粒々の入った缶コーヒー
読んで戴けたら倖せです。
朝、緋曖が目を覚ますと部屋中、料理のいい匂いが満たしていた。
着替えてキッチンに行くと萩がもう起きて朝食を作っていた。
テーブルを見るとみそ汁やハムエッグが湯気を立てている。
「あ、おはようございます」
「おはよう、萩
朝ごはん、有り難う」
緋曖は軽く萩を睨んで言った。
「そのさ、ですます口調止めてくれないかな
逆に不愉快だよ」
「あ、それはすみません」
「だから………………」
緋曖は眉をしかめた。
「あ、ああ…………ごめん」
「そうそう」
緋曖は笑った。
「座ってて、今ご飯装うから」
萩は食器棚から茶碗を取り出すと、ご飯を装って緋曖の席の前に置いた。
緋曖は席に着きながら言った。
「いいものだね
目が覚めると料理の匂いがして、おはようって言って貰えて、一緒にご飯食べられる人が居るって」
萩は笑った。
「そんな言葉がでる様だと緋曖は早く結婚した方がいいんじゃない? 」
緋曖は萩の予想もしない言葉に驚いた。
「ええっ?
結婚?
考えた事も無かった」
「きっと在ると思うよ、緋曖には結婚願望」
「そうかなあ」
緋曖はハムエッグの黄身に箸を刺して言った。
「萩は、今日はどう過ごすの? 」
萩はみそ汁を飲み込んで言った。
「とにかく、N市に行って訊いて回ろうと思う」
「そう…………
ボクも同行して構わない? 」
緋曖は目だけで萩を見た。
「緋曖……………………? 」
萩は問う様な目を向けた。
「ボクも手伝いたい
キミの役に立ちたい」
緋曖は熱の籠った視線を萩に向けた。
「緋曖は本当に優しいんだな
でも仕事は? 」
緋曖は背凭れに背中を押し付け目を伏せて言った。
「ボクは自由業だから、仕事に付いては心配無いよ……………」
緋曖は萩の顔色を覗き見る。
「ダメかな……………? 」
萩は身を乗り出した。
「そんな事無いよ!
凄く嬉しいし、助かる! 」
緋曖は頬杖をついて萩を見詰めた。
「じゃあ、決まりだね」
萩はテーブルを見詰めて言った。
「じゃあ、お昼のお弁当は二人分だね」
緋曖は身を乗り出して言った。
「お弁当?
それは、凄く楽しみかも! 」
それは緋曖には真実だった。
緋曖は真実と混ぜ合わせる事で、嘘が信憑性を増す事を心得ていた。
萩は笑いながら言った。
「有り合わせで作るから、大した物は作れないけど」
緋曖は萩を見詰めて微笑んだ。
『全くの無駄足になるけどね
なぜならボクは、N市には行った事も無い』
N市の駅前に降り立った緋曖と萩は、N市の地理も無いので一緒に行動する事にした。
訊いて回ると言っても何処から手を付けていいものか二人は途方に暮れたが、取り敢えず東へと足を運んだ。
駅の周りなら噂や情報が集まり易いだろうと云う事で、手分けして手当たり次第、近辺の建物に入っては訊いて回る事にした。
しかし、外で顔を合わせる度、虚しく首を横に振る事しかできず、緋曖は訊いて歩く内に、自分たちが探し求めているのが自分では無く、別の誰かを探している様な気になって来る不思議な感覚を憶えた。
途中で、入り口が国道に面した河川だった場所を埋め立て、市民の憩いの場として作られた遊歩道を見付け、太陽がすっかり登り切っていたのに気付いて、二人は木陰に設置されたベンチでお昼を取る事にした。
「何だかピクニックみたいだ」
そう言って緋曖は笑った。
芝生が道を割って生え、木々が処々に生い茂る中、小さな子供を遊ばせる母親や杖をついた老人が緑の色彩を楽しんでいる。
一人の杖をついた老婆が一端こちらを見て背を伸ばし、また歩き始めた。
それを見ていた萩は老婆に駆け寄って何か話し掛け、老婆の手を引いてこちらに来た。
「緋曖、芝生に座って食べない? 」
萩の言葉に緋曖は立ち上がった。
「ばあちゃん、ここに座りなよ」
萩はそう言うとゆっくり老婆をベンチに座らせた。
老婆はベンチにすわると、一息ついて礼を言った。
萩は芝生に座り込むとリュックを下ろして、おにぎりを取り出し緋曖に渡して、もうひとつ取り出すと老婆に差し出した。
「ばあちゃんも食べないかい? 」
老婆は皺だらけの顔を綻ばせて言った。
「いいのかい?
