↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/72

腕なし様(3)

 誰も何も言わなかった。みんな息を殺していた。何かが椿に取り憑いている。……腕なし様が? 一同が恐怖に固まる中、柚子は椿の名を囁いた。


「椿……」

「貴様のせいだ」


 椿に取り憑いた腕なし様が唐突に柚子を指差して睨みつけた。その表情は激しい憎しみに染まっている。その顔を見た柚子は、口を閉じて愕然として椿を見つめた。


「貴様のせいで我は」

「出てけ!」


 翼が腕なし様を遮って声を上げた。勢いよく立ち上がり、椿の元へ駆け寄って肩を揺らす。椿の顔が不安定にぐらぐらと揺れるのを見て、柚子は思わず「やめて!」と叫んだ。


「なんで椿に取り憑いた? 出ていけ!」


 翼は怒鳴った。腕なし様はだらりと垂れ下がった首をゆっくりともたげ、翼を蔑むような目で見上げている。


 不良少年たちは意味が分からないという顔をしてただただ怯えている。何も言わない人間たちを見て、腕なし様は血走った目を大きく開いた。


「儀式を続けろ!」

「みんな紙破いて!」


 勝元が言う。みんなはハッとして、慌てて自分に渡されたメモを急いで破き始めた。柚子は自分の紙を破いてから、素早く椿の分の紙も手に取ってビリッと破いた。


「……」


 腕なし様は、まるで拗ねるような不満げな表情をしていた。じっとりとした目で柚子たちを睨みつけてから、がくりと項垂れ——椿が顔を上げた。


「椿!」

「大丈夫か?」


 柚子と翼が声をかける。椿は、深刻な表情をして自分を見ている八人を見てギョッとしたような顔をした。


「な……何?」

「えっ」


 一同が驚きの声を上げる。


「覚えてないのか?」


 真が言った。


「い、今椿取り憑かれてたんだよ……?」


 柚子が言うと、椿の顔が一気に青くなった。椿は呆然として呟く。


「え……? 何も覚えてないわ……」


 椿は混乱気味にそう言うと八人の顔を見回した。


「『腕なし様』をやっていたところだったのよね? それで……あれ? どうしたんだっけ……」


 椿は頭を抱えて唸った。柚子たちは思わず顔を見合わせた。


「柚子ちゃんが『腕なし様』を中断させたんだよ。そしたら椿ちゃんがなんかおかしくなってて……」


 英雄が言った。


「つーか大丈夫なのかよ? 体とか平気か?」


 正義がオドオドしながら言う。椿はこくりと頷いた。


「一橋さんって取り憑かれやすい体質とかなのかな。巫女の家系なんだっけ? そういうの関係あるのかも」


 沙也香が言った。そういえば、以前古山茶も椿に取り憑こうとしていた。


「いやそもそも取り憑かれたこと自体おかしいだろ! 今まで『腕なし様』やっておかしくなったみたいな話聞いたことねえよ!」


 誠也は怒ったような声で言った。


「中断させたことに怒って出てきた……のかな。さっきめっちゃキレてたよね」


 沙也香が考えながら言う。柚子は黙っていた。


「でも中断したから出てきたっていうんなら、同じようなことが今まで一度もなかったっていうのもおかしいよねー」

「つーかあれ本当に腕なし様なのか?」


 勝元が言うと、翼が疑わしげに言った。


「ま、待って……何があったのか教えてもらってもいいかしら……」


 椿が困惑した様子で言う。柚子は「あそっかごめん」と声を上げると、一部始終を椿に話し始めた。説明を受けるうちに、椿の表情は次第に険しくなっていく。


「……柚子が儀式を中断させた辺りのこと、まったく覚えてないわ……」


 椿は呟くようにそう言うと、小さく息を吐いた。


「柚子の考えは多分正しいと思うわ。『腕なし様』は古代の神様に生贄を捧げる儀式を模したおまじないで……私たちはそれぞれ馬と牛と女の首を斬っていた」

「マジかよ……」


 不良少年たちはすっかり縮み上がっている。


「でも、きっと捧げたことにはなっていないわ。恐らく……『どうぞ』と言っていないから」

「……なるほどねー」


 勝元が言う。


「だから続けろって言ってきたのか。その言葉を言わないと捧げたことにならねえから」


 翼も言う。椿は「多分」と言って頷いた。


「マジで願いが叶うならどんな願いにしようかとか考えてる場合じゃなかったな……」

「つーかあれがほんとに腕なし様なら願いとか叶えてくれそうもねえよな」


 真と誠也の言葉に頷くと、正義は腕を組んで首を捻った。


「でもなんでそんな生贄が欲しいんだ? ただの紙じゃん」

「それな。……柚子ちゃんたち呼んどいてよかったな」


 英雄はしみじみと呟いた。


 やがて、これ以上考えても何も分からない上に、またここに居続けるのもなんだか不気味だという話になり、ほどなくして一同は解散することになった。


 中央公園からしばらく歩いて一橋家の二人と別れる交差点までやってくると、柚子はふと思っていたことを口にした。


「椿、一旦基地に行って誰かに診てもらうとかした方がいいのかな」


 柚子の言葉に、翼が「あー」と声を上げる。


「うちじいちゃんもそういうの分かるから、わざわざ基地行かねえで平気だと思う」

「そうなんだ。すごいね」


 沙也香が驚いたように言った。


「じゃあ……気をつけてね。何か変なことあったら言ってね」

「ええ。それじゃ、また明日」


 不安げに言う柚子に椿はそう返して、翼と共に家に帰っていった。それから、新陽駅まで沙也香と帰り、駅から基地までの道を歩きながら柚子は小さな声で呟いた。


