とある女王、海釣りをしていたはずが……(前編)★
ボーっと海を見ながら何かを待つ美しい女性が1人。
聖国人の特徴である白い髪は腰まで長く、赤い瞳は白く長い睫毛から溢れ落ちそうな煌めき。
背中の羽は小さく仕舞われ、さやさやと白い髪だけが海風に揺れていた。
「……何でわたくしがこんな事を……」
非情にして冷酷、聖国の女王オペラ・ヴァルキュリアのもつ釣り竿は……未だ何の重みも感じなかった。
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それは、聖国に入ってきた1冊の本。
他国に興味を持った女王の為に家臣が旅商人から仕入れた世界のガイドブックであった。
帝国から発行されたその本は、冒険者から集めた情報を元に作成されたダンジョンや街道の危険な場所や野良魔獣情報等を知るための情報誌のはずだった……が、最近帝国から広まる治世が国を住みやすく楽しく導くあまり、集まる情報の殆どが娯楽や美食の情報ばかりで最早観光ガイドブックと化していた。
これが普通の冒険者向けガイドよりも人気で一般人から冒険者まで飛ぶように売れている。
冒険者だってどうせ冒険に出るなら美味しい物が食べたいし景色の良い所にも行きたいし評判の良い宿に泊まりたい。
そんなこんなで大人気となり、ギルドで頒布しているのに中々手に入りにくいのがこのガイドブックである。ちなみに投稿者Wの情報はその正確さもさることながら記事の的確さや読みやすさや美味しい物を伝える上手さが好評で、Wが取り上げた場所は必ず流行るという。Wの素性は明らかになっていない。
「全く……他国に目を向けるとは言ったけれど、こんな本まで仕入れてくるなんて気が早すぎるわ。聖国の女王がそう軽々しく各地に行くとでも思っているなら心外ですわ」
……嘘である。本当は凄く興味がある。
オペラは誰も居ないのを確認してチラチラと置いてある本を見た。
実は本人は気付いていないが、家臣達がいる時にもチラチラ気にしていたので皆気を使って部屋から出て本とオペラだけにしたのだ。
家臣達は、早く見て好きな所に出かけて下さいと陰ながら見守っていた。
小一時間チラチラしていたが、オペラがやっと手に取った時は声が出そうになったが陰から見守る家臣達はグッと堪えた。
「海……」
表紙には『寒くなってきたこの時期こそ海! 冬は魚が美味しい季節!!』と書かれていた。
海を殆ど見たことがないオペラは、魚料理も殆ど食べたことが無い。
海に面せず森に包まれたファーゼストで食べられるのは森で獲れる肉か木の実や果物ばかり。たまに入って来る魚も保存魔法がかかっているか冷凍魔術具で凍らされたものだ。新鮮な魚等食べたことが無い。
それに、ガイドブックに載っている魚はどれも見た事が無く想像も出来なかった。
Wの巧みな紹介が美味しそうに魚を紹介している。新鮮な魚は甘いらしい。
「帝国の海なら……ゲート都市からすぐね……」
オペラはようやく決心し、家臣達を探した。
「貴方達、わたくし……少し用があって留守にするけど……」
「かしこまりました。オペラ様の留守は我々がお守りしますのでどうぞ存分にお楽し……いえ、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「? 頼んだわよ」
飛んで行くオペラの後ろ姿を見送りながら家臣達は見えない所で拳をグッと握った。
★★★
ゲート都市から帝国へ抜け、しばらく飛んで移動すると魔王領が見えた。
未だ魔王領に行く気にはなれないが、ガイドブックにもかなりの頁で紹介されていた。信じられない事に魔王領は今や観光地と化しているらしい。
魔王領を更に抜けると森が切れて砂浜と海が見えて来た。来る気になった事が無いので知らなかったが見た事の無い海は意外にも近かった。
「うみ……」
暖かい風がふわっと吹いた。白い浜の向こうには不思議な色の海が果ても見えず広がっていた。かなり遠くの方に砂浜のような島が見える。
もう少しだけ上から見ていたいような気もしたが、目的は景色では無いのを思い出して砂浜へと降り立った。
砂浜はオペラの靴には歩き難く、靴を脱ぐと砂が足に付いた。何だか暖かい。
押しては引く波が不思議だった。砂浜をしばらく歩くと『つりぼり』と書かれている看板が見えた。
「つりぼり……」
「お嬢ちゃん、釣りして行くかい?」
「お嬢……わたくしの事???」
