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鎹そのままで

机の上にある夕の日記を閉じて、あたしは考え込んでいた。

日記の内容は、それこそ目を覆いたくなるようなものだった。

猟奇的で悪趣味で、それから支配欲や性欲にまみれていて。

ぷっと吹き出してしまいそうなぐらい。


でも、もう、あたしには分かっていた。

これは夕の妄想だ。

実際に起こった出来事じゃない。


それなら、真実は何処にあるんだろう。


あたしは、それを知らなくちゃならない。

まずは、そこから始めなければならない。

あたしは……あたしが、救うんだから。

救わなきゃいけないんだから。

あたし達の、この狭い、地獄のような世界を。


そう思いたって、夕を連れ出した。


夕は、あの日からおかしくなってしまった。

元々おかしな奴だったけど。

そうじゃなくて、なんていうんだろう、現実の認識そのものが、何か別のものに書き換わってしまっているみたいな感じだった。

そう、たとえば、あたしの事をノノカと呼ぶのだ。


恐る恐るナナちゃんの話を振ってみると、なんと、あの子の事も別の名前で――ナナホと――呼んでいた。

わけが分からないのは、それだけじゃない。


ここ数日の記憶が、まるで別の出来事で置き換わっているのだ。

あいつをお屋敷に呼び出したあの日に、あたし達は初めて出合った事になっていて。

ファミレスでの会話は、随分と面白可笑しい内容に置き変わっていた。


でも、あたしは眉をひそめたりはしなかった。

あいつは事件の日、ナナちゃんの傍にいたのだ。

ひょっとしたら、あの子の大けがに、何らかの形で関わってしまったのだ。

それこそ、何も喋れないぐらい気が狂ってしまったって、おかしくはない。

記憶の齟齬や現実の認識にズレがあるぐらいで、何も知らない人が見れば、あいつはいたって正常だった。それを不幸中の幸いだと思うべきなのだろう。

本当に。

狂ってしまった方が楽になれるなら、それは文字通りの幸いなのかもしれない。


夕がナナちゃんを傷つけたのだとは、思いたくなかった。

そして、たとえそれが真実だとしても。

真実は、あたし一人が背負えばいいのだ。


だから、あいつの話に出てきた、ナナちゃんの今の住まいに、二人で向かった。



   ◆◇◆



ああ。

随分と長い事、昔を振り返ってしまった。

暴れた夕がこの家を飛び出して行って、あれから何時間経ったのだろう。

無人の家で、独りで。


あたしは心の整理をつけたかったのかもしれない。

一分一秒時間が経つごとに、あの子と離れていく距離を、この場所が、少しでも縮めてくれる気がしていた。穏やかな、優しい空気。


ここに、必ず手掛かりはある筈だ。


そうして。

あたしは、あの本を見つけた。

タイトルのない、手製の本。

それを手に取って、ページをめくる。

静かに、ゆっくりと、一枚、一枚、確かめるように。


物語が、記されていた。

あの子と、夕の。

ううん。


加瀬七穂と、辰巳有慈。

奴隷と主人の、少しだけ滑稽で悲しい、でも優しい。

そんな物語を、あたしは読みふけった。

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