成り行く過ち
「その通りです」
耳を疑った。
ナナちゃんの語った、その言葉の意味がわからなかった。
ううん、わかりたくなかった。
「わたしは自分の両親を」
『コロシマシタ』
あたしの思考の中を通り過ぎていく、言葉。
その拠り所も意味も掴み取れない。
掴み取れなければ、良かった。
ナナちゃんの顔が見られない。
体が震えて、身動きが取れない。
どうすればいいの。
もう、どうしようもないの?
この子に罪なんてない。
この子は罪を犯してなんてない。
この子は何も悪くない。
そう言ってあげたかった。
「悪くない」
ああ。
今度は、ちゃんと言えた。
「ナナちゃんは! なにも悪くない!」
滑舌が悪いなあ。舌まで震えてしまって。
「なんにも! なんにも!」
壊れたレコードのよう。
「なんにもなんにもなんにも!」
駄々をこねる、子供のよう。
「ぁあ……わるく……ないよぉ」
あたしの頭を撫でてくれた。
顔を上げると、優しく微笑んで、あの子は言った。
「その日記は、わたしが書いたものです」
直感的に、あたしは理解する。
「わたしの罪悪感の、表れであり、願望です」
それは嘘だった。
あんな乱暴な言葉を、ただ無意味に暴力だけを綴るなんて行為を、あの子がするはずがないと思った。
「わたしは、罪を償います」
どうして、そんな嘘つくの?
あたしの思考は、また回転を始める。
「有慈くん、あなたの奴隷でいたのは、その秘密を貴方に知られてしまったからです。両親の事をバラされないために、あなたに従っていたんです」
「七穂?」
「有慈くん、わたしは、あなたを憎んでいます。当然でしょう? わたしを脅して、奴隷として扱ったのだから。でも、それももう終わりです」
「ナナちゃん?」
「わたしは、自首します」
そんな。
頭が真っ白になって。それから、記憶がよみがえる。
いつだか、教科書で読んだ判例。
親殺しの罪は重い。
死刑になる可能性だって、十分ある。
そんなの、絶体にあってはならない。
この子の苦しみの結末が、そんな救いのないものであってはならない。
「ダメだよ! やめてナナちゃん!」
「そうだ」
夕が静かに立ち上がった。キッチンの明かりに照らされた顔の、その両目は真っ赤だった。
そしてあいつは言った。
「俺達だけの秘密だ。誰にも話さなければいい」
そうよ。そうだ。
あれから一年も経って、警察の捜査だって打ち切られているはずだ。
そもそも事件扱いになってすらいない。
黙っていれば大丈夫だよ、きっと。
「そうしてくれよ、お願いだ」
「お願い……?」
「お前なしじゃ、俺はもう、どうやって過ごせばいいか分からない」
「滑稽ですね、わたしはあなたの事を、心底嫌っているというのに」
「嘘つくなよ」
そうだ。
それは明らかな嘘だった。
ナナちゃんの声は震え、両目からは涙があふれていた。
「嘘じゃありません、わたしはあなたが……貴方たちが、嫌いです」
その言葉を聴いて。
あたしは、暖かい光を見た。
それは、今まで知らなかった感情。
似たようなものは、以前もあたしの中にあったけど。
それは、怒り。
憎しみでも、嫌悪でもない。
あたしの中の愛から生れ出た、義憤だった。
気が付くと、あたしの右手はあの子の頬を撫でていた。
厳しく、強く。
軽い破裂音がするぐらい、強烈なやつ。
「痛い……です」
「そうだよ」
あたしはあの子の頬を叩いた。
力いっぱい、思いを乗せて。
「痛いはずだ! 痛いでしょ!? あなたの頬っぺたじゃなくて、もっと違うところが痛むでしょ!」
支離滅裂だった。
これであたしの言いたいことが伝わるとは、到底思えなかった。
言葉の意味が、通じるはずが無かった。
でも。
「だったら、そう言ってよ! あたしに助けを求めてよ! 現実なんか見るな! 見るんなら、そうだよ、あたしを見てよ!」
「ごめんなさい、ノノ」
あの子に届いたのは、たぶん言葉じゃなかった。
その場に崩れ落ちそうになるナナちゃんを、あたしは支えた。
あたしだけじゃ支えきれなくなって、とうとう夕も、あの子に肩を貸した。
「……てください」
ナナちゃんは、最初は呟くように、やがて激しく、同じ言葉を繰り返す。
「たすけて」
「大丈夫だから、もう」
「たすけて、たすけて、ください」
「大丈夫だ」
静かに月が照らす部屋に、三人の声は、響き続けた。