転校初日の初授業6
直ぐに開始のブザーが鳴るかと思われたが一向になる気配が無い。今、旭の頭には色々な音が響き、知らない景色や人々などが視界に流れては消えの繰り返しの状態。もしかしたらと、記憶の共有が原因で聞こえないのだろうかと困惑しながらも旭はそう考えたが、どうやら違ったらしい。
清光も鳴る気配が無い事を不思議に思ったのか、美和が居る制御室に目を向けている。旭も清光と同じ方向に目線を向けると、そこには姉の美和が制御室から顔を出し、旭にスマホを向けていた。どうやらカメラ機能使い旭を撮っている様であった。
「旭~っ。目線こっちこっちっ、う~ん何か違うのよね~……。よしっ! 旭っ! セクシーポーズをしてみようかっ!」
「違うのはねーちゃんの頭の中だけじゃボケェ~っ!」
絶賛撮影中の美和に旭は方向感覚までもおかしくなりながらも強めのツッコミを入れる。
「いや~んお姉ちゃんにボケなんて、ひ~ど~い~っ」
ぶりぶりぶりっ子な姉に頭が痛く気分も悪くなる旭だったが、これでは前に進まないと、我慢我慢っと自分に言い聞かせ、
「ねーちゃん頼むから早うブザーならしてっ」
クラクラとなりながらも姉にブザーを鳴らす様に促す。
そしてやっとの事、美和がブザーを鳴らし模擬戦が開始される。
「スサノヲっ! よろしくっ!」
『承知っ! 主よっ! 記憶の共有は後一分で終わるっ! それまでどうか耐えてほしいっ!』
瞬時に銀色の髪に変化し両腕と両脚だけではあるが武装を完了する。それから剣を両手で握り締めた。
「うん。こんな状態でやった事あらへんから、どうなるか分からへんけど頑張ってみるわっ!」
清光は武装せず旭を待つ様に腕を組んで見ていたが、武装するや否や右手を天井に向けて上げる。
「くっくっくっくっ……では俺のフェアリーを見せてやろう。フローズヴィトニルっ! 闇に染まりし狼よっ! 俺の声に従いて、その姿を表わせっ!」
大きな影が清光の体から飛び出し、頭上にその姿を表す。
姿の殆どが白い体毛に覆われており、前脚と後ろ脚、そして5本ある尻尾の4本が黒くなっていて、両端の尻尾は後ろの両脚まで線で繋がり、残りの2本の尻尾は前脚まで線で繋がっている。その真ん中の最後の1本である尻尾だけは白く、目は真っ赤な色をしていた。
フローズヴィトニルと呼ばれたフェアリーを見た旭は、スサノヲやジャンヌとは比べ物にならない程の大きな狼に驚いていると狼と目が合い、その狼はまるで挨拶でもする様に頭を下げて口を軽く開く。なんだかその狼が笑っている様に旭には感じられた。
「ふっ、驚いている様だな。ではフローズヴィトニル、俺とお前の力を見せてやろうぞっ!」
頭上に漂っていたフェアリーは両手を広げてポーズを決めている清光の中に入って行き、全身が変化し始める。
頭に狼と思われる耳が生え白い髪が伸び顔以外は体毛に覆われていく。白い尻尾が1本と黒い尻尾が4本、両腕と両脚の体毛は黒く染まり目尻が吊り上がっている。爪や歯は狼の様に鋭く尖っていて両頬から両目に黒い線が雷のマークの様に刻まれていた。
全身変化にリミッターが反応し体操服がフェアリーの武装に合わせて変化する。この体操服はフェアリースーツと呼ばれており、個人個人によってオーダーメイドの様にカスタムされていて、その人間の趣味が入っていても問題ないとの事。
であるからして清光のフェアリースーツは清光の趣味である。そしてその姿はと言うと真っ黒いズボンと真っ黒いシャツ、真っ黒いジャケットに十字架が描かれた真っ黒いネクタイと言う姿。勿論ポージングもバッチリな清光である。
そんな姿に唖然とする旭は自身のフェアリースーツを見たが変化はしておらず、そのままである。
旭は後で知る事になるのだが、旭のタイプは鎧がある為にフェアリースーツのカスタムは不要であり、担任、美和の許可が必要との事で諦める事になるのだった。
「くっくっくっ……驚いて声も出ない様だなっ。では時間も無い事だし、始めるとするかっ!」
清光は地面に手を付き、まるで短距離ランナーの様にロケットダッシュで旭に突っ込んで行くが、旭はそのスピードに目が追いつかない為、剣を前に構えて防ごうと試みたが、
「全然見えっ! ぐうっっっ!!」
防ぎ切れずに清光の拳が旭の腹にまともに減り込み、後ろに大きく飛ばされてしまう。
まともに食らいはしたが痛みは少しだけであり、大分半減されている様で直ぐに旭は立ち上がる。追撃をして来ない清光に視線を向け構え直した。
「ふむ。直撃であったが500ポイント位しか減らないのか……」
