062 アリア(その1)
顔に何か冷たいものが押し当てられている。
(……な……に?)
「だ、だいじょうぶ?」
薄っすらと目を開けたアリアの前に、フランコの心配そうな顔があった。
「⁉」息を呑むアリア。(……どう、なってるの? ……ここは?)
「い、いたい、痛いところ、ない?」
フランコの声は優しげだ。
「あんあの? ああなあにいてうお?」
ちゃんと喋れない。口に猿ぐつわをされている。体は? 動かない。下を向く、後ろを向く。木に縛りつけられている。
だんだんと思い出してきた。自分が襲われたことを……お菓子を買った帰り道で……。……さらわれた?
アリアは聡い子だ。すぐに自分が置かれている状況を理解した。フランコが目の前にいることから明らかだ。
ステラを呼び出すために、自分はさらわれたのだ。
継嗣戦だ。ジーノが竜眼主だということは数日前にステラから聞かされていた。
(十分注意するようにって言われてたのに……ごめんなさい……スぅ姉さま)
アリアがガックリと首をうなだれる。
「だ、だいじょうぶ? あの、あの、どこかいたいの? くるしいの?」
俯いたまま動かなくなったアリアを心配してフランコが懸命に声をかける。
(うるさい!)アリアは顔を上げてフランコを睨む。(お前らのせいだろが!)
アリアに睨まれたフランコが怖気づいて小さくなる。
「ご、ごご、ごめんね。で、でも、あ、兄貴に怒られるから、縄は……ほどけないんだ」
フランコが申し訳なさそうな顔で謝る。
「フランコ、何やってる?」
「あ、兄貴。あの、こ、この娘、目覚ました」
「どけ。チロが戻ってきたから始めるぞ」とジーノ。
「何するの?」とフランコが訊き返す。
「あっ? さっき言ったろ! このガキから鱗亭の連中の話を訊く。さっさとどけ!」
ジーノに怒鳴られて場所を空けようとするが、思いとどまったのか動きを止めるフランコ。
「あの、あ、あんまり酷いこと、しないで、ね」
ジーノのことが怖いのだろう、少し震えている。だが、それでもフランコは、俯きながらもアリアのことをジーノに頼む。
「チッ。どけ!」
ジーノは手荒くフランコを押しのけ、アリアから猿ぐつわを外した。
「ガキ、久しぶりだな。今の聞いてたよな。連中のこと、大人しく話せ。なら、手荒な真似はしねぇ」
ジーノがニヤけた顔でアリアに告げる。
(誰が、あんたたちに話すもんか!)
アリアは真っ直ぐにジーノを睨みつける。お前などには屈しない、そう瞳に宿して。
(なめやがって! くそガキ!)
バシッ!
アリアの左頬が張られた。
それでもアリアは目を背けない。
バシッ!
反対側も張られた。
アリアは余計に瞳に力を込め、睨む。
「おい、ガキ。なめてんのか! てめえこの前俺に腕をひねられて泣いてたガキだろ? えっ? あんときみてえに泣けよ! おら!」
バシッ! バシッ! バシッ!
(あんたなんか怖くない。好きなだけ殴るがいい。もっともっと怖い目にあってきた。痛い目にもあってきた。だから平気だ。あんたなんかには、絶対に喋らない!)
何度も打たれる頬。目に涙を浮かべながらも奥歯を噛みしめ、下を向くことなくアリアはジーノを睨み続ける。
ハギオスドラコーンからビタロスに到着するまでに約半年ほどかかった。
その間に竜眼主とは二度戦った。ギリギリで勝ちはした。だが、命を狙われる怖さより、命を奪うことの辛さに耐えられず、皆で死のうと抱き合って涙を流したこともあった。
それ以外にも危険な目には何度も遭った。何回も死にそうになった。
若い娘四人に男一人など、山賊やら野盗のいいカモだ。野宿をしているときに襲われて死物狂いで逃げたことも一度や二度ではない。
宿屋の主人に薬を盛られ、奴隷商人に売りとばされそうになったこともある。
一番身の危険を感じたのは、変態領主に捕まって性奴隷にされかけたときだ。あのときは、アンナと二人で下を噛み切って死のうとさえ思った。
でも、生き延びた。ステラを守ってここまで来た。だから負けない! こんなやつには絶対に、負けない!
何度も何度もアリアの頰を平手で打ち続けるジーノ。
アリアの両頬は腫れ、鼻血が流れ、唇の端からも血が流れている。
それでもアリアは刺すような視線でジーノを睨めつけ、俯こうともしない。
「ガキィー! いい加減にしろやぁー!」
アリアの視線に恐怖を感じたのか、キレたジーノがアリアの顔を正面から殴ろうと、振りかぶった。




