包囲網とヤケクソの魔獣カプセル
包囲網とヤケクソの魔獣カプセル
「あべぇぇぇぇぇっ!?」
「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」
ポポロ村の村外れにある、人気のないボロ倉庫の前。
深夜の静寂を切り裂くような情けない悲鳴と共に、夜空から二つの影がパラボラを描いて墜落してきた。
ドサァァァンッ! という鈍い音を立てて地面に激突し、土煙を上げたのは、隣町の高級キャバクラから『第6聖獣の次元パンチとカカト落とし』によって物理的に放逐された詐欺師コンビ――火原と鮫島であった。
「い、痛てぇ……! なんなんだよあのヤンキー! 現場の腕力より理不尽じゃねぇか!」
安物のダブルスーツを焦がし、顔面を真っ黒に腫らした火原が、地面を這いつくばりながら呻き声を上げる。
「お、俺のテカテカ青スーツが泥だらけッス……! あんなのリスク管理の想定外ッスよ! 完全にプロジェクト崩壊ッス……!」
鮫島もまた、自慢のオールバックを鳥の巣のように乱し、涙と鼻水にまみれて嗚咽していた。
純金の壺(三日限定)による不労所得ライフは、キャバクラの無銭飲食という最悪の形で幕を閉じた。
全てを失い、満身創痍で逃げ帰ってきた彼らにとって、このボロ倉庫だけが唯一の逃げ込み寺だった。
「クソッ……一旦ここで身を隠して、また最初から情弱を狩ってマインドセットを立て直すしか……」
鮫島がよろよろと立ち上がろうとした、その時である。
「――お帰り。随分と派手な『強制送還』だったようだな」
闇夜に、カチャリと伊達メガネのブリッジを押し上げる音が響いた。
ボロ倉庫の入り口。そこに立っていたのは、チャコールグレーの細身のスーツを隙なく着こなした男、加藤真守だった。
その隣には、ニンジンスティックを齧りながらウサギの耳をピンと立てている村長・キャルルの姿がある。
「なっ……!?」
「て、テメェは! あの時、俺の開運セミナーをぶち壊したインテリヤクザ!」
火原が目を見開く。
「四十八時間でゴミに戻るステータス偽装と、七十二時間で石に戻る偽金錬金術。……俺の計算通り、綺麗に自滅してくれたようだな」
マモルは、手に持ったバインダーをバンッ!と叩き、冷酷なオカンの視線で二人を睨み下ろした。
「クーリングオフの手続きと、特定商取引法違反の事後処理(制裁)をしてやるために、わざわざ出迎えてやったぞ」
「ふざけんな! 俺たちは被害者だぞ! あんなわけのわかんねぇヤンキーに殴られて……!」
「黙れッ! この村の法と秩序を乱した罪人どもめ!」
火原の反論を遮るように、怒気に満ちた凛とした声が響き渡った。
ズシン、ズシンと、重厚な蹄の音を響かせて暗闇から姿を現したのは、ポポロ村自警団リーダー・マンミアだった。
彼女の左腕には攻防一体の凶悪なパイルバンカー式シールド『アグニ』が装備され、右手には分銅付き鎖『メビウス』がジャラジャラと鈍い音を立てている。
その後ろには、九九式魔導小銃を構えた重武装の自警団員たちが、完全に二人を包囲していた。
「ひぃっ!? け、ケンタウロス!?」
鮫島が腰を抜かす。
「貴様らの詐欺被害の報告は、マモル先生から全て聞いている! 善良な村民から暴利を貪った罪、決して許さん!」
マンミアが、騎士としての生真面目な怒りを露わにし、パイルバンカーの銃身をガシャリとスライドさせた。
「ポポロ村の掟により、貴様らにはドンガン地下帝国での強制労働か、シーラン国の『マグローザ漁船』行きの二者択一を宣告する! ……と言いたいところだが、すでに逃亡の恐れがあるため、マグローザ漁船のタコ部屋への片道切符を即時執行する!」
「マ、マグローザ漁船ッスか!?」
「ふざけんな! あんな怪獣魚を釣るタコ部屋に乗せられたら、一生借金で海から帰れねぇじゃねぇか!」
火原と鮫島が、顔面を蒼白にして絶叫する。
「マモルさん、やっちゃってください! 私、こういう悪い人たちは大嫌いです!」
キャルルが、特注の安全靴の踵を鳴らしながら臨戦態勢に入る。
完全に逃げ場を失った絶体絶命の状況。
だが、鮫島はまだ諦めていなかった。彼は震える手で懐から黒く光る『魔導通信石』を取り出した。
「ま、待て! 俺たちにはバックに『ナンバーズ』がついてるんスよ! スリーさん! スリーさん、応答してくれッス! ヤバいんスよ、助けてください!」
鮫島が通信石に向かって泣き叫ぶ。
