも、もう少し休ませていただければ幸いです」
「ふむ、わかった」
イリスンを一人にするわけにもいかないので、私はその場から動かない。
これはただのカンだが、バシャークに怪我をさせたのは彼らではないかと思う。私たちと同じように、バシャークを相手に戦ったのではないか。結果として、近衛兵のバシャークが怪我をした。多分間違いないだろう。
彼らと鉢合わせしないように、イリスンの体調が戻ると同時に私たちは城から出ることにした。
イリスンはそのまま情報集めのために町の中へ消えていく。私も彼女とは別に行動することにした。
その日の夜、宿に戻ってきたイリスンは調べてきた情報を私の前に差し出す。
「およそ、彼らの素性はわかりました。ハッキリ言えば、あなたとは逆の存在といえます。
あの若者の名はリジフ・ディー。首都で育ってきた、スリム・キャシャの曾孫です」
「曾孫か」
スリムも生きていればそろそろ90歳近くになるはずなので、あの年代の曾孫がいるとしても不思議ではない。若い時分から子供をつくっていたのだなあ、という感想がでるくらいである。
「年齢は20歳ちょうど。驚くべきことにスム、あなたより年上でした。信じられませんが。
ともあれ、彼は幼少期から優れた剣の才能を周囲に見せ付けていまして、その期待を集めてきております。
ですがディー家の者たちは彼を推挙することもなく、彼が彼なりの幸せをつかむことだけを望んでいたようです。しかし彼自身は自分の力を信じるところが大きかったのか、自ら王に対して売り込みをかけ、直々の召喚をいただいたということです」
「ああ、なるほど。
それで君は私と逆の存在だと言ったのだな」
母に売り込まれた私と、自ら売り込んだリジフ。イリスンには対照的に見えたのかもしれない。
「それと、周囲にいた女性については一人だけ正体がわかりました。あの太ももを晒すような服を着ているのがヤチコ・ベナという名です。
リジフとは幼い頃からの知り合いで、すでに深い仲であろうという噂がたっております。
また、彼女自身も弓を用いて戦う手段を得ているとのことであり、役立たずではないようです」
「あんな細腕で弓をうつのか。人は見かけによらないな」
私はヤチコというらしいあの女性の姿を思い返してみたが、やはり腕は細い。とても弓をひけるとは思えなかった。
「ああ、ロングボウではなくクロスボウを扱うそうです。なかなかの腕だとか」
「ふむ。それで、もう一人のほうはわからないままか。こっちに挨拶をしてくれた方は」
「そちらはまだ調査中です。名前もわかりません」
ふむ。私は口元に手をやって、少し考える。
リジフは地元の期待を集める若者なのだろうし、少し近づいた女性がいれば、話題に上って不思議ではない。にもかかわらずイリスンが調べられなかったということは、彼の仲間になってまだ日が浅いか、リジフ自身が彼女の存在を秘匿しているのだろう。
特に私はリジフたちと対立するつもりはない。
しかし気になる。バシャークを容赦なく骨折させるような実力をもっているのだ。
グリゲー一派の掃討に手を貸してくれればかなり頼れるにちがいないが……。
「スム様。城で見た限りではリジフたちはかなり図に乗っていますね。
お調子に乗った若者という感じでしかみられません。ここは一つ、あなたさまの力でヘコませてやるくらいで丁度いいのでは」
「そこまでするほどではあるまい。彼とて王に請われた勇士であるし、魔物たちから市民を守ってくれるだろう。
私はグリゲーと、彼は魔物と戦う。それでいいじゃないか?」
イリスンの言葉に私はそうこたえたが、自分でもそううまくいくだろうとは全く思っていない。
リジフはあまり信用できない。
私は直感的にそう思っているのだ。