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0119 竜血の簒儀(ミア)



 「これより、『竜血の簒儀(せんぎ)』を始めます」



 ステラはそう宣言をし、「すぅー……はぁー……――」と深く呼吸をした。そして、右手をミアの胸に当て、心臓の位置を確かめる。



 『ドック、ドック、ドック、ドック――』



 小さな胸のなかでしっかりと拍動を続けるミアの心臓。(大丈夫、やれます)ステラは薄く目を閉じると、右手をゆっくりと真上に持ち上げた。



 「マカリオスアキナケス!」



 ステラの手の中に、金の刀身に銀の刃文が入った両刃の短剣が現れた。



 ステラは一呼吸を置いたあと、静かに瞼を上げ、金色の瞳でミアを優しく見つめる。



 (いまあなたを開放してあげます)



 短剣をゆっくりと下ろし、剣先をミアの心臓に当てる。



 「シイィエト・リュウケツ・アウソオル・アステリア・シオディエ・ディエファウレト」



 ステラの詠唱とともに、地面に描かれた魔法陣が光を放ち、ゆっくりと上に浮き上がり始めた。そして、その上に寝ているミアの体を通り越し、短剣の(つば)までくると停止をした。



 「イニイティアレイゼ・アキナケス・イニセエリト・マカリオスアキナケス・イニ・ミアズボオデ・シアトチィ・ヒエアリト・フィクザ・マカリオスアキナケス」



 短剣がゆっくりとミアの胸に沈んでいく。



 「あっ、うぅ……」ミアが短い呻きを漏らし、顔をしかめた。



 (大丈夫です。すぐに終わります)



 刀身が半分ほど沈んだところで短剣は停止した。






 (うそだろぉ……)ルキウスは、絶句した。『このやろー! うそをついたなぁー! すてらー! ころさないといっただろー!』


 呪文を唱えたステラの手に短剣が現れたのだ。しかもそれを心臓にあてた。ルキウスは、猿ぐつわをされたまま声の限りに怒鳴り、ジョルジョから逃れようと力の限り暴れる。だが、ジョルジョの(いまし)めはとけない。


 『くそ! くそ! ぜったいにゆるさん!』


 ステラが、胸にあてた短剣でゆっくりとミアの体を貫く。


 『うわー! みあー! すてらー! おまえをころしてやるー!』


 ルキウスは、生まれてはじめて本物の殺意を抱いた。よりよってステラに……






 「デオ・ヒリュウケツ・イイフ・フィンデ・――――――・トオ・アキナケス・レオォプ・ウニティレ・ヒリュウボリオォデ・オフィ・ミア・エモプテェ」


 ミアの体が光に包まれる――


 「ううぅ、うわぁあー――」


 体が振動し始め、ミアが叫びを上げる。


 「あああっあっあー――」


 振動はますます激しくなり、ミアの体を包んだ光が激しく明滅を繰り返す。


 「あああああー、ううぅあああああー――」


 光の明滅が極限に達すると、光が胸に刺さった短剣に向けてゆっくりと収束をし始めた。


 苦しみ悶えるミア――


 だが、短剣への光の収束が進むにつれ、ミアの体の振動が、少しずつ弱まっていく。


 「うぅああ……あっ……」ミアの顔から徐々に苦痛が消えていく。


 光の収束とともに今度は短剣が輝きだした。その輝きは、収束の輪が小さくなるにつれ強く、煌々(こうこう)光輝(かがやき)を増す。


 カッ! 一瞬、短剣が大きく眩耀(かがや)いた――


 ……ミアの体の振動が止まった。表情もなく静かにミアは横たわる……






 (………………し、んだ………………)


 あまりのことに呆然とするルキウス。


 体全体から力が抜けた。がくり、と首を項垂れ、ジョルジョによりかかるようになるルキウス。


 「まだ、終わってない。ミアは生きてる。最後までしっかりと見ろ!」ジョルジョが、ルキウスの額に手を当て乱暴に顔を上げる。その目に、詠唱を続けるステラが映った。だが、もう何も感じなかった……






 「シオモプレエェテレイ・シイィヴェリ・ミアテイエシェ・ウィイテト・イェオモォエン・オフィ・ソエ・グゥアリデ」


 またミアの体が光を放つ。だが、今度はミアだけではない。ミアの隣に寝かされているルカの体も光だした。そして、光が増すごとに二人の体が激しく震えだす。


 「うぅ、うっうあー」

 「ああ、あ、うああー」

 (もうすぐです。二人とも、頑張ってください!)


