第42話 第七話?「お菓子な子どもと遭遇 ルクス、新たなる力」⑤
Side:ティアルクス
モール内の一角。人の気配が消えた空間。
1階の広いフロアで、その怪物は叫び、暴れていた。
『マブイナー!』
ヤシの木のマブイナーだ。
観賞用として植えられていたヤシの木が、今はひとりでに動き、その長い幹を振り回して破壊活動に勤しんでいる。
「せっかくのゴールデンウィークを邪魔するなんて、許さないんだから!」
指を突きつけた私の両隣から、キャンデラとルーメンが声を発する。
「闇の戦士の姿が見えないね」
「この前みたいに隠れてるのかもしれないわ」
「また陽動かい? しかし、リンリン君は妖精のことは何も言っていなかったぞ?」
闇の戦士がいないのは気になるけど、今は目の前のことに対処しなければいけない。まだ避難できていない人がいるかもしれないのだ。
「それでもマブイナーは見逃せないよ。みんな、行こう!」
「ええ!」「ああ!」
私たちはマブイナーめがけて飛び出した。
『マブイナー!』
走り迫る私たちに対して、マブイナーがその長い幹で横薙ぎを放つ。ルーメンは上に跳び、キャンデラは紙一重でかわし、私は床に滑り込んで回避した。
「てりゃあっ――!」
マブイナーの根元を蹴りつける。
ルーメンは上空からパンチ、キャンデラはドロップキックを放っていた。私たちの攻撃を受けて、マブイナーは後ろに押し出される。
『マブイナー!』
頭頂部を振り回して、マブイナーはヤシの葉を大量に撃ち込んできた。細く鋭い葉が私たちを襲う。
床を蹴って、葉っぱを回避。そこから再度攻撃を試みるが、幹による薙ぎ払いと葉っぱの連射に阻まれ、なかなか接近できない。
「幹が細い上にこの攻撃だ。戦いづらいね。早めに決着をつけたいものだ」
「何とかあの幹の動きだけでも止めたいわ」
「私がやってみる!」
私は撃ち出される葉っぱを避けつつ、マブイナーの薙ぎ払いを身体を張って受け止めた。
……くっ、重い!
床に足を突き立て、靴底で擦過音を響かせながら踏みとどまる。
「2人ともお願い!」
『はーッ!!』
薙ぎ払いを止められ、体勢を崩して横倒しになったマブイナー。ルーメンとキャンデラは、その胴体にかかと落としを叩きつけ、へし折った。
『……マブイナー!!』
衝撃で床に打ち付けられたマブイナーが、堪らず声を漏らす。よし、動きは封じた。このまま最後はフォトンレイで浄化だ。
次の動きを頭の中で組み立てた、その瞬間だった。
背後の高い位置、2階の渡り廊下の方から、異様な存在感を察知する。肌が粟立ち、身が竦むこの感覚は、
「あなたは!」
『久しいな、ラブティア』
シルバーグレイの毛並みに美しいシルエット。人の身の丈ほどもある巨狼が、そこにいた。
「闇の戦士ルナーラ!」
「今回の騒動の中心はあなたなのね!」
キャンデラとルーメンの台詞に、しかし巨狼ルナーラは反応を返さなかった。ただ辺りを見回して、小さく“いない?”と呟くのみ。
何がいないのか知らないが、私たちのことは眼中にないかのようだ。こんな騒ぎを起こしておいて、許せない。
「みんなのお休みを邪魔した責任、取ってもらうんだからね!」
『何を言っている。そもそもそのマブイナーは―――』
そこへ、
『ピー』
私たちと巨狼の間を、光の玉が悠々と泳いでいった。
手のひらサイズのシャチの姿をした妖精が、私たちの前に現れたのだ。
まさかこんな場所に妖精がいるなんて。人混みのせいでリンリンも気づかなかったのだろうか。いや、今はそれよりも、闇の戦士ルナーラに先を越されるわけにはいかない。
『――もらった!』
2階の手すりを足場に、ルナーラが跳ぶ。それを追うように、ルーメンも跳んだ。
「させないわっ!」
『――っ!?』
妖精めがけて動くルナーラに対して、ルーメンは彼女自身を狙って動いた。空中でルーメンと狼がぶつかる。
互いに弾き合い、両者は床に着地した。
目線を合わせ、相対する。何とか、このまま闇の戦士ルナーラを引きつけて、その間に妖精を確保したい。
身構える私たちを前に、巨狼が突然叫んだ。
『何をしたッ!?』
明らかに怒気を含んだ声に、私たちはたじろぐ。
「何もしてないよ!」
『嘘をつくな!!』
意味が分からない。彼女が急に怒り始めた理由が理解できない。
『そんな匂いをさせておきながら! 何もないわけがない! どこにやったんだ!?』
もはや会話になっていない。だが、
……匂い? 匂いってなに?
