呼び方
「ねぇ、ちょっと」
放課後。我らが茶道兼模型部は、いつも通り各々が好き勝手に活動していた。
部長は膝上で少女漫画を読み、千雪先輩と菫先輩はタブレット端末でイラストやらシナリオやらの作業中。古賀ちゃんも現在文のテストを作成して……いや、ダメだろそれは。
「ねぇってば」
で、里奈はといえば、さっきから誰かを呼んでいる。一体、誰なんだ? 部内で無視されるような性格は先生くらいなので、なにかおかしい。雑誌への集中力が落ちていく。
というか里奈は歳上に対して基本敬語のはず。けれど今回はタメ口だった。つまり、
「さっきから呼んでたの、俺だったのか……」
「そ、そうよっ。当たり前じゃない、こんな近くで呼ん――」
「ちょぉおおおおっと待ったぁあああああっ!」
唐突に大声を発した部長が勢いよく立ち上がり、腕を組んで里奈をじろりと見下ろした。
「いきなりびっくりしたねぇ」
「そーだよーぅ。手元が狂ってうっかり残念黒乳首なんて描いちゃったー」
「先生もうっかり〝独身教師の心情を答えなさい〟なんて問い、作っちゃったじゃないの!」
「それはどうなんですかね……」
ちょっと話がちがうと思う。そもそも正誤関係なく点をくれない気しかしない。
「それよりも大事なことがあんだよ! ほれ早く! 全員しゅーごーっ!」
「「「えー」」」
「んなっ! この部活でいっちゃんえらいの、誰だと思ってんだお前ら!」
「ちゆちゆでいいと思いまーす」
「え、あたしに決まってるでしょう?」
「色んな意味でペポくんかなぁ」
即答だった。部長はもちろん納得しておらず、「ぐぬぬぬっ」と犬みたいに唸っている。
さすがにこの中なら部長でいいと思う。しかしそのまま伝えるのはよくないことだ。
「部長が一番だと思いますよ。先生が先生らしいのも40日に一回くらいですし……」
「ちくちく言葉はひとみ、やーやなのぉ」
先生がわざとらしく泣き出す。こんな言葉が刺さるような生き方をしなければいいのに。
「だろー? ほれ見ろそら見ろ! ふんっ、つべこべ言わずにとっとと集まれってのっ!」
皆が「はーい」と横一列になっていく。それを満足げに見守る部長が、ポケットに常備したアメ玉をひとつくれた。ありがたくちょうだいし、俺も並ぶ。
それから隣に座った里奈をふと見れば、全身から尋常ではないほどの汗を流していた。
「うおっ! ど、どした里奈おまえ。すげぇ汗だけど」
「…………」
返事がなかった。下着も少し透けていたので、とりあえず見ないように視界から外す。
「よし。じゃあ端からひとりずつ行くぞ! チユ、スゥ、古賀ちゃん、ペポ、りーぽん!」
「千雪の番かな? ゆーちゃん、すーちゃん、古賀ちゃん、ペポくん、りーちゃんだねぇ」
「はいはーい! ゆまゆま、ちゆちゆ、えー……ぺぽぺぽ、りなりなだよーっ!」
「あたしはっ!? ねぇ、あたしはぁっ!? あ、あああっ、あんまりしょっぱいと全国のやっかいな先生ファンが黙ってないわよ! そうよね、波瀬くんッ!!」
「部長、千雪先輩、菫先輩、古賀ちゃん、里奈。ですかね」
「どぉぢでなのぉ……うえぇっ、うえぇ――……ぐへっ、ぅへへっ、いい足じゃないのぉ」
とか泣きながら露骨に太ももへすり寄ってくる先生。とりあえず数秒ほどで始末して部屋の隅に放り投げておく。いつの間にか関節技のバリエーションも増えてきた。
「終わった? まぁ、古賀ちゃんは基本名字だからいーんだよ。じゃあ最後、りーぽんっ!」
「え。あ、はい……由真先輩、千雪先輩、菫先輩、古賀先生で……その、えと……」
里奈はわかりやすく俺のところで黙ってしまった。え? なして? か、悲しい。
いや、俺なんかあいつにしたか? べつにいつも通り普通に呼べ、ばいい、の……あれ?