『…………』
通信石の向こう側から、わずかなノイズの後に、氷のように冷たい男の声が響いた。
ナンバーズのNo.3、大商人ギリルク(スリー)である。
『……やれやれ。騒々しいと思えば、またお前たちか』
「スリーさん! 俺たち、ポポロ村の自警団に囲まれてるんス! テレポートで回収してくれないと、組織の秘密を全部ゲロっちゃいますよ!?」
鮫島が、半ば脅迫じみた悲鳴を上げる。
『ほう。脅しのつもりか?』
スリーの声は、全く動じていなかった。それどころか、呆れ果てたようなため息すら混じっていた。
『粗悪な壺を売るだけの簡単なシノギすら完遂できず、挙句の果てに隣町のキャバクラで無銭飲食の騒ぎを起こし、調停者(第6聖獣)の逆鱗に触れて空を飛ぶ。……そんな情報を、我々の情報網(フォーの千里眼)が把握していないとでも思ったか?』
「え……っ」
鮫島と火原の心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。
『貴様らのような底抜けのバカは、我が組織にとって完全なる不良債権だ。トカゲの尻尾切りという言葉を知っているか? せいぜい海の上で、魚の餌となって人生のステータスを清算するがいい』
ブチッ。
通信は、無慈悲に、そして一方的に切断された。
「あ……あぁ……っ」
鮫島の手から、通信石がポロリとこぼれ落ちる。
「お、終わった……。俺たちの勝ち組ライフが……。ドンペリが……」
火原も膝から崩れ落ち、虚無の表情で天を仰いだ。
「身内にすら見捨てられたか。完全な自業自得だな」
マモルが冷ややかに言い放つ。
「マンミア、連行しろ。明日には漁船への直行便に乗せてやれ」
「はっ! 自警団、構え!」
マンミアの号令と共に、団員たちが魔導小銃の銃口を二人に向ける。
完全なるチェックメイト。
しかし、極限の絶望と恐怖は、時として小悪党を最悪の『暴走』へと駆り立てる。
「……冗談じゃ、ねぇッス」
鮫島が、俯いたままギリッと歯を食いしばった。
「冗談じゃねぇ! 俺はITコンサルで! 勝ち組の冒険者になるはずだったんだ! マグローザ漁船なんかで、一生魚臭い人生を送るなんて、絶対に嫌ッスよぉぉぉっ!!」
鮫島は発狂したように叫びながら、懐の奥底から、禍々しい紫色の光を放つ『カプセル』を取り出した。
アバロン魔皇国の闇市場から、スリー経由で仕入れていた違法魔導アイテム――『魔獣カプセル』である。
「なっ……鮫島、お前それ!」
火原が血相を変える。
「火原さん、こうなったら道連れッスよ! 俺たちの究極のマインドセット(狂気)を、この村に見せつけてやるッス!!」
「や、やめろ! 俺たちにそんなモン制御できるわけが……!」
火原の制止も虚しく、鮫島はヤケクソの力で魔獣カプセルを地面に思い切り叩きつけた。
パァァァァァァンッ!!!
カプセルが弾け飛び、中からドス黒い瘴気と魔力が爆発的に膨張した。
空間が歪み、凄まじい咆哮と共に、その姿を現したのは――アバロン魔皇国の闇魔法で合成された、Aランク指定の凶悪な合成魔獣だった。
獅子のような巨大な頭部、山羊の角を持つ筋骨隆々の肉体、そして猛毒の牙を剥き出しにした蛇の尻尾。
その巨体はボロ倉庫の屋根を軽々と突き破り、ポポロ村の夜空に狂乱の産声を上げた。
『ギュルルルオォォォォォォォォッ!!!』
「ひぃぃぃぃっ!?」
「で、でけぇッ!? 俺たちまで食われるぞ!」
魔獣を制御する能力など1ミリも持たない鮫島と火原は、キメラが最初に自分たちへ向けて殺意の牙を剥いたのを見て、脱兎のごとく悲鳴を上げて逃げ惑い始めた。
「チッ……最後っ屁に違法魔獣を召喚したか! なんて迷惑な連中だ!」
マモルが舌打ちをし、三節棍を構える。
「マモルさん、私がやります! 村に被害を出すわけにはいきません!」
キャルルが安全靴の踵を鳴らし、闘気を高める。
「自警団、射撃用意! 対象はAランク魔獣だ、総員で制圧するぞ!」
マンミアもパイルバンカーを構え、部下たちに指示を飛ばした。
自業自得の詐欺師コンビが引き起こした、怪獣パニック映画さながらの大立ち回り。
だが、この夜のポポロ村には、彼らの想像を絶する『最強のデバフ要員』と『非常識な物理オカン』が控えていることを、彼らはまだ知らなかった。
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