どうやら今の攻撃で減らせたポイントを確認している。完全に旭を舐めている態度に流石の旭も腹が立ち、どうにか今の状態でも一発ぶちかませるように、脳内に聞こえる音や視界に見える映像を、雑音や目の端に映る無意味な情報として無視し、全ての集中力を清光向ける旭。
まだこちらを見ていない清光を視界から外さぬ様に、瞬き一つせず深呼吸をゆっくりと行い、
「ふっ!」
息を止め攻撃可能範囲内まで全速力で駆けていき、剣を振り上げた。
「ああああぁっ!!」
気合いと共に打ち出した剣を清光は躱さずに人差し指の爪を使い受け止める。鉄と鉄が強くぶつかり合ったかの様な音が響くが、ピクリとも動かせない。全力の一振りを放った旭にとっては本調子では無いとしても屈辱的であり、ここまでの力の差があるのかと愕然とする。
「おいっ……俺を舐めるのもいい加減にしろよ。これは男同士の真剣勝負だと俺は思っていた。だが、そんな状態で戦いを挑む事など俺を舐めているとしか思えないっ」
フェアリー武装中である清光の目は元から鋭いのだが、怒りにより更に鋭くなって行く。清光の態度と言葉に、旭は清光に舐められていると思っていた事が恥ずかしく、そして申し訳ない気持ちになってしまっていた。
旭は距離を取るように後ろに飛び、
「そっか、僕が今何してるか清光は分かってるんや……。ごめん、そんなつもりや無いんよ。ただええ試合がしたくてしてたんやけど、清光には舐めてるとしか見えんへんはな。でもちょっとだけ付き合ってくれへん? もうすぐ記憶の共有終わるから」
剣を持ったまま手を合わせて謝る旭。それに対し頭を爪で軽く掻き、そっぽを向く清光。
「……分かってくれたのならそれで良い。別に悪気が無く、お前の最高を出そうと考えていたのなら俺の方が態度が悪かった……すまん」
その言葉に旭は首を横に振り、
「謝るんは僕の方やっ……こっちこそごめんな。それより今は謝り合ってる場合やないわなっ!」
と、ニヤリと笑い、清光も旭のその表情を見てこちらもニヤリと笑った。
その頃、外で観戦をしている恵愛達は動きがどこか鈍く必死な表情で攻撃を仕掛ける旭に違和感を覚え、その事を三人で話していた。
「どうしたんだろう? 旭君。何だか辛そうに見えるけど……」
「うん。私、旭君が稽古をしてる所、何度か見てるけど、何だかいつもより動きが鈍い様な……それに、ただの模擬戦なのになんであんなに余裕が無いのかな?」
「志木とそれだけ友達になりたいからとか? でも、それであんな必死な顔はしないよね~」
そんな会話をしていると、制御室から帰ってきた美和が三人の輪に入り、その場で腰を下ろした。
「友達になりたいって事もあるだろうけど、あれはフェアリーと記憶の共有の最中って感じだね~」
知識として恵愛達は記憶の共有を知ってはいるが、実際に体験をした事は無くどの様な状態なのか分からないので、三人は美和の方を向いて、
「あの、それってどんな感じなんですか?」
と、恵愛が詳細を求める。
「う~ん、そうだね~。実は先生もどんな感じかモリガンに記憶の共有を頼んで、実際にやってみた事があるんだけど、どう言ったらいいのかな……。夢を見ながら起きてる感じ? 分かるかな? 意識はハッキリしてるんだけど、目の前とは違った映像や音が見えたり聞こえたり、人の気配、味、臭い、感触、それ等全てがどっと流れてくるっ感じって……正直、これは体験した人間しか分からないかもね。でも、あの状態での模擬戦は辛いのは確かかな?」
説明を聞いた三人は、何故その様な事を今しているのかと疑問に思った。椿はその当然とも言える疑問を美和に投げかけた。
「先生、そんな不利になると分かっている事を、何故今模擬戦で旭はしてるんですかね?」
椿の投げかけた疑問を聞き、美和は少し考え込み、
「う~ん、正直それは分からないわね~……。そう言えば前にグールと遭遇した時、皆も居たんだよね? あの時の旭はジャンヌちゃんだけで武装してた。しかも同調率も高めでジャンヌちゃんの力の把握も出来てた。って事は……」
そこで気付いた静華は、
「あの時も記憶の共有をしていた……? ですか?」
美和は頷く。
「あれって結構疲れるのよねっ。あの時、力を使った旭は疲れて寝ちゃったから、椿ちゃんに頼んだよね? もしかしたらスサノヲ君、旭の体を考慮に入れて、これまで言わなかったのかもしれないわね。それを旭があの時の事を思い出し、スサノヲ君に頼んだ。多分そんな所じゃないかな?」
「あ~、旭って結構無茶するもんね~」
椿の言葉に「だね~」っと、静華と恵愛は溜め息を吐いて頷くのだった。