考え込んでいると部長が、たった今つい目を背けた現実をはっきりと口にする。
「呼んだことがない、それでいいんだな? りーぽん?」
「――――っ! ………………は、はい……」
うつむく里奈は申し訳なさそうにコクリとうなずいた。
「たしかに家でも〝ねぇ〟とか〝ちょっと〟とか。そんな感じな気が……」
「ふふ。ふたり暮らしなら名前を呼ばなくとも意思の疎通はできるからねぇ」
「というか貴戸さんは今頃気づいたの? やーいやーい、遅れてる遅れてるぅー」
「あー、話が見えてきたー。ぺぽぺぽ、今すぐトランプの用意だよー」
菫先輩の声に、部長は唇で弓を引くような笑みを浮かべる。楽しそーだなぁ……。
「そのとーりッ! つーわけで勝負に勝ったやつがりーぽんの呼び方を決めようっ!」
「え」
高らかな宣言だった。先輩たちは乗り気だし、自分優位を察した先生も復活している。
「なにりーぽん、負けるのが怖いの? そっかそっかー。あ、もちろん敗者は罰ゲームな?」
ひどい。実質4対1みたいなものだ。皆にニヤつかれた里奈がぷるぷると震える。
「ち、ちがいますっ! が、いいでしょう。ここで負けるアタシじゃありませんからっ!」
「ほほう、言ってみせるなぁ! じゃあ、つまり――」
「「いざ尋常に、勝負っっ!!」」
「――……ブクブクブクブク」
まぁ、負けたのはやっぱり里奈で。しかも大富豪、ババ抜き、ジジ抜き、七並べ、神経衰弱のどれも勝利できず、フォローもしづらい。もう潔く罰を受けるべきだと思う。
「さすがに五敗して文句ねーだろ。んじゃどーするよ? 私は無難に〝お義兄ちゃん〟だ!」
「えー、つまんなーい。わたしは〝旦那さま〟を推すよー」
「じゃあ千雪は〝お耳よわよわ大臣〟がいいかなぁ」
「ふたりともなにを言ってるの? こんなの〝ぱぱ〟一択でしょうに」
「いや誰の罰ゲームッ!?」
――結局。話はまとまらず、最終的にくじ引きで選ばれたのは〝お義兄ちゃん〟だった。
「つーわけでお義兄ちゃん確定な! 今月いっぱい。わかった、りーぽん?」
「うぅ……はい。アタシ、負けを素直に認められる女ですから。古賀先生とはちがうんです。でも絶対っ、今月いっぱい以上に伸ば、すの、は……――今月いっぱいっ!?」
長い。五月はまだその大半を残すのに加え、体育祭まで控えているのだ。かわいそうに。
「まーまー、りなりな。とりあえず一回、呼んでみよーかー?」
「えっ。ぁ……う、ぅぅ……お、おにっ…………お、お……――おにい、ちゃん」
涙目で顔を赤くする姿を目にし、先輩たちが「かーわーいい~っ」と甘ったるい声を出す。
たしかにかわいい。目と目が合う。だがすぐにそれ、里奈は和室を飛び出していった。
――以下、おまけ。
奈『里奈ちゃん、話は聞いたッ! このおれ様が妹魂を伝授してやっから安心しろぃっ!』
里『あぁああああああああああああああああぁああああっ!』
恵『姉さん、里奈様はご覧の通りセンシティブなお年頃ですから。どうかお手柔らかに』
菫『よーし。じゃあー、お手柔らかに点呼取るよー。ぺぽぺぽー』
千『ペポくん』
由『ペポ』
瞳『ぱぱ』
奈『智ちゃん』
恵『智成様』
里『おにいちゃんおにいちゃんおにいちゃんおにいちゃんおにいちゃんおにいちゃんおにいちゃんおにいちゃんおにいちゃんおにいちゃんおにいちゃんおにいちゃんおにいちゃん』
里以外 (……メンヘラっぽいなぁ)
智『なんでもいいのでトイレ占拠するのやめてくれませんかね……おねえちゃん』




