0110 聖竜軍
「ここね」グレタは、王都の南東にある貧民街のさらに外れに近い場所に建っている小屋の裏手に静かに忍び寄った。
家の中から、若い女性と幼い子供の声がしている。グレタが、そっと覗くとフェリシアが年端も行かぬ女の子とお飯事のようなことをして遊んでいた。二人の姿は、母娘のようにも見える。女の子の笑顔は、キラキラと輝き、フェリシアの微笑みは母性に溢れていた。
(フェリシア……やはり見つけていたのね)
グレタは、昨日今日とシルウェストリス市場で聞き込みをし、ステラから聞いた特徴の子供たちが『槍を持った真っ赤な髪の大柄の女性』と一緒にいた、という情報をいくつか仕入れた。この王都でそんな目立つ女性は、恐らく一人しかいない。しかも、女性より少し背の低い育ちの良さそうな若者も一緒だったと言われれば、もう確実だ。フェリシアとルキウスに間違いない。あとは『槍を持った真っ赤な髪の大柄の女性』の行方を追ったら、ここに辿り着いたのだ。
(お嬢さまから聞いていたけど、あんな小さな子が竜眼主なんて……なんて不憫な……)女の子を見るグレタの目に涙が滲む。
「フェリス!」ルキウスが家に飛び込んできた。「お兄ちゃん、ルキウスお兄ちゃん、お帰りなさぁい」と、ミアが二人のもとの駆け寄る。「ミア、いい子にしてたかい?」ルキウスがミアを抱き上げた。「うん。フェリシアお姉ちゃんとね、お片付けしてぇ、お掃除してぇ、お昼ご飯の用意をしてぇ、それからぁ遊んでた」「そうか、たくさんお手伝いしたんだねぇ。偉いねぇ」と、ルキウスがミアの頭を優しく撫でると、「エヘヘ」とちょっと誇らしそうな顔をしてミアは笑った。「ミア、僕はちょっとフェリスとお話があるから、ルカとコロと遊んでいてくれるかい?」ルキウスはそう言うと、乱闘現場からずっと頭の上に載っていたコロを、ひょい、っとつまんでミアに渡した。「コロちゃん、どこ行ってたのぉ」完全にコロに意識が向いたミアをルカに託し、ルキウスはフェリシアに目で合図をした。
ルキウスが帰ってきたときは、「お帰りなさい」と、ニコニコとしていたフェリシアだが、ルキウスの目配せで何かあったとすぐに理解をした。
ルキウスとフェリシアは、表に出て話しを始めた。
「……ほんとう、なんですか?」信じられない、いや予想より早すぎる、だろうかとにかくフェリシアの顔が一気に曇った。
「間違いない。連中のリーダーが、ルカのことを『竜眼の関係者』と言っていた。それに、ルカが竜騎士になって倒したという男もいた。たぶん、その中の誰かが気づいたんだろね」
「竜眼狩り、ですか?」
「連中がそれかはわからないが、関係してるのは間違いない。フェリス、予定は変更だ。今日出る」
「はい。すぐにですか?」
「いや、さっきの乱闘騒ぎに聖竜軍が一個小隊規模で出てきた。あれは、祭祀殿がただの乱闘じゃない、と判断したからだと思う。ここに戻るまでも様子を伺っていたんだが、王都内は聖騎士まで出て厳戒態勢を取ってる。あの感じだと、王都周辺の街道にも出てるだろうからね。今すぐは無理だ」
「そんなに厳しく……。警戒体制が解除されるまでどれぐらいかかるでしょうか?」
「わからない。だが、ヤハンの雨に紛れてなら王都を抜け出せるかもしれない。どう思う?」
「うーん……いや、それだけ厳しく警戒しているなら、解除されない限りヤハンの雨のなかでも無理だと思います」
「……はぁー、やっぱりそうかぁ……」
聖竜軍がしく警戒態勢は、王国軍のそれよりも遥かに厳しい。通常、聖竜軍が市民の揉め事に介入することはまずない。聖竜軍はヒリュウ霊の軍隊である。なので、ヒリュウ霊の命令なしに出動することは絶対にない。なのに、聖竜軍が乱闘の鎮圧に乗り出したということは、それを由々しき事態とヒリュウ霊が認識したからである。よって、ヒリュウ霊が、問題は解消された、と判断するまで警戒態勢が解かれることはないのだ。
「だが、ぐずぐずもしてられない。今日襲ってきた連中が、あの程度のことでルカを諦めるとは絶対に思えないから……。よし、とにかく僕はこれから最低限必要な物を揃えに行くよ。聖竜軍が警戒態勢をしいてる間は連中も動けないからね。買い物ついでに色々と様子を探ってくる。あとは、つどつど状況を確認しながらだね。とにかく、聖竜軍の警戒が解けたらすぐに王都を出よう。フェリスは家で子供たちのことを頼む」
「はい、お気をつけて」
ルキウスは、フェリシアに背を向けると急いで街に引き返した。
そして、二人の話を家の影から伺っていたグレタも、そっと、その場から立ち去った。




