現
進学も就職もできなかったわたしの為に、ノノは大学にすらほとんど行かず、わたしの家に泊まり込んで、一緒の時間を過ごしてくれました。
そんなノノを見るうち、わたしは決意を固めます。
いつまでも沈んでいたらダメなんだ。
少しずつ始めた、一年遅れの受験勉強。
その勉強すら、あの子は付き添ってくれます。
自分の時間を犠牲にして。
半年が過ぎ、一年が過ぎて。
わたしはノノと同じ大学に入って。
それからまた、一年が過ぎ、二年が過ぎて。
ある日、わたしは告げます。
もう大丈夫だと。
ノノが自分の人生を犠牲にする事はないのだと。
わたしは一人ぼっちでも、大丈夫。
でも、だから。
だからこそ。
これからも一緒にいてほしい、と。
あの子は聞きました。
それ、あたしへの感謝? ナナちゃんを支えた事への、お礼?
わたしは答えます。
いいえ。
わたしは聞き返します。
わたしは、同情されていたのですか? 可哀そうだから、そばにいてくれたのですか?
あの子は答えます。
ううん、ちがう。
そして、それから。
あれ。
おかしい、ですね。
わたしには、記憶があります。
でも、これは、本物なのでしょうか?
ふたりで、人生を共にしたい、と。
そう約束してから、本当に長い時間が流れて。
ノノは作家になって。わたしは出版社に勤めて。
国籍を変えようか、なんて話を何度もして。
互いの愛情を確かめ合って。
その手段は、色々で。
綺麗でもあり、醜くもあったけれど。
この思い出は、本物なのでしょうか。
久しぶりに訪れた母校の、思い出の部室で。
わたしは、思わず、口にします。
「あなたは、本当なの?」
わたしをきつく抱きしめてくれる、いとしい人。
でも、その存在は、どこかあやふやで。
「そうだよ、本物」
「でも」
それなら、わたしの中にある、もう一つの記憶は。
わたしの愛する娘の、ノノカは。
「それも、本物だよ、お母さん」
気が付くと、わたしが抱きしめていたのは。
今日卒業する、高校生のノノカでした。
「ねえ、教えてあげる」
耳元で、声がします。
「教えてあげます、ね」
また、声の色が変わります。
「わたしは、本物です」
そして、気が付きます。
「あなたも、本物」
色々な事に、ようやく気が付きます。
わたしを抱きしめていてくれた人。
わたしが抱きしめていた、あの人。
あの人が、いったい誰なのか。
それが分かった時、すべてが分かった気がしました。
ああ。
深く深く、途方もなく長い眠りに落ちるような。
生まれて初めて味わうような。
そんな安堵を、安らぎを。
わたしは今、感じています。
もう死んでもいい、とすら思えるほどに。
そして気が付くと。
わたしはひとり、部室に佇んでいました。
でも。
テーブルの上の、ノートに挟まれた、一通の手紙。
両手でそれを、そっと胸に当てます。
そうです、わたしは。
もう決して、一人ぼっちなんかでは、ありません。