2.離れる距離
「おはようございます旦那様。」
「…朝から陰気臭い顔をみる生活も慣れてきたな。」
新婚生活は上記の通り、なんの変哲も無いアルフレドの罵倒から始まる。
これも何年も前からのことなのでいつも通り謝罪しスルーするリリエッタ。
そうしてまた胃を痛めるアルフレド、ここまでが一通り。
ダイニングにはすでに朝食が並べられており、長いテーブルの端と端に座ると会話もなく食事が終わる。
尚アルフレドの優秀な頭はこれでもリリエッタとの会話をシュミレートしているのだが、発声できるわけもない。
「行ってらっしゃいませ旦那様。」
「…あぁ…。」
今日もなんの進捗もない朝が終わってしまった。
強いて言うならばお見送りの言葉に返事を返せたのが成長か。
いや、それも心ここに在らずと言った独り言のようなものであった。
アルフレドの仕事は主に領地運営。
その敏腕を買われ国王陛下から一等地であるこの土地を任されている、妻との新婚生活がうまくいかないからと言って不貞腐れて手を抜くわけにもいかない。
役所へ出勤し、ありとあらゆる書類に目を通し、国民の声を直接聞く。
リリエッタの前ではポンコツなアルフレドだが、その領主ぶりは完璧で国民からの支持は厚い。
本日も休む暇なく仕事をこなし、最後の書類に判を押すと時刻はちょうど17時を迎える。
今日こそリリエッタと、食事中に会話をしてみせる。
そんな悲しいばかりの小さな目標をかかげ、領主は定時で退勤していった。
「おかえりなさいませ旦那様。」
この結婚生活で唯一噛み締めることが出来る幸せといえば、リリエッタが出迎えをしてくれてアルフレドを旦那様と呼んでくれること。
そんな当たり前なことでもいちいち身に染みて幸せが湧き上がるのも、リリエッタを溺愛してこそだ。
「疲れたところに1番で出迎えるのは貴様か…。」
しかし現実はこうである。
「かしこまりました旦那様、以後ミリアム様にお出迎えしていただきますようお願いしてまいります。」
愚かな口を縫ってしまいたい。
小さな幸せでさえ自分のつまらない照れ隠しで潰していってしまうのだ。
セティス家お抱えの使用人達はアルフレドのリリエッタへの溺愛ぶりは周知の事であるためこういったすれ違い現場を見るたび
(嗚呼、今日もアルフレド様は寝室で枕を濡らすんだろうなあ…)
(リリエッタ様もお可哀想に…)
生暖かいような目で二人を哀れむのであった。
テンションもどん底に落ちてしまったアルフレドに食事中会話する元気があるはずもなく、今日のディナーも食器の音が響くだけ。
このままいつものように食事が終わってしまう…かと思いきや、声をあげたのは珍しくもリリエッタであった。
「旦那様、私の部屋のことなのですが…。」
「はっ…な、なんだ?」
急に話しかけられ声が裏返ってしまう。
初恋を拗らせた21歳は、彼女の前では本当にポンコツなのである。
「お飾りである私が正妻の部屋をいただいているのが申し訳無かったのでミリアム様にお譲りいたしました。
私の部屋は2階の隅にある使用人部屋を使わせていただいてますので、御用の際はお手数ですがそちらまでお願いいたします。」
これなら会話がない方がまだマシ。
そんな引きつった顔を引っさげ寝室に戻ると愛人が一言。
「なんか奥様からお部屋いただいたんだけど、また何かしたんです?ご主人。」
「今回ばかりは何もしてない!!!!」