 ブヮバッ! ブヮバッ! 二人の体を包んでいた光が、爆発した! 強い発光であたり一面がかすむ!






 思わず目をつぶるルキウス。数瞬後、そっと目を開けると、ミアとルカが力なく地面に横たわっていた。


 (ミア、ルカ、ごめん……)


 また涙が溢れる。とめどなく、とめどなく溢れる涙。


 (ぼくは、なにもできなかった……)「ぐぁー! わあー! 」猿ぐつわをはめられたまま狂ったように叫ぶルキウス。「ルキウス! いい加減にしろ! 二人は生きてる! わからんのか!」ジョルジョが耳元で厳しく告げる。


 「うわー! あぁー! あぁー! ――」


 そんなジョルジョの言葉などお構いなしに、叫び続けるルキウス。


 「くそっ! 叫びたければ勝手にしろ! だが、儀式だけは見届けろ!」ジョルジョは、猿ぐつわの上からさらに自分の手を当てて口を強く押さえると、額に当てた手と合わせてルキウスの顔をステラのほうに固定した。


 もう何も見たくなんかない! いや、見る必要がどこにある! 二人はもう死んだ、お前らが殺したんだ! 心の中でそう叫びながら、雄叫びをあげ続けるルキウス。だがそのとき、ステラの体が光を放ち始めた……






 「イイフ・シヘェシケ・ミアボオデ・シエレレ・ヴェイィノ・アニデ・アキナケス・――――――・ヒリュウケツ・エレゼェ・モオヴェ・アキナケス・トオ・アステリアヴェイィノ」


 ステラが詠唱をすると、輝きを放ったままの短剣がゆっくりと明滅をし始めた。そして、それがだんだんと速くなる。明滅が判別できないほどに速くなると、今度は減速をし始めた。徐々に徐々に緩やかに……やがて輝いた状態で明滅は止まった。


 すると、今度は短剣を握るステラの手が光だした。


 その光は、手から手首へ、腕へ、肩へ、胸へ、首へ、顔へ、腹へと全身に広がる。そして、光の広がりとともにステラが苦しみだす。


 「ううっ、あっ、ぐぅ……あぁ――」


 額に汗が滲み、粒となり、雫となって顔をつたう。最初は、一滴、二滴であった。だが、光の広がりとともに大量の汗が全身から吹き出す。


 苦しみながらも詠唱を続けるステラ。


「……ボレェニド・プウリエ・ヒリュウボリオォデ・オフィ……アキナケス・――――――・エニデ・エレゼェ・リエェテウリニ・アボエニデ・エザイト……リュウケツ」


 詠唱が終わり、光がステラの体を完全に包む。すると、今度は体が大きく揺れだした。


 その揺れはミアたちをはるかに超える激しさで、まるで誰かが強く揺すぶっているようだ。


 「ああぁ、ううぅ、あっ、ああー――」


 激しい揺れに必死に耐えるステラ。揺れはどんどん激しくなる。ステラの髪が乱れ、顔が苦痛で歪む。体が大きく左右に振られ、地面につけている膝が激しい揺れで土を削る。


 「ううううー、あああぁー……」


 体を起こしているのもままならないほどの揺れが突如――弱まった。揺れに合わせて光も――薄くなる。ゆっくり、ゆっくり…………遂に光が消え、揺れも止まった。



 バタッ、と倒れるように地面に両手をつくステラ。荒い息をはきながら俯いている。


 だが、その周囲には、ステラが握っていたはずの短剣が、どこにもなかった……




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