嘘
高校生活最後の、半年間。
あの頃の出来事は、ともすれば、わたしの生涯で、一番輝いている思い出かも知れません。
ごく普通の高校生のように……
いいえ。
理想化された物語の中にいる、ごく普通の高校生の、そのように。
わたしたちは日々を送ります。
海に山、プールに夏祭り。
花火を見て、綿あめをなめて。
新幹線に乗って、キャンプファイヤーをして。
紅葉を見て。
勉強会に、ゲーム大会。
クリスマスパーティに、初詣。
わたし達三人の、誕生日のお祝い。
ユウジくんとノノと、三人で、わたしたちは、それが当たり前であるかのように、予定調和的に、けれども心から望んで、青春らしい青春を送ります。
ユウジくん。
わたしとノノは、高校を卒業するその日まで、あの人をその名前で呼び続けました。
そして。
「最後は、さ、七穂の本当に行きたいとこ行こう」
七穂。
ユウジくんは、同じようにわたしの事をそう呼び続けました。
そうです。
わたしとノノは、演じ続けたのです。
あの物語の中に出てくる、わたしたちにそっくりな、あの二人を。
夕くんが、自分を辰巳有慈だと思い込んでいる事実。
それはあの人にとって……そしてわたしにとっても、ある種の救いでした。
他ならない、そうです、救済でした。
あの人が、そう思い込むことで、自分自身を守っているのだとしたら。
病院で目を覚ましたわたしは、決意しました。
七穂になろう。
少なくとも夕くんの前では、加瀬七穂としてふるまおう、と。
そしてノノにも、同じお願いをしました。
これから先、夕くんの前では、カミウラ野乃詩になってほしい、あの少女を演じてほしい、と。
それから、あの夜。
夕くんのマンションで、三人で過ごした夜。
嘘だらけの日記の書き手が、わたしだと、そんな嘘をついた夜。
わたしが自分の両親を殺めてしまったのだと、そう二人に向けて告げた夜。
わたしは、更に強く、胸に決めました。
嘘を、つき続けること。
嘘を、本物にしてしまう事。
虚構で現実を、塗り替えてしまう事。
そんな決意を、です。
そういうわけで。
復活した文芸部の日常は、まるでお芝居のようになってしまいました。
夕くんは、有慈くん。
わたしは七穂で。
ノノは野乃詩として、ふるまってくれました。
最初はぎこちなかったけれど。
次第に、その呼び名が、普段とは少しだけ違う性格付けが、ごく当たり前のものとなります。
周囲の生徒たちも、わたしたちの決まり事を察して、それに合わせてくれました。
それからというもの。その後の学校生活は。まるで、そう。
加瀬七穂と辰巳有慈が過ごしたあの日常が、現実の世界に、確かに存在していたかのようでした。わたしたちは、あの二人に……いえ、三人になりきって、そのまま、元の自分を忘れていきます。
勿論、学校を出れば、ノノは歌乃に戻ったのでしょう。あの子には、家族がありましたから。
けれど、わたしと夕くんには、それがありません。
いつしか、家に帰った後も、わたしは七穂のまま過ごすようになります。
加瀬七穂として夕ご飯の支度をして、加瀬七穂としてお父さんに手を合わせ、お風呂に入り、ベッドに入り、眠りにつきます。たまにかかってくるセールスの電話に、ついうっかり『はい、加瀬ですが』なんて答えてしまうほどでした。
今にして思えば、それは救いでした。
あの人にとっての救いだと、そう思い込んでいたけれど。
あれは、外ならないわたし自身の、救済でした。
でも。
そんな日々も、終わりを告げる時がやってきます。
18年前の今日、わたし達は、あの子と同じように。
卒業式を、迎えました。