39話 スキー合宿2日目
今回少し長めです
一通り滑り終える頃には、空はすっかり明けていた。最後の一本を滑り終え、二人はボードを外して雪の上に立つ。
「いやー、楽しかったわ」
「…楽しかった」
陸は満足そうに自分のボードを眺めると、ふと思い出したように三へ顔を向けた。
「なんかさ、三と一緒に滑ってるおかげか、俺ちょっと上手くなった気がするわ」
「俺は何もしてないけどな」
「そんなことないってー」
本当に何もしていない。滑り方を教えたわけでも、アドバイスをしたわけでもない。ただ隣で滑っていただけだ。
それなのに陸は、三の動きを見ているうちに、少しずつ自分の滑りへ取り込んでいった。最初はぎこちなかったターンも、今ではかなり安定している。
(覚えがいい、ってだけじゃ片付けられないな……)
運動センスがずば抜けてる。
三は心の中で感心しながら、ボードを抱え直した。
「じゃあ、明日も一緒に滑ろうぜ」
「明日は自由班だぞ」
「あ」
陸がピタリと動きを止める。
「そうやん」
「うん」
「マジかー! じゃあ一緒に滑れないじゃん」
陸はあからさまに肩を落とし、残念そうにボードを持ち直した。
「まあ…しゃーないか」
二人は他の生徒たちと合流し、宿へと戻る列に加わった。
◇
宿に着くと、三たちのクラスは割り当てられた部屋へと入っていった。
荷物を整理し、着替えを済ませて三が部屋に戻ると、先に戻っていた蓮が振り返る。
「三、どうだった?」
「楽しかった」
「お前がそんなこと言うの珍しいな」
蓮が少し意外そうに笑った。
「そうか?」
「だって、学校行事でそこまで楽しそうなの珍しいじゃん」
三は特に否定もせず、荷物を置いた。
しばらくして夕食を終え自由時間になると、男子部屋から男子たちの賑やかな声が漏れ聞こえてきた。
「おい斗真、それ反則だろ!」
「何がだよ! アイテムなんだからいいだろ!」
「いや、ズルいって!」
どうやら誰かが秘密で持ち込んだSwitchで遊んでいるらしい。
スマブラで大盛り上がりしていた。
「次、俺!」
「待て、俺が先!」
風呂の時間になっても、その騒がしさは相変わらずだった。
大浴場では蓮や斗真たちがさらにテンションを上げ、湯船の中でくだらない話をしたり、誰が一番長く潜っていられるか勝負を始めたりしている。
三はそんな様子を、少し離れた場所から眺めていた。風呂から上がると、今度はマリオカートが始まっていた。
「三、やる?」
「いや、見てる」
蓮に誘われて最初は断っていた三だったが、何度もしつこく言われ、結局輪に加わることになった。
「お前、意外と負けず嫌いだよな」
「全然」
「それを負けず嫌いって言うんだよ!」
そんなやり取りを交わしながら、三も自然とコントローラーを握り込んでいた。
ゲームが一区切りつき、喉の渇きを覚えた三はリビングの自販機へと向かった。
廊下へ出ると、ちょうど向かい側から優が歩いてくる。
「あ、三くん」
「優」
「どうしました?」
「飲み物買いに来た」
自販機の前に立ち、小銭を投入しながら、三はふと思い出して優に尋ねた。
「優は今日滑れた?」
「最初は少しあたふたしましたけど、途中からはすいすい滑れるようになりましたよ」
「そっか」
「三くんは?」
「感覚が少し戻ってきたって感じかな」
ボタンを押し、ガトンと落ちてきたジュースを取り出す。
「それにメンバーにも騒がしいのが一人いて飽きないし」
「ふふ、それはとても楽しそうです」
優が楽しそうに笑う。
「俺、いつもそんな楽しそうじゃない?」
「そんなことないですけど……」
優はくすりと笑いを深めて続けた。
「三くんがそんな風にしてるのが、なんだか新鮮で面白いですね。いつも以上に感情が表に出ているなって」
「えー……」
三は少し納得いかなそうな顔を作ってみせた。
「そういえば、色晴はどんなだった?」
「色晴?」
優は少し考えるように首を傾げる。
「転びすぎて、帰り際に会った時かなり萎えてました」
「やっぱり?」
「はい。でも少し滑れるようになったらしいですよ。ですがその頃にはもう、1日が終わっていたらしいですけど」
三が思わず笑うと、優も小さく微笑んだ。
「でも、夕食を食べたら少し元気になってました」
「単純だな」
「ふふ。色晴らしいですよね」
三は手に持ったジュースのプルタブを開け、一口飲む。
「まあ、元気になったならよかった」
「はい」
