とある女王、海釣りをしていたはずが……(後編)★
「亀……貴方ねぇ、帝国から苦情が来てるのよ。こちらが海で遊んでいる人を誘拐しているって。人魚の国を広めたい気持ちは分かるんだけど無理矢理連れてくるのは一歩間違うと犯罪よ? 人魚でまたあらぬ悪女の噂が立つ前に止めてって言ったわよね???」
聖国の女王、オペラ・ヴァルキュリアの前で亀は縛られて吊るされていた。
亀の甲羅に沿って不思議な縄の縛り方をされている亀は心なしか悦んでいるようにも見えた。何故か。
亀は怒られる為にやっているのでは無いかとさえ思えてきた。独特の縛り方はこの国特有の物なのか分からないが見てはいけないもののような気がしてオペラは目を逸らした。
「ごめんなさいね。何処の何方か存じませんが亀が勝手に連れて来たみたいで。すぐにお帰り頂いて……あ……」
人魚はオペラのあまりにもあんまりな姿を見て眉を寄せた。
美しい髪は海で揉みくちゃに流されたのか海藻や小さな魚が絡まっていてボサボサ。服も何処を通って来たのか分からないがボロボロである。
よくよく見ると美しく高貴なその容姿……ただ魔法で乾燥させてお帰り頂くのも申し訳ない気持ちになった。
「良ければ……身綺麗にしてからお帰り頂いても?」
「……ええ……まぁ……」
そう言われて自分の悲しい姿に初めて気付いたオペラは早く陸に帰りたい気持ちを押さえて人魚の申し出を受けた。流石にこの格好で帝国やゲート都市を抜けるのは嫌すぎたから。
「こっちよ」
人魚が身体に魔法陣を描くと魚だった尾がすらっとさした足へと変わり、そのまま歩き出した。
人魚は街の中心部にある大きな宮殿へと向かって行った。宮殿に進むにつれ、此方を見た半ケツの男達が先導する人魚に向かって跪く。ケツがほぼ見えそうになりオペラは怒りながら目を瞑った。頼むから跪かないで欲しい……と。
「貴女……もしや身分の高い人魚じゃなくて?」
進みながらオペラは訪ねてみた。人魚はくるっと振り返り笑う。
深い海のような瞳にグラデーションのかかったパステルピンクの髪が靡いた。
「いかにも、私がこの国の女王アクアよ。それで、誘拐された美しいお嬢様は何方のご令嬢かしら?」
「……わたくしは……オペラ。遠い国から来たわ」
★★★
泡立つ風呂……宮殿内にある浴室へとオペラは連れて来られた。天井が海で開放感がありすぎて落ち着かない。これは海を泳ぐ人から見えないのだろうかとオペラは心配になった。
アクアの家臣達に寄ってたかって手入れをされるオペラ。1人で洗えると言ったのだがアクアが断固としてそうさせなかった。
べっしょりと張り付いていた服も脱がされ持って行かれてしまった。
良いだけ手入れされたタオル1枚のオペラを見て家臣達はほーっとため息をついた。
人魚の国の女王も美しいが、この客人も見た事のないような綺麗な方である。アクアを美しい海と例えるなら此方はシルクか宝石か。よくよく見ると小さく畳まれた羽が背中に見えた。容姿の特徴といい聖国の有翼人であるが、聖国人を初めて見た人魚達は珍しそうにオペラに触れた。
「……服を、頂きたいのだけれど……」
「それが……お客様の召していた物はかなり酷い有様でして。こちらを代わりにお召しください。」
そう言って家臣達が服を差し出した。
「ありがとう、着替え位1人で出来るからもう出て行ってくれない?」
「かしこまりました。アクア様が応接間でお待ちですので服を召してお越し下さい」
これ以上世話を焼かれるのも嫌だと思ったオペラは家臣達を下がらせた。部屋はオペラ1人になる。
何でこんな事に……と、ため息をつきながら畳まれた服を取った。
(……妙に布面積が少ない。というか着方が分からない)
その服……装飾は付いているが、どう見ても胸と下を隠す下着程度にしか布が無かった。
何かの間違いか実際に着る服を忘れたのか? とも思ったが、半信半疑で試しに装飾をつけてみると、薄くスケスケの布が申し訳程度に身体を隠していた。……いや、隠れてはいない。何たってスケスケなのだから。布面積も足りていない。最早下着姿である。装飾を付けた派手派手な下着姿である。
