カンペキな変装です
「今後どうしていくのですか? グリゲーたちと争うのはわかりますが、正面からいったところでかないません。
こちらに汚名がかかるばかりだと思いますが」
イリスンが宿の食事を詰め込みながらそんなことを聞いてくる。あれほど昼間に食べたのに、もう腹がこなれたというのか。
その健啖家っぷりを見ながら言葉を返す。
「色々と考えてはいるよ、イリスン。今までだってただ日銭を稼いでいただけではない。
ジャクのように無力から奴隷に落とされるような子を増やさないためにも、活動は早いほうがいい」
「それはそうでしょうけど、一体何をなさっているんです?」
「そうだな、下準備だ。本格的な行動は今夜から開始するよ、早いほうがよいに決まっているが、なかなか」
「ほう、今夜はお出かけですか。夜鷹でも買いにいかれるのですか?」
なにをいっているのか……。そんなヒマはない。
私は即座に否定をして、仕掛け時計に目をやった。少し休んでから出かけるとしよう。
夜の帳に落ちたガーデスの中を、歩き出した。
イリスンはついてきてはいない。明日もリジフたちについて調べてもらう必要があるからだ。
ここでするのは、私の仕事。
これまでの状況と調査から、奴隷商人たちの行動パターンが把握されつつあるのだ。今夜こそ行動を再開する可能性が高い。であるなら、ジャクのような被害を未然に防ぐために行動をとらざるを得ない。
一応こうしたことはヒャブカ将軍にも伝えてあるが、衛兵たちの行動を仕切っているのがグリゲーである以上、どうしようもない。
つまり、私が警邏する他はないのだった。
私は首都の北部にある貧民街を歩き出す。
ツカツカと歩き回っているわけであるが、それだけで十分だ。気配がわかる。
何やらよくないことを企んでいる連中が多いこと。それと、欲望のにおいが強い。ひどい気配がする。
比較的、夜目は利くほうだと思う。しかし私は闇の中を見通せるような視力をもたない。
ここで戦闘になるのはあまり歓迎できなかった。とはいえ、事件がおこるかもしれないと思えば巡邏するしかないのである。
今の私の格好は真っ黒いローブを着込んでおり、顔は布を巻いて覆い隠している有様だ。顔を隠すのに使った布が予想外に長かったので、あまりはそのまま背中に流しているが、実に怪しいことこの上ない。顔を見られないためには仕方ないことなのだが。
私は闇の中に隠れているのだが、さて。
そろそろコトが起こるのではないかと予想を立てている。
『使い捨て《ディスポーザブル》』のジャクを解放してから少し時が経っている。つまり、私が捕らえた男たちもそろそろ活動を再開しているはずだ。
ホトボリがさめたと思って、やるはずである。たとえそう思っていないとしても、そろそろ仕事を始めなければ彼らも窮することになるだろう。このガーデスという首都の規模と奴隷産業の利益率を考えるとどうしても『そうなる』のだ。
彼らはやるしかない。やるとするなら、前回とは違うところで奴隷を確保しようとするだろう。それも、ジャクの補填……。
あの短剣は彼らの懐に入っただろうが、彼らは私からジャクを取り返すことを前提に動いていた。おそらくジャクの売却先は既に決まっていたのだろう。
なれば、貧民街から適齢の女性をかっさらうのが手っ取り早い。
あとはカンだが。
見張っていれば恐らくは来る。
貧民街といってもかなり広いから、そこは気をつけなければ。
ただ一箇所の闇に潜むだけで終わってはいけないのだ。警邏しなければ。ただし、奴隷商人たちに見つからぬように。
そして、私だと気付かれないように被害者を助けなければならない。そこが大事なのだ。
何しろ城に出入りを許された身なのだ。既にちょっとした身分である。実際はただの浮浪者に近い田舎者だが、有名人となってしまっているのだから仕方がない。正体がばれると面倒だ。
『スム・エテス』がただの田舎者であるからには、彼の名声を高めることはできないのだ。
「そっちか」
私はにおいを感じ取った。風で流れてきたものだ。
十分にその源の位置を嗅いだ後、素早く口元を布で隠す。そうして走り出した。
血のにおいではない。もう少し生々しく、肉感的なものだ。
急いだほうがいいな。私は強く大地を蹴りこんだ。右か。
暗い中を急ぐが、目前に何か突然、明るいものが入り込む。走っているようだ。
足を踏ん張って急停止する。
同時に目の前の明るいものも停止。どうやら、灯かりを持った人間らしい。私より背が低いようにみえるが。
(スム!)
細い声。だが、驚きのような声を上げたいのはこっちである。
灯かりをもって走っていたのはメリタだったのだ。
(メリタ!? こんなところで何をしてる)
問い詰めかける私だが、メリタは首を振る。そして道の先を指差した。
ああ、確かにごちゃごちゃとこのようなところで話し合っている場合ではない。一刻を争う事態のはずだ。
私とメリタは目的地に向けて走り出している。ただよう空気に、血のにおいが混じってきた。これはいけない。
(というかメリタはよくこの格好の私を見て即座にスム・エテスだと判別できたものだ)
走りながら私は一瞬そんなことを考えて走るメリタの横顔を見たが、彼女は私の腹部を横目で見ていた。




