終章 エンディング、再び
世界は平和になった。
魔王が倒されたことで、オデスド大陸のモンスターたちは力を失い、散り散りになっていった。あのジャスティアも、辺境の騎士団に追われて姿をくらましたと言う。
ディヨルド王国をはじめとする人間の国々は、魔王の脅威から解放され、復興の道を歩み始める。
そして俺――魔法戦士エルドは、ルティナ姫たちと共にディヨルド王国へと凱旋した。
「エルド殿万歳! エルド殿万歳! 世界平和万々歳!」
ディヨルド王宮の前には群衆が集い、拍手と喝采が繰り返された。
花火が打ち上がり、色とりどりの紙吹雪が舞う。
数千年後の未来で、勇者アークが魔王を倒したときと同じ光景だった。
「よくぞやってくれた、エルドよ!」
病から回復したディヨルド7世は、玉座から立ち上がり、俺の両手をがっしりと握った。
「そなたこそ我が国の、いや世界の英雄じゃ!」
「いやー、そんな、大したことはしてないッスよ」
「大したことしかしとらんわ」
リプリカ様のツッコミが背後から飛んでくる。あの炎の傷は、ルティナ姫の癒やしの杖と、クロエの精霊の加護と、そして何日かの療養でようやく回復した。いまはもうすっかり元気だ。
勝利の宴が開かれた。
王宮の大広間に、豪華な料理が並べられ、国中の人々が集う。
音楽が奏でられ、人々は踊り、笑い、歓声をあげている。
その中心に、俺がいた。
「……なんか、変な気分だな」
俺は、宴の隅っこの椅子に座りながら、オレンジジュースを飲んでいた。
未来の世界では、勝利の宴のとき、俺は酒場でひとりオレンジジュースを飲んでいた。
いま、宴の中心にいるのに、やっぱりオレンジジュースを飲んでいる俺がいる。
でも、あのときとは決定的に違うことがある。
「エルド様! 乾杯しましょう!」
「エルド、つまみを持ってきたぞ。食え」
「エルド。これは美味しい。食べてみろ」
ルティナ姫、アイネス、クロエ。
みんなが、俺のところに集まってくる。
ひとりじゃない。
今度は、ひとりじゃないんだ。
「……ああ。乾杯だ」
コップを掲げる。
カチン、と、みんなのコップと触れ合った。
宴が終わり、夜が更けた。
城の庭園に、ひとりでたたずむ。
星空が綺麗だった。数千年前も数千年後も、星空だけは変わらないんだな。
「エルド」
声がした。
振り返ると、リプリカ様がそこにいた。
月明かりに照らされた銀髪が、さらさらと風に揺れている。
「リプリカ様。まだ起きていたんスか」
「おぬしこそ。……宴の主役が、こんなところでひとりとは」
「いや、ちょっと夜風に当たりたくなって」
「そうか」
リプリカ様は、俺の隣に並んだ。
ふたりで、星空を見上げる。
「……リプリカ様」
「なんじゃ」
「すみません。この時代に残してしまって」
時の宝玉は砕けた。
もう未来には戻れない。
俺だけじゃなく、リプリカ様も、この時代に取り残されてしまったのだ。
「まだ言うのか? 気にすることはない。あのとき言ったであろうが。勇者の仲間になったときから、とうに覚悟はできていた、と。なにがあっても決して後悔はせんよ。それに……」
リプリカ様は、あっさりと言った。
「……初恋の男と違う時代に残るのも、乙なものじゃ」
「…………は?」
いまリプリカ様、なんと言った?
初恋の男? 初恋の……男?
