09話 再出発
父さんは青龍について説明しだす。
「青龍ってのは水の中に棲んでいる青い龍だ。顔には二本の角と長いひげが生えていて、見るからに硬そうな尖った鱗で体が守られている。きっと銛じゃ歯が立たないな。それに加えて鋭い爪と牙、カミソリのようによく切れるヒレがある。すごいデカさだっただろ?あの大きさで体をしならせながら水の中を泳ぐんだ。言い伝えでは青龍と言ってもそれは総称であって、今日出会ったあいつ以外にも種類がいるらしい。 父さんも見たのは人生で二回目だ。こんな浅瀬に姿を見せるのは滅多にないが、何せ目撃例が少ないから生態がよくわかっていない」
そう言うと父さんは僕が生き残れた理由について話す。
「俺は上空で海に潜ったお前をひたすら探してたんだが、見失うと流石にきついな。それで探していたら遠くからデカい影が見えたから『何か来ている』って叫んだけど聞こえてなかったみたいだな。
結果的に青龍は親玉だけ食べてその場を去ったということになるが、お前を見逃した理由は全くわからん。そもそも人を食べない可能性もあるからな。海にはまだ不思議がおおいな」
そう話をまとめていると依頼主とネストさんが部屋に入ってきた。
借りた船を壊した弁償代も払ってもらったし、ネストさんには世話になりっぱなしだ。
恐らく怪我のせいで2週間は屋敷に滞在することになるだろう。
そんな話をまずネストさんとする。
動けない間はリアが面倒を見てくれるとのこと。
面目ない。
しかし決まってしまったことは仕方がないと割り切る。
それが僕だ。
そんなことはさておき、依頼主に知っている情報を話してもらうことにした。
依頼主は口を開く。
「まず、怪我をさせるような危ない条件を出したことを謝らせてください。すいませんでした。それで情報なんですけど、1週間以内のどこかだったと思います。
夜に海の近くを歩いていたら、女性の話声が聞こえてきたんです。夜に海辺にいるなんて危険だと思いながら海辺をみたら、1匹の綺麗な顔をした人魚が見えました。でも驚いたのはその後なんです。ローブを被った人間が人魚と話していました。人魚が人間と話をするなんて聞いたことがないから、驚きで目が離せなかったんですけど、しばらくするとこっちに気付いて人魚は海に、ローブの人間は岩陰に隠れて姿を消しました。どう考えても怪しかったです。私の知っている情報はこんなところです」
それを聞いて僕と父さんは困惑している。
父さんは暫く黙り込んだ後に口を開いた。
「まさか……浮気?夜に秘密の密会ということか」
なんて馬鹿げた冗談を口にした。
それにしても検討が付かない。
ローブの人間。
母さんとなんの関わりがあるのだろうか。
十年もの間姿を見せなかったのと何か関係もありそうだが、そもそもその人魚が母さんだったという保証もない。
もしかしたら他にも顔が綺麗な人魚がいるのかもしれない。
そう結論付けてこの情報は頭の片隅に置いておくことにした。
十日ほど経つと体が動くようになって来た。
少しずつ次の旅に向けて準備を整えていく。
海で戦うとき用の靴の作成にもとりかかった。
前回の戦いで足裏にも刃が必要だと分かったからだ。
それと父さんも反省する点が数多くあったようだ。
まず何もしてない! というところが父さんの脳内で引っかかっていたようだ。
確かに息子にだけ戦わせて親は空の上で高みの見物というのは思う所があるのだろう。
片手で撃てるボウガンを一人試行錯誤して作っていた。
父さんは僕のように鍛冶職人ではないから矢尻の製作には手こずっていた。
そんなこんなで旅の準備も整いつつ傷も表面上は塞がった。
まだ激しい動きをすれば痛みはするが、旅はなんとか再開出来そうだ。
初っ端から足止めを食らってしまったと始めは思っていたが、そもそも行く当てが行き当たりばったりだからあまり焦らなくてもいいんじゃないかと今は思う。
旅立つ前日、父さんはそろそろ旅立つことをネストさんとリアに話した。
「ソルカの傷もだいぶ治ってきたので、明日から旅を再開しようと思うんです。長い間お世話になりました。」
父さんは丁寧な口調で真面目にお礼を言った。
しっかりとする場面ではしっかりするらしい。
ネストさんは少し寂しそうに話し出す。
「そうですか…… ここ2週間毎日顔を合わせていたので旅立たれるのは少し寂しいですが仕方ないことですね。もともとはすぐにイッスルへと向かう予定でしたでしょうし。私もリアもあなた方がまたこの屋敷を訪れてくれることを待っています。いつでも立ち寄ってください」
続けてリアも思いを言い始めた。
「私も本当は二人に旅立ってほしくないわ。お母さんは1年くらいウルンの病院に入院しているし、お父さんと二人は寂しいですもの。お手伝いさんもたまに来るけどそれでも屋敷は静かよ。また賑やかに過ごせる日が来るのを待っているわ」
そう言ってくれてうれしかった。
しかしなんだかんだ聞けなかったが母親はウルンにいるのか。
5つ目に訪れる予定の島だ。
だいぶ遠い所にいるんだと思った。
この家族はとても暖かく一緒に過ごしていて居心地がよかった。
あとこの屋敷も僕が今までに住んでいた家と比べて圧倒的に広く、豪華だったためここに住み着いてもいいんじゃね?と心のどこかで思った。
そんな事を思いながら前日に話しておきたいことは全部話した。
旅立ちの日を迎えた。
荷物をまとめて屋敷の門の前に行く。
ネストさんとリアが見送りに出てきてくれた。
僕たちは二人と軽くハグをして屋敷を後にした。
イッスルに繋がっているジップラインへと向かう。
ジップラインに着くと、人魚退治の依頼主がジップラインの見張りをしていた。
ジップラインを滑っている途中にトラブルが起こった時に対応するためだろう。
僕と父さんはその人に一言挨拶をし、父さんが先にジップラインに手をかけて滑り出す。
僕も後に次いで滑り出した。
相変わらず滑っているときの風は気持ちが良い。
そんなことを考えていると少しずつ高度が下がってきた。
ジップラインももう滑り終わるのかと思っていたそのとき、強風が吹き近くで叫び声がした。
「あああああああー―――――!!!!!!」
驚いて前方を見てみると、父さんがジップラインから手を放し、命綱が千切れて海に落下していくのが見えた。
叫び声を聞きながら僕は父さんの上をジップラインで素通りしていく。
というか滑っている途中は何も出来ないし助けられない。
このジップラインはざっと150メートルだ。
距離的に落ちた場所からイッスルの岸までは50メートルくらいで、一回イッスルの島まで行き、改めて助けに向かおうと思う。
人魚倒しといてよかったなマジで!!!! そう思いながらイッスルの旅が始まった。