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告白

 空が低い。

 十一月に入ってから、朝の空気はすっかり冬の気配をまとっていた。

 グラウンドの端の銀杏が、風に揺れるたび、ぱらぱらと音を立てて葉を落とす。

 その黄色の海の中を、私は無言で歩いていた。

 ポケットの中のスマホが、何度も震える。

 

 ——かえで、からだ。

 

 “今日、話がしたい。いつもの神社で。”

 そう書かれたメッセージを見たとき、胸の奥で何かが小さく軋んだ。

 


 放課後、校門を出ると、空が赤く染まり始めていた。

 部活の声が遠くから聞こえる。

 バスケットボールがコートに弾む音。

 私の楽しい記憶が詰まった音だ。

 私はゆっくりと坂を登り、神社の鳥居をくぐった。

 木々の隙間から、沈みかけた夕日が差し込んでいる。

 境内には、かえでが立っていた。

 制服のまま、風に髪を揺らしながら。

 笑っていた。

 いつものように。

 


 「来てくれたんだ」

 「……うん」

 「寒いね」

 「そうだね」

 沈黙が落ちる。

 鳥の鳴き声も、遠い。

 私は鞄の中のノートを握りしめた。

 そこには、私たちが調べてきたすべての記録が書かれている。

 田角あかりのこと。

 河原で見つかった二人目の被害者のこと。

 そして——かえでのこと。


 「ねえ、かえで」

 「ん?」

 



 「どうして……あの日、あんな時間に、田角先輩のところに行ったの?」

 



 その瞬間、かえでの表情が、わずかに揺れた。

 「……どういう意味?」

 「記者さんが言ってたの。現場のカメラに映ってた“女の人”、あれ……制服、だったんだって」

 「……へえ」

 「髪の長い、背の高い女の人。……それって、かえでだよね?」

 風が吹いた。

 銀杏の葉が一枚、彼女の肩に落ちた。

 かえでは笑った。

 けれど、その笑みは、いつものように明るくなかった。

 「……やっぱり、気づいちゃったんだね」

 その声が、まるで諦めたように優しかった。


 


 私は息を呑んだ。

 「どうして……かえで」

 「ねえ、みか。あのとき、あかり先輩が言ってた言葉、覚えてる?」

 「え?」

 「“あんたの友達、なんか暗いね”って。笑って言ってたよね」

 「それ、ただの冗談で——」

 「冗談? 違うよ。あの人、みかのこと悪く言ってたんだよ。私、聞いちゃったの」

 かえでは一歩、私に近づいた。

 その目は、まっすぐだった。

 「“月野って、裏では人の顔色ばっか見てるくせに”って。みかのこと、笑ってた」

 「……そんなこと、信じない」

 「信じられなくてもいい。でも、私は聞いた。あの人が、みかを見下してる声を」

 かえでの声が震える。

 「だから、殺したの?」

 「違うよ。——守ったの」

 「守った……?」

 「だって、あんなふうに笑う人、みかの近くにいてほしくなかった」

 その瞬間、胸の奥が凍りついた。


 「じゃあ……二人目の事件は?」

 「みかのこと、陰で悪く言ってた人。SNSにあったよ。気づかなかった?」

 かえでは笑った。

 「“偽善者”とか、“田角の死を利用してる”とか。許せなかった。みかは悪くないのに」

 「だからって……!」

 「でも、やっと気づいたんだ。ああ、私、もう戻れないんだなって」

 かえではポケットに手を入れた。

 ゆっくりと、銀色の光が覗いた。


 ——ナイフだった。

 

「かえで……やめて」

 「ねえ、みか。知ってた? 私ね、ずっとみかのことが好きだったの」

 声が、震えていた。

 「中学のときから。初めて話しかけてくれたとき、嬉しかった。部活で一緒に笑って、泣いて、試合に負けて……全部、宝物だった」

 「……だったら、どうして……」

 「みかを悪く言う人が、許せなかったの。世界中が敵でもいい。みかだけは、守りたかった」

 ナイフの刃が、夕陽に反射して光った。

 私は一歩、後ずさった。

 心臓が早鐘のように鳴っている。

 「ねえ、みか。二人で終わりにしよう? 一緒に、行こう?」

 その声は、泣いているようで、笑っているようだった。

 「いやだ……そんなの、いやだよ……」

 「でも、みかが“あの人たちもかわいそう”って言ったとき、分かったの」

 かえでの目から涙がこぼれた。

 「みかは、私と違う。良い人。優しい人。……だから、もうこんな汚れた世界を出よう?」


 

