本物の疵あと
ファミレスから持ち帰ったのは、夕の日記。
アイツが直接手渡してきたノート。
学習机にそれを積み上げて、ページを開くべきか迷いながら、時間が流れた。
多分、そこには真相が載っている。
あたしは、知らなきゃならない。
けれど。
ページをめくろうとする手が震えて、あたしはついに、陽が暮れるまで、なにもできなかった。
自分の部屋にいるのに、緊張で体を強張らせて、それに疲れて、ベッドで横になって、そのままウトウト眠りかけてしまった。
スマホの震えで目を覚まして、時刻を確認しようとして。
そして。
あの文字列を見た。
『那々をやった』
その後、あたしが何を感じていたのかは、よく覚えていない。
思い出せるのは。
悪夢が現実になる、って、まさにこの事だろう、なんて、ぼんやりとそう考えていた事ぐらい。
夕が送ってきたメッセージには、住所が載っていた。
タクシーを捕まえて、なけなしの貯金を使い切って。
あのホテルに着いたら、救急車が停まっていて。
血まみれになったナナちゃんと、夕が運ばれてきて。
あたしはナナちゃんに付き添って、救急車に乗った。
あの子は裸で。
体中に、痣があった。
痛々しい傷跡が、あちこちに、はっきりと。
赤く、黒く。
その一つ一つをまじまじと眺めながら、あたしは泣いて。
そして、笑った。
自分の愚かさを。
この世の不条理さを。
その時、ようやくあたしは気づいた。
夕の日記は、真実だったんだ。
あたしは、殺せなかったんだ。
あの子を、守れなかったんだ。
悪夢は、現実だったんだ。
あたしは、バカだったんだ。
なにも、できなかったんだ。
それから。
激しく揺れる車の中で。ICUの待合室で。
あたしの頭の中を、たった一文字の言葉が支配するようになった。
死。
あなたのところに、行かなきゃ。
今行くからね。
ごめんね、いっぱい、つらい思いさせて。
待っててね。
あたしはいつしか、祈りを捧げていた。
まるで自分自身を慰めるように、死の際を想う。
あたしは多分、救いを求めていた。
あたし自身のために、それから。
あの子を襲った、あまりにも残酷で不条理な現実の。
それに釣り合う救いを、求めていた。
祈っていた。