あんたらの分が無くなるよ」
萩は笑って言った。
「大丈夫だよ、いっぱい作って来たんだ」
老婆は嬉しそうに受け取った。
緋曖はそこに腰を下ろして、おにぎりのラップをはがした。
萩は昨日スーパーで買った大きなタッパーを出して蓋を開けながら言った。
「ばあちゃん元気だね、幾つ? 」
老婆は声を出して笑いながら言った。
「もう今年で八十だよ」
「へえ、ばあちゃん若いなあ
全然八十には見えない、十四、五はサバよめるよ」
「そうかい? 」
老婆はまた声を上げて笑った。
緋曖はおにぎりをかじりながら、その会話を黙って聞いていた。
老婆はおにぎりをしみじみ見ながら言った。
「最近はおにぎりラップを使わないんだねえ
昔はおにぎりと言えばおにぎりラップだったのに」
『おにぎりラップって何?
おにぎり専用のラップの事?
そんなものあるの? 』
緋曖は不思議に思って萩の顔を見た。
萩は笑って言った。
「ばあちゃん、それはアルミホイルって言うんだよ」
緋曖は目を丸くした。
『アルミホイルが何故、おにぎりラップ?
通じる萩が異星人に見えて来た』
萩は割り箸を緋曖に渡すと慣れた手つきでタッパーの蓋の裏に、おかずを何品か載せて老婆の座るベンチに置いた。
「ばあちゃんも食べなよ
オレが作ったから、口に合うか解んないけど」
老婆は神妙な顔になって礼を言った。
だが、直ぐ明るい顔をして、持っていた小さなレジ袋を膝に載せて言った。
「あんたら、いい男だから粒々の入った缶コーヒーをあげるよ」
『粒々の入った缶コーヒーって何?! 』
緋曖はまた萩の顔を見た。
萩は言った。
「ばあちゃん、いいよ
オレ達がいい男なのは認めるけど、折角痛い足引き摺って買ってきたんだろ?
そんなの貰えないよ」
老婆は笑って言った。
「いいんだよ
歳寄りは歩かなくなると直ぐ歩けなくなるからね
歩く為の口実に買いに行ったんだ
じいさんも先立って、飲むのはわたしだけだから、いつもご近所さんにあげてるんだよ」
緋曖は何が出て来るのかと老婆の手元を凝視した。
老婆が小さなレジ袋から取り出したのは缶の甘酒だった。
緋曖は驚きに目を見開いた。
『どうして、甘酒が粒々の入った缶コーヒーなの! 』
老婆は二本の缶の甘酒を緋曖と萩に一本ずつ、身を乗り出して渡した。
緋曖は頭を下げ受け取ると、しげしげと缶の甘酒を見詰めた。
『粒々の入った缶コーヒー………………………』
それから老婆は食べながら、身の上話や昔話をした。
萩は終始笑顔で相槌をうちながら食べていたが、緋曖には退屈だった。
食べ終わると老婆は言った。
「ご馳走さま
こんな楽しいお昼は久し振りだよ
有り難う、お兄ちゃんたち」
「口に合ったかい? 」
「うーん、とっても美味しかったよ
あんたをうちの嫁に欲しいね」
萩はゲラゲラ笑った。
老婆は言った。
「あんたら、情けは人の為ならずって言葉知ってるかい?
人に情けを掛けていれば巡り巡ってやがて自分に返って来るって言葉だよ
あんたらはいい子だから、きっといい老後が過ごせるよ
でも、世の中にはその反対もある
それはね、溜まり溜まって一番その人が弱った時に出て来る
人を呪わば穴二つって言葉もあるたわろう?