 その瞬間、背後の茂みから音がした。

 がさり、と葉が鳴る。

 「警察だ! 動くな!」

 何人もの足音が境内に響いた。

 かえでは驚いたように振り返る。

 「かえで!」

 私は叫んだ。

 「もうやめて! 全部、終わりにしよう!」

 「どうして……」

 かえでの手が震える。

 「どうして、裏切るの……?」

 「裏切ってなんかない! 私は——」

 その言葉を言い終える前に、かえでが叫び声を上げて走り出した。

 ナイフを振りかざし、まっすぐこちらへ。

 その瞬間、私はとっさに目を閉じた。

 銃声が響いた。

 耳鳴りがした。

 時間が止まった。


 気がつくと、私は地面に座り込んでいた。

 かえでは私のすぐ前に倒れていた。

 ナイフは手から離れ、土の上に落ちていた。

 警官たちが駆け寄り、周囲を囲む。

 「止血を! 救急車!」

 遠くで誰かが叫んでいる。

 でも、何も聞こえなかった。

 ただ、かえでの唇が、かすかに動いた。

 ——みか、ごめん。

 それだけを言って、彼女の瞳から光が消えた。


 




 あれから、二週間が経った。

 校舎の裏の銀杏は、すっかり葉を落とし、枝だけが空に伸びている。

 教室の窓際に座って、私はぼんやり外を眺めていた。


 あの日のことを思い出す。

 神社へ行く前、私は交番に寄った。

 机の上にノートを置き、警察官に言ったのだ。

 「今日、私が会う友達が、事件の犯人かもしれません。もし自分から“やった”と自供したら、その瞬間に捕まえてください」

 震える声で、何度も言い直した。

 警官たちは信じきれない顔をしていたが、真剣に聞いてくれた。

 私は、彼女を守りたかった。

 でも、止めなければならなかった。

 その両方の気持ちが、喉の奥で絡み合っていた。

 あのとき警察がすぐ動けるよう、私は神社の裏の山道に待機を頼んでいた。

 だから、あの銃声も、あの足音も、私が呼んだものだった。

 あれが、彼女を救う最後の手段だと信じていた。

 ——けれど、本当は救えなかったのだ。


 机の上には、一枚の封筒。

 “月野みかへ”と書かれた文字。

 かえでの字だった。

 事件のあと、警察から返された荷物の中に入っていた。


 震える手で、封を開けた。

 中には、一枚の便箋が入っていた。

 そこには、丁寧な字でこう書かれていた。


 > みかへ

 >

 > これを読んでるころ、私はもうこの世にいないかもしれないね。

 > でもね、後悔はしてないんだ。

 >

 > みかが優しくて、誰よりもまっすぐだから、私は壊れちゃったんだと思う。

 > みかを悪く言う人を見るたび、胸の中に黒い何かが広がっていった。

 > それを止められなかった。

 >

 > でも、最後に言わせて。

 > 私、本当にみかが好きだった。

 >

 > ありがとう。私の世界に光をくれた人へ。

 >

 > 西村かえで


 手紙を読み終えたあと、私はしばらく動けなかった。

 涙は出なかった。

 ただ、胸の奥にぽっかりと穴が空いたようだった。

 あの日の神社の風の匂いが、まだ残っている気がした。

 かえでの声も、笑い方も、全部、そこにあるのに。

 もう二度と届かない場所に行ってしまった。


 放課後、私はひとりでグラウンドへ出た。

 バスケットボールが転がっていた。

 かえでの名前が書かれたボール。

 拾い上げると、土の感触が手に残った。

 空を見上げると、薄い雲の隙間から、光が差していた。


 「かえで……」

 声に出すと、風が頬を撫でた。

 あの子がいた証は、確かにこの町に残っている。

 けれど、その優しさの裏で、彼女はゆっくりと壊れていた。

 私が気づけなかっただけだ。


 鐘の音が遠くで鳴る。

 夕暮れが落ちていく。

 私はボールを抱えたまま、空に向かって小さく呟いた。

 「ありがとう。私も、忘れないよ」


 その瞬間、風が吹いた。

 落ち葉が舞い上がり、グラウンドを黄金色に染めた。





今回で最終話となりました。

作者の“葉っぱ”と申します。名前だけでも覚えて帰ってください。

現在、小説家になろうでは秋の文芸展2025を行っています。

テーマである友情に沿って物語を作り、文芸ジャンルを盛り上げようというものです。


あまり読む人口がいない文芸ジャンル。

これを機にたくさん新しいジャンルを吸収していただけると嬉しいです。


前作のランクインありがとうございました。

高評価をお願いします。

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