「え、あの、リプリカ様、いまの……」
「あ」
リプリカ様は、固まった。
固まったまま、顔が、耳が、首が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「い、いまのは! い、言い間違えただけじゃ! そ、そうじゃ、言い間違えだ! 初恋とかそういうのではなくて、あの、その、えっと……」
「リプリカ様。……俺のこと、好きなんスか?」
「うぐっ!」
リプリカ様の動きが完全に停止した。
そして数秒間の沈黙のあと、
「……好き、じゃ」
真っ赤な顔のまま、小さく、しかし確かにそう言った。
「おぬしの控えめなところとか。強くもないのに頑張るところとか。雰囲気とか。最初に会ったときから好きじゃった」
「最初に会ったときって……パーティーに加入したときか? あのときから?」
「そうじゃ。……だから、おぬしをパーティーの二軍に落とすことが決まったとき、わしはアークに抗議したのじゃ。エルドを外すなと」
「え……」
「結局、覆らなかったがの。……おぬしが酒場でずっと待機していたあいだ、わしはずっと気になっておった。本当は毎日でも会いに行きたかった。じゃが……それをするわけにもいかず……」
「……リプリカ様。だって俺、強くもなんともない二軍だったのに」
「強いから好きになるわけではないわ!」
リプリカ様が、声を張り上げた。
その碧い瞳には、涙がうっすらと浮かんでいる。
「強くていいなら魔王でも怪物でも愛していれば良いではないか! ……そうではなく、おぬしのことを自分は愛してしまったのじゃ。理屈ではない、心がそう決めたのじゃ!」
「リプリカ様……」
「……でもおぬし、年齢のこと、気にしておるじゃろ。わしは250歳で、見た目はロリで、おぬしはBBとか言いかけたし……」
「い、いやあれはその……」
「分かっておる。分かっておるが……こればっかりは、どうしようもないのじゃ。わしだって、なぜこんなにそなたと年が離れておるのかと悔やんだ夜が何度もあったのじゃぞ……」
リプリカ様は、ぐすっ、と鼻をすすった。
月明かりに照らされた、その顔は――年齢がなんであれ、間違いなく美しかった。
「俺は――」
と、俺がリプリカ様に返答しようとしたそのとき。
「だーめーでーす!」
茂みの中から、ルティナ姫が飛び出してきた。
「り、リプリカ様だけずるいです! わたしだってエルド様のことが大好きなんですっ!」
「ひ、姫様!? いつからそこに!?」
「最初からです!」
「ええ……」
リプリカ様が、戸惑い顔を見せる。
「じゃあ、わしの告白を……そなたたちは……」
そのときだ。
ルティナ姫に続いて、アイネスも茂みからのそりと出てきた。
「わ、私も聞いていた……。す、すまない、盗み聞きするつもりはなかったのだが……その……」
「おぬしもか、チョロ騎士め!」
「チョロ騎士言うな! ……で、でも、その。私も……エルドのことは……き、嫌いではない。むしろ好――いや、その、なんというか」
「……アイネスはのう、もうちょっと素直になったらどうじゃ」
「う、うるさい!」
……もしかして、アイリスも俺のことが?
え、ええと、マジで?
そして最後に。
木の上からクロエがひらりと降り立つ。
「クロエもエルドが好きだ」
「お前はストレートだな……」
「エルフは嘘をつかない。好きなものは好きだ」
俺は、四方八方から好意を向けられ、正直、混乱していた。
「え、えーと……」
ルティナ姫、アイネス、クロエ、リプリカ様。
四人の女性に囲まれている。
全員が、それぞれの顔を真っ赤にしたり、澄ましたり、照れたりしている。
パーティー最弱で、二軍落ちで、酒場で何か月もひとりぼっちだった俺が。
こんなに大勢の美少女たちに囲まれる日が来るなんて。
「……幸せだな」
ぽつりと、口からこぼれた。
「え?」
「いや……俺、いままで冒険の途中でパーティーから外されてさ。ずっとひとりだったんだよ。仲間が先に進んでいくのを、酒場の椅子に座ったまま見送っていたんだ。寂しかったし、情けなかった。……でも、いま、こうしてみんなに囲まれて。俺のことを必要としてくれて。好きだって、言ってくれて。……こんなこと、初めてだ」
「エルド様……」
「エルド……」
「エルド」
「エルドよ……」
四人が、俺の周りに集まってくる。
あたたかかった。人の温もりが、こんなにも心地いいものだとは思わなかった――
「ひたっていないで、誰を選ぶのか決めてくださいまし!」
ルティナ姫がとんでもない形相で俺に迫ってきた。
ち、ちょっと、顔が近い、近い近い近い!
「ま、待ってくれ。嬉しいけれど、ありがたいんだけど、世界を救ったばかりだし、誰がどうとかは……おいおい考えるとして」
「おいおい!? いますぐ決めてくださいまし!」
「そうだぞエルド! もったいぶるな!」
「クロエは待てるぞ。エルフの時間感覚は長い」
「わしも250年待ったんじゃ。あと250年くらいは……いや、できればそこまでは待ちたくないがの……」
ぎゃあぎゃあと騒がしくなる夜の庭園。
頭上には星が煌めき、温かい風が吹き抜けていく。
そう、この世界では俺こそが初代勇者となった。
アリアが勇者となった本来の歴史とは、別の次元の世界として続いていくだろう。
ちなみにアリアは、正気に戻ったあと、俺たちにこう言っていた。
「僕は……勇者にはならないよ。両親が殺されたあの日から、僕はずっと、ただの狩人でいたかったんだ。……狩人として生きていく。それが、僕の選んだ道だから」
「……そっか。いいんじゃねえの。自分の道は自分で決めるもんだ」
「エルドさん。あなたが勇者で、よかった」
アリアは、初めて笑った。
その笑顔は、アークに似ていた。
あいつの先祖だもんな。似ていて当然か。
でも、俺の中で俺は魔法戦士エルドだ。
勇者じゃない。勇者の親友で、パーティー最弱で、二軍だった男だ。
それでもいまは幸せだ。そして仲間たちに囲まれて、これからもこの世界で生きていく。
ここは、新しい世界。
俺が1からやり直した、新しい冒険の物語だ!
「シリーズものRPG『最新作』の最弱キャラが『初代』の世界に転移して無双」 完