「ちょっと……」
呼びかけたが家臣達は居なかった。自ら人払いしたのだ。居るわけがない。
コレを着てアクアの元に行くしか選択肢は無かった……正直これで完成しているのかさえ疑わしい露出ばかりの姿を手で隠しながらオペラは応接間へ向かった。
「あら、似合っているわよ」
応接間ではアクアが貝の座に座って待っていた。
「……この服は何なの……」
「? この国では殆どの外国人はその様な格好をしているわよ? 海だし。私達の服はヒレを魔法で変えた物だけど、貴方達は水を弾かないのだから水着じゃないと不便でしょう?」
言われてみれば街中は人魚の女性か半ケツの男達ばかりであった。これが普通だというのは海や水着を知らないオペラには衝撃過ぎた。
……いや、自分が知らないだけで外の国ではこんな薄着も普通の事で、案外気にしているのは自分だけなのだろうか? とオペラは思い始めて来た。
郷に入っては郷に従えという言葉があるらしく、他国の事を知る為にはまず自分が変わらないといけない。オペラはスースーするお尻を羽を広げて隠しながら何とか平静を装った。
「それで、貴女は聖国人なのよね? 私には聖国がどんな所か分からないのだけど、わざわざ帝国の海で聖国の女性が何をしていたの? それもこんな季節外れの寒い時期に」
「それは……」
オペラは悩んだ。正直に言うべきか……非情にして冷酷、聖国の女王オペラ・ヴァルキュリアが新鮮な魚が食べたいが為に釣りをして亀に引き込まれてこんな破廉恥な格好をしているなどと……冷静に考え直したオペラは心が死んだ。
だが、まだセーフなのだ。何故なら自分か聖国の女王という事は明かしていない。流石に容姿から聖国人なのは隠せなかったが、今の自分はただの1女子。下着のような姿で魚が食べたい……ただの女子がいるだろうか……?
「何かお困りならご迷惑をおかけしたお詫びにお手伝いするわ」
その言葉を聞いたオペラはパッと目を輝かせた。
「あの、わたくし新鮮なお魚を食べに来たの……」
そこまで言ってオペラはハッとした。人魚に魚が食べたいなどと言って良いものだろうか?
だが、アクアは平然としてナイフを取り出した。
「不老不死になれるという噂を求めて人魚の肉を食べに来たのかしら? 実際はクソマズだけどそれでも良ければ――」
アクアが尾にナイフを刺そうとしたのでオペラは慌てて全力で止めた。
「ちょっ、ちがっ! 違うわ!! 普通の、ごく一般的に人間が食べる魚よ!!」
「あら、そんな物で良かったのね……遠方からわざわざ来るのだから余程の理由かと思ったわ」
海の無いファーゼストを出て魚を食べに来るのはオペラにとっては余程の理由だったのだが、人魚の国にとってはその辺の兎や木の実を食べる様な感覚だったらしい。
「それならば直ぐに用意させるわ。前回来た客人が私と戦いたいとか言って大変だったから身構えちゃった」
人魚の国の女王にケンカを売りに来るなどとはどういう客人だったのだろうか? と首を傾げたが、オペラには関係の無い話であると深く考えはしなかった。
そうして家臣達の用意した新鮮な魚料理がオペラの目の前に運ばれて来た。
「…………」
目の前に広がる色んな種類の刺身はまるで花を形取るかのように美しく盛られていた。……横たわる男の上に。
「……これは……何なの……???」
「え? 新鮮なお刺身よ? 御所望でしょう??」
魚の刺身は分かった。分かったが……何故恥じらい仰向けに寝転がる男の上に盛られているのかが全く理解出来なかった。アクアは一向に食べない様子のオペラに不思議な顔をしている。
「あ、もしかしてこの『ハシ』が見慣れないかしら? こっちにフォークもちゃんと有るわよ?」
まるで銛のように尖ったフォークを見て器側もビクッとしていた。器が困っている……いや、ちょっとドキドキしている。
オペラは考えた……これは、自分が知らないだけで魚料理はこうやって盛って食べるのが主流なのだろうか? と。
イケメンとは言え、男の上に盛られている刺身というだけで正直食欲が相当失せた。
……だが、もしこの器のイケメンが自分の想い人ならば……??