三は小さく頷くと、飲み物を手に自分の部屋へと戻っていった。
◇
スキー修学旅行も二日目を迎え、この日は丸一日が自由班での行動となっていた。
三は特に自分から誰かを誘うでもなく成り行きに任せていたのだが、結局は蓮に手を引っ張られるまま、同じ班に収まることになった。メンバーは蓮のほか、斗真とサッカー部に所属する男子生徒が二人。
もし蓮がいなければ、三は間違いなく班あぶれになっていただろう。拾ってもらったことには感謝していたが、正直なところ、蓮以外の面々とは普段の学校生活でもろくに話したことがない。
そんな三の微かな気まずさを察したのだろう。リフト乗り場へ向かって雪を踏みしめて歩く途中、並んで歩いていた蓮がポンと三の肩を叩き、口元を緩めた。
「まあ気負うなって。俺ら、全員あらかた滑れるやつばっかだからさ。基本的には各自勝手に一人で滑って、リフト乗る時に合流するくらいな感じで行こうぜ」
普段は調子のいいことばかり言っている蓮の、滅多に見せないさりげない気遣い。それに救われた心地になり、三は胸の内で小さな安堵の息を漏らした。
「……おう、ありがと」
それなら話は別だ。変に気を遣い合ってグループ行動をする必要がないのなら、純粋に滑りを楽しむことができる。
五人で順番にリフトに乗り込み、冷たい山頂の風を受けながら上空を進む。山頂駅に着くと、各々がビンディングを装着し、「じゃあ、下で」と緩い約束だけを交わして、滑っていく。
一人になった三は、深く息を吐き出すと、雪面へと視線を落とした。
しっかりとエッジを噛ませ、一気に斜面へと飛び出した。
切るような風の音とともに速度が上がっていく。三は滑走の勢いを殺さぬまま、軽く踏み込んで体を一回転させた。180(ワンエイト)を決めて着地すると、すぐさま姿勢を低く保ち、ボードの角を雪面に深く刻み込むようにして鋭いカービングターンを描く。
パウダースノーが綺麗な扇状を描いて舞い上がり、白い世界を滑り抜けていく。誰かに合わせるでもなく、ただ自分の感覚だけに集中して雪山を駆け下りる爽快感に、三の胸は静かに躍っていた。
疾走感の余韻を残したまま、リフト乗り場の前でスーッとボードを滑らせて綺麗に停車する。ゴーグルを頭の上に押し上げ、吐き出す白い息を眺めていると、すぐ後ろからザザッと激しく雪を削る音が響いた。
「うわ、マジかよ……おい三!」
振り向くと、同じくスノボーで滑り降りてきた斗真とサッカー部の二人が、目を丸くして三を見つめていた。
「三、お前マジでうまいな!?」
「さっきの回転するやつ何!? ターンもめっちゃキレてるし、後ろから見ててびびったんだけど!」
「あー……まあ、昔ちょっとやってたから」
予期せぬ称賛を真っ直ぐ浴びせられ、三は少し気まずそうに首のあたりを掻いた。普段あまり話したことのない男子たちから一斉に注目されるのは、どうにも落ち着かない。
「なぁ三、さっきのカービングってやつ? あれどうやるの? ちょっと教えてくれない?」
「俺も! ターンするときいつも引っかかっちゃってさ」
斗真たちに頼み込まれ、三は「教えるってほどのことじゃないけど」と返しながらも、リフトに乗りながら重心の置き方やターンのコツを丁寧に教えていった。今度は三人の滑りを後ろから見守りながら滑り降りる。
「三、マジで教えんのうまいわ。感謝!」
「サンキュ三! なんか一気に滑るの楽しくなってきた」
滑り終えたリフト乗り場でハイタッチを求めてくる斗真に、三は照れくさそうに笑って手を軽く叩き返した。
「覚えるのが早いだけだよ」
そう呟くと、横にいた蓮がなぜか我が物顔でふんぞり返った。
「だろ? だから言ったじゃん! うちの三はすげぇんだよ。なんでも教えられる天才なんだから!」
「……お前誰だよ。保護者か」
「保護者だよ! お前の才能を一番理解してるセコンドな!」
「威張る要素一つもないだろ」
三の冷ややかなツッコミに、斗真たちが一斉に爆笑する。朝感じていた気まずい空気は、もうどこにも残っていなかった。
何回か同じコースを周回し、十分に滑りを満喫した頃だった。
「そろそろあっちの大きいリフト乗ってみね?」
「お、いいね。あっちのコース、幅狭いけどスリルあって面白そう」
斗真の提案で別のリフトに乗ってさらに高い標高のコースへ向かい、斜面を滑り降りていく。すると前方にぽつんと、ゆったりとしたペースで滑る人物の姿が視界に入った。
(あ……あれ、色晴か?)
