0109 離脱
ルキウスたちとオッターヴィオたちの乱闘は、聖竜軍の鎮圧行為によって散開した。ルキウスは、加勢にきてくれたカリオから逃げろと言われ、ヒヨリ=ツキノが守っているルカたちの元に向かった。
「ヒヨリ、二人を連れて逃げるから、魔法を解いてくれるかい」ルキウスが、そうヒヨリ=ツキノに頼むと「解いたわ」と金髪側のヒヨリ=ツキノが答えた。
「ありがと」「きゃっ!」「わぁ!」ルキウスは礼を言うとヒヨリ=ツキノを肩に担いだ。「ル、ルキウス! お尻、お尻触ってる!」「てめ、こら! 俺の尻は無料じゃねえんだぞ!」柄にもなく金髪と銀髪のヒヨリ=ツキノが、恥ずかしがって身をよじる。「動かないで! 僕のリュウオンシで逃げるから、しっかり掴まってて」「いやー、離してぇ自分で走るぅ!」「離せ、こら! てめぇの手は借りねぇ!」銀髪側は相変わらずの口の悪さだが、金髪側はよほど恥ずかしいのか珍しく感情的な声を上げて足をジタバタとさせている。「暴れないで、ルカこっちに」ルキウスは右肩の上で暴れるヒヨリ=ツキノを落とさないようにバランスをとりながら、ルカを抱えあげてヒヨリ=ツキノの上に載せた。「うわっ!」「ぐえっ!」ヒヨリ=ツキノがまた声を上げるが、それは無視する。そして「フィル、お前も」と言ってフィリッポを引き寄せると、左腕で脇に抱えた。「三人ともしっかり掴まってるんだよ!」そう言うが早いかルキウスは、リュウオンシ〈速さ〉を全開にして、乱闘の場を離脱した。
ルキウスは、聖竜軍が突っ込んできたのとは反対の方向へ走り、混乱する乱闘現場を抜け出した。そして、最初にフィリッポを尋ねたマルティーニ商会の倉庫から少し離れたフィリッポの家まで逃げてきた。だが、到着するなり――
パン! パン! パン! パン! パン! パン! と連続で三回ずつヒヨリとツキノから交互にビンタをくらった。そのあと何度もヒヨリ=ツキノに謝ったが、金髪のヒヨリ=ツキノは目に涙を浮かべながらむくれて、そっぽを向いてしまった。
「ルキウス兄ちゃん、あれはなんだったの? いったい何をやったの?」フィリッポが、顔を真っ赤にしてルキウスにくってかかった。それはそうであろう、いくらヒヨリ=ツキノが守ってくれたとはいえ、何十人というゴロツキどもが襲ってきたのだ、恐ろしくないはずがない。ルカは、青い顔をしてずっと震えている。
「こんな、小さい子を巻き込んでいったい何をしたのさ! 竜眼の関係者ってなに? もしかしてこの子、竜眼主なの?」フィリッポの目は真剣だ。怒っているのではなく、ルキウスのことを心配しているのだ。
「その……」言葉に詰まるルキウス。申し訳ないと思っていた。結果的にフィリッポやヒヨリ=ツキノを巻き込んでしまった。オッターヴィオは、ルカのことを『竜眼の関係者』と言った。と、いうことはルカが倒したゴロツキどもから、素性がバレたのだろう。「……この子は、竜眼主じゃない……」「じゃ、何だよ! 兄ちゃん、連中の怖さを知らないだろ。あいつらは、人を殺すことなんて何とも思ってないんだ。貴族だって関係ない。屋敷に乗り込まれたらどうすんのさ! このままだったら、兄ちゃん……殺されるよ!」フィリッポの右目から涙が零れる。
フィリッポの言う通りだ。カリオも連中は厄介だと言っていた。やつらは、ゴロツキ集団かもしれないが、竜眼主を探しているということは、竜眼狩りの連中ともつながっているはずだ。いや、もしかしたらルカたちの存在を知って連中が竜眼狩りを始めたのかもしれない。何れにしても最悪だ。
「……フィル、すまない。巻き込んでしまって……その、いまは理由を話すことはできない。許してくれ……」ルキウスは、フィリッポに頭を下げた。
「……はぁぁーっ」フィリッポが大きなため息をついた。そして、「もういいよ。おいらが何を言っても話してくれそうにないし……」フィリッポは、そう言うと上着のポケットから革袋を取り出した。「たいして入ってないけど、持ってて。カリオさんに、お金頼めなかったから」と差し出してきた。
「いや、それは受け取れないよ」ルキウスが遠慮をすると、「何言ってんだよ。お金がいるから来たんだろ。グールヒポダイルの報酬がでたらそっから引いとくから、持ってって」フィリッポが、ルキウスの手に押しつけた。そして、「ヒヨリ、いまいくら持ってるの?」とフィリッポが訊いた。「お尻を触られたわたしがどうしてお金を払わなければいけないの? お金を貰いたいぐらいだわ」と、金髪のヒヨリ=ツキノはまだプリプリと怒っている。「ヒヨリ、いい加減にしなよ。ヒヨリもわかってるだろ。あそこで兄ちゃんが担いで逃げなかったら、おいらたち捕まってたぜ。そうしたら、牢に入れられて当分は出てこれなかったよ。お肉もお酒もなしでいいの?」「うっ……」『お肉もお酒もなし』この言葉がきいた。「……わかったわ。ルキウス、三倍にして返しなさいよ」と、二尺袖の竜ショウ着物の胸元から竜ショウ絹でできた財布を取り出してルキウスに渡した。
「二人ともすまない。必ず返すから。ありがとう」頭を下げて礼を述べるルキウス。「返さなくていいよ。さっきも言ったろ、報酬から引いとくから」フィリッポが白い歯を見せて笑った。




