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第20章 そこに勇者の骨はなかった(いわゆる謎回)

 白骨。

 それは間違いなく、人間の骨だった。


 小屋の床にふたつの骨格が、折り重なるように横たわっている。

 肉はとうに朽ち果て、骨だけが残された無残なすがた。


「きゃああああああっ! え、エルド様ああああっ! そ、そこ、そこっ!」


「ひ、姫様、落ち着いてください! ……って、私も無理っ! だめだめだめだめ!」


 ルティナ姫とアイネスは、小屋の入り口で抱き合いながら悲鳴をあげている。

 クロエは……無言だが、さすがに表情が硬い。


「…………」


 俺は、一歩踏み込んだ。

 怖くないわけじゃない。


 だけれど、目をそらすわけにはいかなかった。

 何かが――この小屋で何かが、起こったのだ。


「……骨は、ふたつだ」


「ふ、ふたつ?」


「ああ。ふたり分の骨がある。……それと、この骨は時間が経っている。少なくとも数年は前のものだな」


 骨の色、風化の具合、それに小屋の中に残された生活用品の朽ち方。

 どれを見ても、つい最近の出来事じゃない。何年も前に、ここで人が死んだのだ。


「数年前。ということは、クロエが3年前にアリアの姿を目撃したころか、あるいはそれよりもう少し前……?」



「エルド様。す、すごいです。こんな状況でも冷静に分析なさるなんて……!」


 ルティナ姫は、さっきまで悲鳴をあげていたくせに、いきなりぱちぱちぱちと拍手を始めた。


「さすがはエルド様! 冷静沈着! 知性と勇気の象徴! わたし感動ですっ!」


「いや、そこまで褒めなくていいから。てか怖がってたの、もう終わりかよ」


「エルド様が頼もしいと、怖いものも怖くなくなるのです!」


 どういう理屈だ。


「アイネスはまだ震えてるぞ」


「わ、私は大丈夫だ……。た、ただ少々、骨は苦手なだけで。骨系だけは、ど、どうしても……ぶるぶるぶる」


 ふるえてる。

 ふるえてますよ、アイネスさん。

 とはいえ彼女は、顔を青くしながらも、なんとか踏ん張っている。騎士の矜持ってやつか。


「……クロエ。この骨はおそらく、アリアの両親、つまり狩人の夫婦のものだと思う。2人分だからな」


「……こくり」


 クロエは、俺の言葉を聞いて、小さくうなずいた。


「クロエも、何があったのかは分からない。だが……狩人の夫婦は、こうなっていたのか」


 その声には、かすかな悲しみが混じっていた。 遠くから見守っていただけとはいえ、同じ山で暮らしていた者が亡くなっていたのだ。思うところはあるんだろう。


「しかし、アリアの骨はない。骨はふたり分だけだ。……アリアはここにはいない」


「つまり、生きている可能性がある、ということですか?」


「分からねえ。生きているのかもしれないし、別の場所で死んだのかもしれない。……とにかく、この小屋だけじゃ情報が足りないな」


 そしてこの中には、おそらくもう情報はない。

 俺たちは小屋を出て、森の空気を深く吸い込んだ。

 薄暗くなってきた森の中、木漏れ日はもうほとんど差し込まなくなっている。


「クロエ。この森に、精霊はいるか?」


「精霊?」


「ああ。水の精霊とか、風の精霊とか。この森には精霊が住んでいそうな気配を感じるんだが」


 俺の時代――つまり未来の世界でも、精霊は各地に存在した。


 森の精霊、川の精霊、火山の精霊。彼らは長い時間をその場所で過ごし、周囲で起きた出来事を記憶している。もし、この森にも精霊がいるのなら、狩人夫婦とアリアに何があったのかを知っているかもしれないなって思ったのさ。


「いる」


 クロエは即答した。


「おお、マジかっ!」


「この森の奥に、温泉がある。そこに水の精霊がいるのをクロエは知っている。……しかし精霊は気まぐれだ。人間の言葉に応じてくれるかは分からない」


「ダメ元でいいさ。そこに案内してくれ!」


「分かった。ただし森の奥は夜になると危険だ。今夜は途中で野宿になるだろう」


「構わないさ。ルティナ姫、アイネスもいいか?」


「もちろんです、エルド様! エルド様のいるところなら、たとえ火の中水の中です」


「問題ない。姫様のおそばを離れるわけにはいかないしな」


 こうして俺たちは、森のさらに奥へと足を踏み入れた。




 夜。森の奥の、少し開けた場所で俺たちは野宿をしていた。焚き火がぱちぱちと音を立て、オレンジ色の炎が俺たちの顔を照らす。 頭上には、木々の隙間からわずかに夜空がのぞいている。悪くないね、このムード、うん。


 ルティナ姫とアイネスは、互いに身を寄せ合ってウトウトし始めていた。


「この森は静かだな」


「エルフの住む山は、モンスターも近づかない。森の精霊たちが結界を張っているからだ」


 クロエが、焚き火の向かいで膝を抱えながら言った。


「へえ、精霊って、そんなこともできるのか」


「人間は精霊のことを知らなすぎる。……キミは少し違うようだが」


「まあ、俺のいた場所では精霊と人間の付き合いも長かったからな」


 森の静けさの中で、焚き火の音だけが響く。

 と、そのときクロエが不意に立ち上がった。


「温泉が近い」


「え?」


「この先に温泉がある。クロエの鼻は、水の匂いを嗅ぎ分けられる。……入るか?」


「温泉! 温泉ですか!」


 ルティナ姫が、がばっと跳ね起きた。

 ちょおい。さっきまでうとうとしていたくせに、温泉と聞いた瞬間に覚醒ッスか!


「入りたいです! ぜひ入りたいです! ね、アイネス!」


「は、はあ。……ま、まあ、何日も湯あみをしていないですし、衛生面を考えれば入ったほうが……」


「よし、じゃあクロエ、案内してくれ」


「ああ。ただし、男は後だ」


「分かってるって」


 というわけで、クロエがルティナ姫とアイネスを温泉へと案内した。

 俺はひとり、焚き火のそばで待機である。


「…………」


 まあ、いいんだけどね。

 ひとりで焚き火に当たりながら星でも眺めてりゃ。

 こういう静かな時間も悪くない。


 ぱちぱちぱち。


 焚き火の音を聞きながら、俺はぼんやりと思考を巡らせる。

 アリアのこと。白骨のこと。ジャスティアの言葉。


 ――勇者アリアがいない以上、人間の敗北は絶対だ。


 あいつは知っていたんだ。アリアがいないことを。

 そして魔王軍は、アリアの名前を知っていた。

 なぜ? 王宮の人間さえ知らなかった勇者の名前を、魔王軍が知っていた理由は――


「きゃああああああああああッッ!!」


「「「ぎゃああああああああああッ!!」」」


「な、なんだ!?」


 突如、森の奥から複数の悲鳴が響き渡った。

 ルティナ姫の声。アイネスの声。そして――知らない女性の声まで混じっている!?


 客か?

 この森には、他にも人がいたのか?

 いや、そんなことはどうでもいい!


「ルティナ姫! アイネス!」


 俺は剣をつかむと、全力で温泉の方角へと駆け出した。


 もう言い訳もできません。本当に申し訳ありませんでした。お久しぶりです。約7年ぶりの更新再開です。

 最終回まで書きだめして投稿をしましたので、ここからは最終回まで2日に1度のペースで最後まで一気に投稿いたします。

 どうぞよろしくお願いします。


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