三は速度を少し落として目を凝らした。
色晴がぎこちないフォームながらも、転ばないよう一生懸命に膝を使い、必死の思いでゲレンデを滑っている。
(……一応、滑れるようにはなってるんだな)
少し安堵し、その横を通り抜けようとした――まさにその時だった。
「あっ、ごめんなさい!!」
背後から切迫した悲鳴が響く。
反射的に三が振り返った瞬間、視界の端を金属の塊が猛スピードで横切った。
――バチィンッ!
上のスキーヤーが落としたストックが、恐ろしい勢いで雪面を滑り落ちてきたのだ。
t三は間一髪で体を捻って回避したが、勢いを殺さぬまま固い雪面を滑走していったストックは、吸い込まれるように前方を進んでいた色晴の足元へと向かっていく。
カキン、と嫌な金属音が響いた。
「ーーえっ!?」
色晴のエッジにストックが深く絡まり込む。
予期せぬ衝撃に体制を完全に崩した色晴は、制御を失ったまま一気に加速し始めた。
「きゃあぁぁぁっ!? と、止まらないっ、止まれない!!」
「色晴――っ!!」
三の喉から、今まで出したこともないような怒号が飛び出た。
「姿勢低くしろ! 早く止まれ!!」
必死で叫ぶが、パニックに陥った色晴に声は届かない。暴走するボードは、コースの境界線を示す赤いロープの先――圧雪されていない、少し崖のように落ち込んでいる危険なコース外へと向かっていた。
「やめろ、そっちは――っ!!」
三の制止も虚しく、色晴の体がふっと浮き上がり、そのままコース外の落ち込みへと消えていった。
ガシャッという激しい音と、雪煙が巻き上がる。
「三! どうしたんだ急に!?」
異変を察して滑り込んできた蓮が、息を切らせて三の横に並ぶ。
三の視線は、色晴が消えた崖の下から離れない。心臓が嫌な音を立てて早打ちし、胸の奥が冷たく引き締まる。
「色晴が……俺のせいでコース外に落ちた」
「は……!? 色晴が落ちた!?」
「蓮、俺は今から色晴のところへ行く。お前はすぐ救援呼んでくれ! 先生かパトロール!!」
「おい三! 待てって、一人で行くのは危ねぇ――」
蓮の制止を最後まで聞く余裕などなかった。
三は速度を限界まで上げ、色晴が消えたコース外の境目へと突っ込んだ。
視界が一瞬宙に浮く。少し崖になっている危険な地形だったが、ぶつかることなく着地の衝撃を膝で殺し、猛烈な勢いで舞い散る雪煙の中を突き進む。露出した岩や立木を紙一重でかわしながら、深くエッジを刻んで急降下していく。
(どこだ……どこに行った……!?)
荒い吐息が凍りつき、胸が張り裂けそうなほどの焦燥感が全身を支配する。圧雪されていない深い雪に足を取られそうになりながらも、なりふり構わず斜面を滑り降りていく。
しかし、見渡す限りの白の世界に、色晴の姿はどこにも見当たらなかった――。
ここ最近、投稿ペースが著しく落ちてしまっており、楽しみにしてくださっている皆様には大変申し訳ありません。この先もしばらくは更新が遅くなってしまう時期が続く可能性があります。
それでも、この物語を最後までしっかり描き切りたいという思いに変わりはありません。マイペースにはなってしまいますが、これからも執筆を頑張って続けていきたいと思っています。
皆様からいただく★やブクマ、あたたかいコメントの一つひとつが、本当に大きな励みになります。いつも背中を押していただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
これからも自分なりのペースでゆっくりと、大切に書いていこうと思いますので、どうか気長にお付き合いいただけると嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします!