「きゃあああああ!!!!」
想像があまりに破廉恥過ぎてオペラは叫び出してしまった。
「ど、どうしたの??」
「……な、何でもなくてよ」
一瞬でも想像してしまった自分をオペラは心底殴りたくなった。色々誤魔化す為にフォークを取り刺身にブッ刺す。痛っ! という声が聞こえたような気がしたがこの際もう気にしないようにした。
「……美味しい……」
意を決して口に運んだ料理は確かに美味しかった。
「そうでしょう? この海の魚は特別美味しいわよ。」
物事を見た目だけで捉えて食わず嫌いしてはいけない……見た目がアレでも美味しい物は美味しいのだ。流石に際どい所に乗っている刺身は食べる気にならなかったが……
オペラは他国の文化をまた1つ学んだ。
「さぁ、満足したかしら? そろそろ送っていってあげるわ。それとコレ」
アクアから渡されたのは箱だった。……前に人魚の国へ行き帰りにお土産の箱を渡されて開けると老人になってしまったという男の話を本で見た事があるオペラは恐る恐る箱を開いた。
中に入っていたのは綺麗に直された自分の服だった。
「ちゃんと綺麗にしておいたわよ。でも、地上に戻るまではまた汚れちゃうと困るからそのまま帰った方がいいわね。洞窟と海を抜けなくちゃいけないし」
それもそうかとオペラは箱を収納魔法に仕舞った。
「帰りはこの洞窟を抜けた先の海を真っ直ぐ進めば元の場所よ。良かったらまた遊びに来てね」
そう言って手を振るアクア。家臣達も見送っていた。ビキニ姿の男にもいい加減見慣れて来たのでまたそのうち遊びに来ても良いかもしれない。今度は聖国のお土産でも持って来ようとオペラは思った。
海を上がると辺りは夕暮れになっていた。人の気配も無くなり肌寒い。誰かにこの姿を見られてはならないとオペラは渡された箱から服を取り出し元の服に着替えて海を後にした。
「わぁ……」
海に沈む夕陽は聖国から見るものとは違った。山に沈む太陽ではなく、海に溶けて無くなるような景色だった…
居なくなる太陽は距離がちっとも縮むことが無い想い人を見ているようだった。
(……今、何をしているのだろう)
★★★
帝国の皇帝、太陽の色のイケメン、ルーカスは占術師レイジーに相談をしていた。
「……なるほど、最近聖国の女王が国を空けて不在にする事があり、何をしているのか心配だと」
「まぁ、平たく言えばそういう事だ」
ルーカスは最近、定期的にオペラの様子を情報屋に調べさせているのだが……どうもオペラはしばしば国を空けて何処かへ出かけているようであった。
何か悪い事をしている訳では無いと思うが、聖国の家臣も口を割らない。たまに皇城に来ていた事もあったのだが、ここ何回かはそれでも無く……少し気になっていたのだ。
「分かりました。浮気でもされてないといいですね」
「止めろ、そういう話をしているのでは無い。単純に何かに巻き込まれていないか心配なだけだ」
「そういう事にしておきましょう。では」
レイジーが水晶に念を送ると景色が映し出された。そこは海だった……見覚えのある海。恐らく帝国の浜である。
浜には白い長い髪の女性が居た。何だ、オペラは帝国の海に居たのか、一体何を……とルーカスがオペラを見た瞬間に固まった。
その姿はいつもの服装では無く、殆ど下着のような際どい水着だったからだ。
しかもそれを更に脱ごうとしていた。
瞬間ルーカスは水晶を叩き割った。
「……何をするのですか……酷い」
「……彼女は何をしていたのだと思う?」
「それを確かめる前に陛下が水晶を割られてしまったので」
「……それは……申し訳ない」
結局、オペラがあんな格好で何をしていたのか……ルーカスは知る事が出来なかった。




