妄
絶叫。
拒絶の叫び。
それは、小さく開いた窓から漏れて、闇夜に響いて。
瀕死のけが人のように、わたしは震えていました。
わたしが恋をしていたのは、それは、きっと真実です。
疑ったことなどありません。
でも。
わたしは馬鹿でした。
夕くんと二人で共にした、あの滑稽なお話の中の登場人物になり切っていて。
七穂と有慈の、淡い恋を、本物だと思い込んで。
そして、それを先に進めようとした。
そして、はじめてあの人の手が、わたしの体に触れた時、わたしは気が付きます。
全部が全部、はじめからなにもかも嘘なのだと。
わたしとおんなじに、夕くんもやっぱり、泣いていました。
ふたりで涙を流して、両目からぽろぽろ零れ落ちていたのは、わたし達の心そのものでした。
卒業式の日に、本当の名前を呼ばれて、とどめを刺される前に、とっくの昔にわたし達は。
みずから仮面をかぶることの限界に気が付いていました。
直前まで少しだけ恐れていたように、夕くんを殴ったりはしませんでした。
ただびくびくと震えて、体のあちこちをひくつかせて、家じゅうに響くような悲鳴をあげただけです。
ただそれだけで、あの人を傷つけるには十分でした。
ごめんなさい。
いいんだ。
その言葉だけが、闇の中に響き続けていました。
まるで台本を読むように。
演劇のつづきを試みるように。
忘れてしまったセリフを、取り戻そうと足掻くように。
そうです。
これは、嘘なんです。
わたしとあの人の間に、子供が出来るわけがありません。
でも、それじゃあ、わたしは誰なんでしょう。
この世界は、何なんでしょう。
夢?
幻?
あの子は、だれ?
今は、いつ?
「ナナちゃん」
ノートを閉じ、振り返るわたしの前には、一人の女性が立っています。
その人は微笑んで、両腕を伸ばして、わたしを抱きしめてくれます。
「ナナちゃん」
強く強く、抱きしめてくれます。
呼吸が止まってしまうほどに。
体から力が抜けて、わたしは彼女に身を委ねます。
ぐったりと、まるで息絶えるように。
呼吸を止めてしまうほどに。
「ノノ」
そして、思い出します。
卒業式の日。
わたし達がわたし達である事を、やめさせられて。
夕くんが警察に連れていかれて。
わたしはどうしようもなくなって、ただ部室に帰って、いつもの場所に、静かに座って。
あとは、ただ茫然とする事しかできなくて。
ただ雨音だけがひびいて。
窓を叩く一粒一粒が、恐ろしく大きな音を出すように感じて。
でも、ノノはわたしを見つけてくれて。
抱きしめてくれた。
ちょうど、こんな風に。
そうです。
それから、わたしはノノと二人で過ごしました。卒業式が終わっても、春休みが来ても、片時も離れずに。お母さんがどれだけ心配しても、わたしのおうちに泊まりこんで、ずっとずっと、声をかけてくれました。