「……分かってるんだろうな……」

「え? 何?」


 勝元が柚子の声に反応して、柚子の身長に合わせて耳を近づけてくる。


「腕なし様は私が白面金毛の娘って分かってるんだろうなって思って……」


 柚子は虚ろな表情で続けた。


「多分……私前世で何かしたんだ。めちゃくちゃ怒ってた。中断したことなんかに怒ってるんじゃなくて、私のことを心から憎んでる」 


 柚子はそう言うと、両手で顔を覆った。どうしてこんな思いをしなければならないのだろう。今にも泣き出したかった。


「前世の私は一体何をしたんだろ……」

「……」


 勝元は何も言わずにただ柚子の言葉を聞いている。


 前世の白面金毛の娘は、今の自分とは完全に別人だと言えるのだろうか。ただ記憶がないだけの同一人物のようなものではないのだろうか? だって、あんな夢を見た。太郎にもいろいろなことを言われた。自分とまったく別の存在なのだと断言できないような気がしてくる。過去の自分は一体何をしたのかと、そんな風に考えてしまう。


「咲也さん何か知ってたりしないかねー?」


 何気なく放たれた勝元の一言に、柚子はハッとした。


 そうだ。彼は妖怪について研究している学者。白面金毛の娘と腕なし様にまつわる何かを、彼なら知っているかもしれない。


「……聞いてみようかな」


 柚子が独り言のように言うと、勝元は「いいんじゃない?」と軽い口調で返した。




 翌日、座学が終わると、柚子は真っ先に咲也の元へ向かった。


 陰陽師になってすぐの頃は主に和泉が柚子たちの座学の講師を務めていたが、顔合わせをして以来、咲也が担当することも増えていた。なんでも、和泉と咲也は教員免許を持っているため講師を任されているのだという。そして今日はちょうど咲也の担当日だったのだ。咲也が部屋の襖を開けて廊下に出たところで、柚子は思いきって声をかけた。


「あの、咲也さん」

「うん?」


 咲也が振り向く。柚子は緊張しつつも、できるだけ自然にと自分に言い聞かせながら続けた。


「腕なし様の話なんですけど……」

「……うん。どうしたの?」

「腕なし様って、あの……白面金毛の娘と何か関係あるんですか?」


 柚子の質問に、咲也は目を瞬いた。


「うーん……娘とは……聞いたことないなー。どうして?」


 うそ! 柚子は心の中で絶叫した。墓穴掘った!


「そういう話でも聞いたの?」

「あ……えっと……その」


 咲也さんも知らないとか! どう誤魔化そうかと焦って考えあぐねているうちに、咲也は柚子の顔を見つめて首を傾げた。


「……何か悩みごとでもあるのかな?」


 咲也が優しい声で尋ねる。


「あー……んー、ないわけではないです……」


 何と言っていいか分からず、申し訳ない気持ちになりながら柚子は苦し紛れにそう返した。すると、咲也は柔らかく微笑む。


「柚子ちゃん、甘いもの好き?」

「え? あ、はい。好きです」


 唐突な質問に面食らいながらも、柚子は頷いた。


「抹茶とか餡子《あんこ》とか大丈夫?」

「大好きです」

「お、よかった。それじゃ、よかったらちょっと外に行こうか」




 咲也に連れられてやってきたのは、基地からほど近い場所にある小さなカフェだった。どうやら和風をテーマにした店らしく、日本の甘味をメインに売っているようだ。


「僕はカフェ巡りが好きなんだけどねー、ここは落ち着くし結構気に入ってるんだ」


 案内された席で、咲也はニコニコしながらそう言った。


「素敵なお店ですね……」


 柚子は静かにそう言って、店内を見回した。どこか温かみを感じる店だ。


 店員が熱いお茶を運んでくると、柚子は咲也の勧めで抹茶アイスの乗ったあんみつを注文した。同じものを頼んだ咲也は、お茶を一口啜ると、柚子に小さく微笑みかけた。


「なんだか結構深刻そうだったからね。甘いもの食べて、リラックスしてから話してよ」

「……」


 柚子は唇を噛みしめて黙っていた。冷や汗が首を伝う。リラックスなんてできる気がしない。何をどうやって話せばいいのか、柚子は必死に考えていた。


 どうやって誤魔化すかということばかりに気を取られていたが、ふと柚子の脳裏にある考えが浮かんだ。……咲也さんにも私の正体を伝えちゃえば、何か有益な情報を聞けたりするのかな……。


「お待たせいたしました。抹茶あんみつでございます」


 若い女性店員が、あんみつを二つ運んできた。小さな深いお椀の中に寒天や白玉、黒豆がたくさん入っており、その上に丸い抹茶アイスが乗っている。あんみつの横には黒蜜が添えられていた。とても美味しそうだ。


 咲也が「ありがとうございます」とニッコリ微笑むと、女性店員は頬を染めて裏へと引っこんだ。


「それじゃ食べようか! いただきまーす」

「咲也さん」


 気がつけば、柚子は口を開いていた。黒蜜をたっぷりかけた白玉を今にも口に入れようとしていた咲也の動きが止まる。


「今から言うことに驚かないでください……っていうのは多分無理だと思うんですけど、全部真実なので信じてください」

「……うん? うん」


 咲也は、柚子の真剣な表情を見ると、ゆっくりと頷いた。


「私、……白面金毛の娘なんです」


 咲也の持つスプーンから、白玉がつるりと滑り落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。