「釣った魚は直ぐに焼いて食べられるんだよ」
「……直ぐに……?」
訳の分からぬまま釣り竿を渡された。ウネウネした物が糸の先の針に刺さっていたが、それが何なのか考えたくはなかった。
「それを海に垂らしてしばらくボーっとしていたら時期に魚がかかるよ。あっちの堤防なんかはよく釣れるし人も居ないから行ってみるといい」
言われるがままにオペラは堤防に向かって糸を垂らしてボーっと待っていた。
確かにガイドブックにも釣りの事は書かれていた。根気が要るらしいその釣りとやらは……一向にかかる気配が無かった。
だが、ボーっとしながら海を見ていると何だか普段の女王としての生活も魔族に対して怒っていた事も兄の事も全てを忘れてしまいそうだった。
普段は気を張ってなくてはいけないのでそんな時間を取る事は出来ない。たまにはこうして誰も知らない土地に1人で旅をするのも良いかもしれないと思い始めた。
しかしふと、この綺麗な景色を愛しい人と2人で見ることが出来たならばどんな感じなんだろうかとも想像した。
――いや、綺麗な景色所では無いしきっと景色すら目に入らない程愛しいあの御方を見てしまうだろう。
天気の良い海にさんさんと降り注ぐ太陽は、まるで愛しい人のようだった。美しい笑顔を思い出してオペラは途端に恥ずかしくなった。
手を振って妄想を払い現実に戻ると、釣り竿が大きく傾いでいた。
「え……引いてる……???」
慌てて竿を引くが、かなり重い。魚はこんなに重い物だったろうか???
あまりに強く引くので海に引き摺り込まれそうだった。普段ならばこのくらい引き戻せそうなのだが、今は羽を仕舞っているので上手くバランスが取れず、堤防を踏み外して思いっきり海にダイブしてしまった。
海は初めてな上、普段からあまり水に潜る習慣は有翼人には無い。いつぞやに溺れかけたのを思い出した。
こんな所で1人で溺れる訳にはいかないと目を開けると、手に持っていた釣り竿の先からこちらを向いていたのはバカでかい亀だった。
「ガボボボ!!!!!」
あまりに驚きすぎて更に空気を吐き出してしまった。ヤバイ、このままでは死ぬ……と思った瞬間、亀に物凄いスピードで竿ごと引っ張られてしまった。
意識が遠のきかけたオペラの頭の中では、亀って食べられるのだっけ……? という呑気な考えが浮かんだ。
「ぷはっ!!!!」
気がつくと亀は海から上がり知らない洞窟に居た。かなり長い時間引っ張られていたのではなかろうか? 意外と息が続く物だと感心していたが、亀に連れて来られた洞窟は何処なのか全く見当の付かない場所だった。
亀は此方へ来いとばかりに歩き出す。オペラは警戒したが、洞窟の奥に進むか海に戻るかの二択しか選択肢は無い……仕方なく亀に付いて奥へと進んだ。
「……ここ……何処なの……」
洞窟の奥を歩いて行くと次第に景色はキラキラとした真珠や珊瑚が増え、鍾乳石が家を造る街並みへと変わった。
こんな洞窟に街並み? と思ったが、開けた景色の上は海であり、そこから流れる滝を伝って降りて来る者達を見て納得した。そう……ここは人魚の国なのだ……。
本や話には聞いた事のある人魚だったが、まさか実際に居るとは思わずオペラはマジマジと見た。
だが、その国に居たのは人魚だけでは無かった……
派手な装飾……そして布部分が限界まで狭められたブーメランパンツ。最早装飾もパンツも服の体を成していない、殆ど裸の男達がそこに居た。
(キャアアアアアアアア!!!!!)
余りの衝撃にオペラは声も出ず心の中で叫んだ。こんなに布面積の少ない男を見たのは初めてである。セリオンの獣王アンバーも中々に胸がはだけていたが、ここまででは無い。こんな物はもう裸と同じである。直視に耐えかねてオペラは目を覆った。
「あの、大丈夫ですか?」
「いやああ!!! やめて! 来ないで!!! わたくしに近づかないで!!!!」
愛しい人の裸も見た事は無いのに他の男の……それも大量の男達の半裸を見たオペラはショックを受けた。いや、愛しい人ならば良いとかそういう問題では無い。愛しい人の半裸を思わず想像してしまい、オペラは卒倒寸前だった。
オペラを心配して男がワラワラと集まって来る気配が取れた。勘弁して欲しい……いっそ全員纏めて吹っ飛ばしてくれようかと魔法陣を作りかけた時、今度は女性の声が聞こえた。
「何なの? ……もしかして亀がまた人間を連れて来たの?」
薄く目を開けるとそこには海の様な青い目をした人魚が居た。




