表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/126

卒業式。

曇り空の下。


わたしは、赤い光を見つめています。

瞳の奥が痛みます。

痛くて痛くて、涙が流れ落ちます。


世界の終わりを告げるような。

鮮烈な赤。


そうです。

卒業式は、まさに私たちの三人の、卒業式でした。


体育館の壇上から、言葉が投げかけられます。

恐ろしく冷たい響きで。

鉄砲の弾を、一発ずつ、打ち込まれるみたいに。

あの日の体育館は、死刑台でした。


三浦歌乃さん。


夏巳夕くん。


那々・フォン・カッセルさん。


その名前は、学校の友達や先生ですら、ほとんど使わなくなっていました。

三人があまりにも一緒にいるものだから、周りの人たちも流されて。

あだ名のようなものだと、思われていたのでしょうね。


でもこの日は違いました。

わたしたちは泣きながら、卒業証書を受け取ります。

感極まったのではありません。

こわかったんです。

現実を突きつけらるのが。


校長先生に首を垂れながら。

ただ未来に、恐怖に、涙していました。


そうして震えながら、獣に、捕食者に怯える小動物のように、震えながら。

体育館を後にした私たちを待っていたもの。


「夏巳夕君だね」


青い制服。

青い帽子。

金色のバッヂ。

白と黒で塗られた車。


赤い光。

あかいあかい、世界の終わりのような光。


鈍い銀色。

こっちを向いて、静かに笑う有慈くんの手に。

夕君の、その両手に。

二つの輪。


雨音が強まって、大人たちの声が聴こえません。

世界がグルグルと回り始めて、立っていられなくなります。


へたり込んで、地面を見つめて。

そして、気が付きます。


わたしは、あの人を救っているつもりでした。

あの人が、あの時の記憶を捨てられるなら。

捨てたままで、過ごせるなら。

それでいいと思っていました。

加瀬七穂のままで、居続けようと思っていました。


でも、救われていたのはわたしでした。

あの人を救っているだなんて。

ただの、思い込みでした。


お母さんが連れて来た、わたしの新しい父親。

ユージーンの汚い手が、わたしに触れようとするたびに、わたしは必至でそれを振り払って。

自分自身を守りながら、よそでは普段と変わらぬよう努めて。

そんな日々を送りながら、わたしは、待っていました。

ノノの事を。

わたしの本当に好きな人が、わたしの最初の相手であってほしかった。


でも、ある日。

ハダカにされて、椅子に両手を縛り付けれられて。

抵抗して、必死に助けを求めました。

体を這う指や、舌の感覚が、まるでナイフのように、わたしの心を削り取りました。

わたし自身を、そぎ落としました。


痛みはなく。

痛みを生み出す、神経そのものを、そぎ落とされるように。

感覚を、失っていきます。


怖くて、泣き叫んで。

そうして。


夕くんは、その声を聴きました。


あの人は、来てくれました。

わたしの叫びに、気が付いてくれた。


いいえ。

嘘をついてはいけませんね。


あの人を呼んだのは、外ならぬわたし自身です。


あの日、夕くんを家に誘ったのは。


助けてほしかったから。


ノノには、打ち明けるのが怖かったから。


でも、まさか。


あんなタイミングで。


怒りに満ちた眼差しで、オオカミのように吠えて。


そして、壊れてしまいました。

人ひとりを……ふたりを、壊す代わりに。


自分自身まで、壊してしまいました。

わたしを、こんな無力なわたしを、救うためだけに。


だから。

わたしは良心を捨てました。無くしました。


わたしは、物語を書きました。

すべてを、無かったことにするために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