夢
「ねえ。夏休み、なんだよ」
高校生活、最後の!
まさかあたし達、最後まで、インドア派のままでいる気?
わたしは退院したばかりで、まだ安静にするように、と言われていて、ずっと家の中に籠り切りだったのですが。ある日突然におうちを訪ねてきたノノの、その言葉をきっかけに、外へ出ることを決めました。
あの日の日差し、ほんとうに眩しくて鮮烈。
じっと日向を見ていただけで、両目の奥のほうに痛みを覚えるほどのものでした。それこそ、まるで生まれて初めてモノを見ているようでした。
「おかえり、七穂」
駅の改札の前に、有慈くんがいました。
ながい間、わたしは彼に会っていませんでした。
久しぶりの、再開です。
わたしは、笑います。
「はい、ただいま、かえりました」
ノノは小さくため息をついて、けれど表情は柔らかく。
「なに、かしこまってるの」
と、少しだけ頬を膨らませます。
あの子には、わたしと有慈君の関係について、少しだけ含みがあるみたいです。
何度も、恋人ではありません、と、そう言い聞かせているのですが。
たまに、いつかそうなるんじゃないか、とばかりに、じっとりと据えた目でわたしを睨みます。
「そうだぜ、そんな改まった態度じゃ、カミウラも余計心配するぞ」
カミウラ。
そうです、ノノは、カミウラノノカです。
今は。
いまや。
今となっては。
すべては、わたしのせいです。
「さて、じゃあ今日は、退院祝いだ!」
俺のおごりで、どこへでも遊びに連れていってやるぜ!
と豪語する有慈くんの前で、わたしは自分のお財布の中身を確認して。
それがツボだったのか、ノノは笑い出してしまいました。
「なんだよ、信用してくれって、今度こそ!」
以前、ユウジ君が払うと言ってくれたお金をわたしが立て替えたのは、そう。
随分昔の事のように思えます。
まるでデートのような……そして、ひょっとしたら。
わたしの生涯がそこで終わっていたかもしれない、一日でした。
ノノにつられて、わたしも笑い出して。
それにつられるように、有慈くんもお腹を抱え始めます。
こんな景色を、また見られるなんて、夢にも思いませんでした。
それが嬉しくて、涙が止まらないほど嬉しくて、笑いながら、わたしは泣きました。
わたしは、そうです、安堵していました。
まるで夢のようです。
夢の中で、けれども明晰に、清々しく息をしているみたいです。
それは、意図して作り上げられた、作り物の夢ではありました。
でも、けれども。
わたしを蝕んでいた、わたしの体中を、血管の中を、びりびりと痛みを伴って流れ続けていた、あの悍ましい穢れが、いっぺんに洗い流されていく気がしました。
自分が最早、那々ではないことに。
加瀬七穂になれたことに。
心から、喜びを覚えました。