わたしは、そんな人をいっぱい見て来たよ」
老婆は杖を持つと、よっこらしょと掛け声を上げて立ち上がった。
「本当にご馳走さんね
わたしは、またゆっくり歩いて帰るさ」
老婆は腰を一回伸ばして、その言葉通りゆっくりと去って行った。
萩はしみじみと言った。
「人を呪わば穴二つか…………………」
緋曖はやっと自分を取り戻して言った。
「さすがに歳寄の相手が上手いね」
萩は笑って言った。
「脚が痛いと、もう若い時みたいに地べたに座って、簡単に立ち上がる事ができないんだよ
歳寄ってみんな淋しいから、話を聞いてくれるだけで凄く喜ぶんだ」
「そうなんだ」
緋曖は立ち上がって思い切り伸びをした。
「さあて、また訊いて回らなくちゃね」
萩も手早く食べた後を片付けると、リュックを背負いながら立ち上がった。
緋曖は不意に目を伏せた。
『その反対もある…………か……………………』
緋曖と萩は、夕方まで訊いて回ったが手掛かりなど得られる筈も無かった。
萩は肩を落としてがっくりと駅のベンチに座り込んだ。
緋曖は萩の隣に座り、萩の肩に手を置いて言った。
「この次はきっと手掛かりを掴めるよ」
萩は拳を握って独り言の様に言った。
「絶対、探し出す
何年かかっても、必ず」
その言葉には強い意志が籠っていた。
『見付けたとしても、ボクを殺す事はできないよ』
緋曖は、そう思いながら慰める様に萩の真剣な横顔を見詰めていた。
「とにかく、今日は疲れているから帰って休もうよ
お腹も空いて来たし
よく休んで、元気になったらまた探そう」
萩は俯いたまま勢いを付けて立ち上がった。
緋曖は先に立って歩いた。
「緋曖、有り難う………………」
緋曖が振り返ると、萩は疲れて憂いを帯びた表情を浮かべていた。
緋曖が言葉に詰まっていると、萩はにっこり微笑んで言った。
「何が食べたい? 」
「え? 」
「晩御飯、何か食べたい物は無い? 」
「え、そうだな
スタミナの付く物がいいかな
萩が頑張れる様に」
「じゃあ、肉だね」
萩が歩き始めたので、緋曖も歩き始めた。
「生姜焼きか、カツ丼? 」
「野菜がいっぱい摂れるから中華丼も捨てがたい」
「中華丼かあ
そう言えば、暫く食べて無いなあ」
「中華丼に決まり」
「ええ!
でも生姜焼きも捨てがたいよ」
「緋曖は優柔不断だなあ」
「そうかなあ
食べ物決められないくらいで、優柔不断て決め付けられたら敵わないなあ」
「材料買わないと」
「帰りにスーパー寄る? 」
萩の表情が少しずつ和らいで行くのを見ている内に緋曖の気持ちも和んで行った。
読んで戴き有り難うございます。
作品の中に出て来た、おにぎりラップと粒々の入った缶コーヒーは、スーパーに勤めていた頃、そう言って何処にあるか訊いて来た老人が実際に居ました。笑
独特の言い方があって、老人って面白いですよね。
私が住んでる街の老人は夜7時には寝て、夜中の2時頃から起きると云う老人、多いです。
冬は起きると朝になるまで雪はねしてるようです。
そいえば、老人は何故か雪はねに命掛けてますね。
きっちり雪はねして家の前をキレイにすることに、めちゃくちゃ拘る人多いです。
私の母親も今年、81歳になりましたが、うちの母親は異端児です。
雪はねには拘らないし、て、ペースメーカー入っているので、ハードな運動はドクターストップかかってます。
夜も寝るのは11時半くらい、この間まではDライフでやってるアメリカ産のドラマ喜んで観てました。
趣味は編み物とナンクロ、ジグソーパズルと私をおちょくる事です。笑
好きなアイドルは嵐の松潤です。
なんか、さすが私の母親。
訳解らんわあ。