059 拉致
チロを取り逃がし、ヒリュウの鱗亭に戻ったルキウスは、しょぼくれた顔で扉を開けた。
「申し訳ありませんでした」
ステラの制止を振り切ってまで追ったのに、このザマである。正直顔を上げられない。
(あれ?)
怒られると覚悟をしていたが、何も言われない。と、いうか雰囲気がおかしい。
「ルキウス様これを」
神妙な面持ちをしたフェリシアが、ルキウスにくしゃくしゃにしわが寄った紙を手渡した。
それを受け取って目を通したルキウスの顔から、血の気が失せる。
『ガキは預かった。オレア広場にヨイ(十九時)までに来い。来なければ殺す。ジーノ』
「これ……間違いないのですか?」
いったい何のためにアリアを?
自分に対する意趣返しなのか?
「紙にアリアの髪飾りが包んでありました」とフェリシアが答える。
「いや、でも……ほんとにアリアのもの、なの?」と言いよどむルキウス。
「アリアの。アリアのだもん。間違いない……これ、は……おかあさんが買ってくれたの……サンクラボは双子だから二人といっしょだねって……だからまちがいないもん!」
髪飾りを手に持ちながら話していたアンナが、途中で耐えきれなくなりボロボロと涙を零す。
すぐにグレタがアンナを抱きしめ、「大丈夫、きっと大丈夫だから」と言って優しく髪を撫でる。
「いったいなんだ! 何が目的なんだ! 僕に恨みがあるなら僕を襲え! どうしてアリアを!」
怒りに震えながらルキウスが叫ぶ。
「継嗣戦です」
ステラが静かに告げる。
「……継嗣戦……あっ!」
そうなのだ。怒りのあまり頭から抜けていたが、ジーノは竜眼主だ。
「ジーノさんがアリアをさらったのは、わたしを誘い出すためです。ルキウスさんへの私怨ではありません。……ここからはもう、ルキウスさんたちは関わらないで下さい」
そう告げるステラの顔には、動かし難き強い意志が宿っていた。
「……どうしてですか?」問い返すルキウス。
「これはわたしたちの戦いです。継嗣戦と関係のないルキウスさんたちは関わってはなりません」
「関係なくなどありません。僕はあなたを、あなたたちを護るためにここにいるんです」
「確かにアウラ様はそう仰って下さいました。でもそれは、この店の中に限ってだとわたしは考えています。それに、アウラ様に言われたからといって、わたしたちにさほど縁のないあなたが、いつまでもその言いつけに縛られている必要はありません」
「ばあちゃんは関係ありません! ぼくは自分の意志で、自分で決めてここにいるんです。それに、僕にとってあなたたちはもう他人じゃない。たった数日かもしれないが一緒に過ごしたあなたたちは、僕にとっては家族です。僕はステラさんだけじゃなく、アリアもアンナもグレタさんもジョルジョさんも、みんなを護りたいんです!」
「なぜなんです! どうしてそこまでわたしたちにこだわるんですか!」
ステラが声を荒らげてルキウスの目を睨む。
(あっ⁉)
ルキウスの視界が暗く狭まり、足から力が抜けていった。