彼女は何か嗅ぎ取って怒っているのか? だとしても、怒られるようなことをした覚えはない。
私たちが今日やっているのは人助けだ。ぶつかった迷子の子を助け、マブイナーから皆を守っただけだ。
「悪いことなんてしてない!」
『嘘をつくなーっ!!』
ルナーラは絶叫し、狼の姿のまま突っ込んできた。
『我流闇国真拳、おて!』
巨狼が右の前足を、私たちめがけて振り下ろす。
「何か分からんが避けるんだ!」
キャンデラの声で、咄嗟に私たちは三方に横っ飛びで避けた。右に跳んだ私は直後、恐ろしい光景を目にする。
狼の振り下ろした前足が床に触れた瞬間、その周囲数メートルの床が、まるで隕石でも落ちたかのように陥没したのだ。
「うそ……」
とてつもない威力に顔が強張る。
『我流闇国真拳、おかわり!』
巨狼の動きは止まらない。
前傾姿勢だった狼は身を捻り、左の前足で宙を殴った。数瞬の後、私たち全員が見えない力に吹き飛ばされる。
「くは……!」
モールの壁に激突。肺の空気が飛び出て咳き込む。
『我流闇国真拳奥義、臥狼の咆哮!』
さらに追撃を受けたのはルーメンだった。後方に跳んでいたうえ、巨狼の正面にいたせいで標的にされたのだ。
「きゃあ―――!」
先ほどの攻撃よりもさらに威力の増した気当てによって、ルーメンは一瞬でモールの奥まで吹き飛ばされた。
歯を食いしばり、立ち上がる。向かいの壁で、同じく立ち上がっていたキャンデラと目が合った。アイコンタクトを送り合い、私たちは反撃のために同時に走り出す。
巨狼との距離を一気に詰める。
私はキャンデラと共に巨狼を殴りつけた。そのまま連打し、少しでもダメージを残そうと必死に拳を振るう。が、
『我流闇国真拳、おまわり!』
巨狼は身を翻し、その逞しい尻尾で私たちを再び薙ぎ払った。
力を込めた動きではなかった。だが、尻尾が帯びた不可視の力をまともに食らい、私たちは吹き飛ばされる。
戦闘で荒れた床を、身体が勢い任せに滑っていく。
何とか手をついて起き上がるが、たった2度のダメージで身体はすでにボロボロだった。
差がありすぎる。
巨狼が近づいてくる。静かに唸り声を漏らしながら、ゆっくりと一歩ずつ近づいてくる。
『マブイナー!』
巨狼と戦っている間に、マブイナーが復活してしまった。私たちが折った幹を修復して起き上がり、ルナーラを援護しようと彼女に近づく。が、
『邪魔だっ!』
巨狼はなんと、いきなり接近してきたマブイナーを攻撃し、一撃で破壊してしまった。幹ごと粉砕されたマブイナーは、力を失って、その場に倒れ込んだ。
ヤシの木を侵食していた根や蔓が、急速に萎れていった。
「……はは、バーサーカーだね」
キャンデラが苦笑する。笑いごとではないが、笑ってしまうほどにまずい状況ではある。
『――おかわり!』
左前足での薙ぎ払いが来た。
床を蹴って必死に回避を試みるが失敗。私は再び壁に激突した。ズルズルと背中を擦って、床に落ちる。身体に力が入らない。
視界の先では、キャンデラが追撃を受けている。必死に抵抗しているが、1人で太刀打ちできる相手ではない。
……どうして。
「どうしてこんなことになってるの?」
負けたくない。平和な日常を、これ以上壊されたくない。
『……にゃあ』
どこからともなく、声が聞こえる。
誰の鳴き声だろう。
『ニャー』
近くから聞こえる。これは、
「ラブティアホン?」
腰のポシェットに入ったラブティアホンが反応している。画面が明滅して、何かを訴えるように鳴き声を出していた。
『ピー』
シャチの妖精が宙を泳いでいる。
……そういうことなの?
頭の中に浮かんでくる言葉を信じて、私は最後の力を振り絞ってジャンプした。泳いでいる妖精を掴み、抱きかかえる。
「お願い! 力を貸して!」
『ピー!』
『ニャー!』
その瞬間、ラブティアホンが輝いた。桜色の光がポシェットから飛び出し、私の左手首に巻き付く。
「これは―――」
スマートウォッチだった。
『ピー!』
私が抱き寄せていた妖精が、自らスマートウォッチの液晶に飛び込む。
スマートウォッチ越しに、妖精の力が伝わってきた。
「これなら!」
いける!
私は確信した。そして、すぐさま振り返り、必死に戦ってくれているキャンデラを見る。
「今助けるよ、キャンデラ!」
私はスマートウォッチ――ラブティアウォッチを構えた。
「――エンゲージ!」
掛け声と共に、ラブティアウォッチが輝く。液晶の中では、シャチの妖精がドット絵になって動いていた。
「ラブティア・スターライトアタック!」
ラブティアウォッチから溢れた力が桜色の輝きとなって、全身を包む。
私はひとつの流星となって飛んだ。
『――!?』
闇の戦士ルナーラが私に気づく。
だが、もう遅い。咄嗟にこちらへ向き直った巨狼の身体を、私は確実に捉えた。
腕をクロスして、巨狼の胸に衝突する。そのままモールを支える壁に押しつけた。
『ぐは……っ』
巨狼が苦悶の声を漏らす。
「何に怒ってるのか知らないけど、私たちは悪いことなんて何もしてない!」
私は力のままに叫んだ。
「さっきだって、迷子の子どもと一緒にケーキを食べてただけなんだからー!!」
『――!?』
瞬間、桜色の光が爆ぜた。
巨狼は吹き飛ばされたものの、身を翻して壁に着地し、そのまま走って逃げていった。
突貫の勢いを失った私は、そのまま柱の下に逆さまになって落ちる。ひとりスープレックス状態だ。
「勝った、のかな?」
私はまだ、あの強敵ルナーラを追い返せたことに半信半疑だった。
「ああ、勝ったよ、アカリ君」
「すごいわアカリさん」
ボロボロになった2人が、私のもとに駆けつけて、声をかけてくれる。
「そうか。私たち、あの人に勝ったんだね!」
辛勝かもしれない。だけど、負けなかったことが嬉しくて堪らなかった。
私たちは戦える。それを知れただけで嬉しかった。
葵さんとアンナさんに、私は勝利のVサインを送った。




