学年対抗飛行リレー・後編
クラリスの飛び方は美しい。
相棒アストラの飛行はとても優雅で、飛行演習があれば誰もが見惚れてしまうほどだった。
けれど速さで言えば、それほどでもない。
ただそれは、クラリス自身もよく分かっていることだった。
自分は先輩たちよりもきっと遅い。
だからこそ何度も練習した道を、普段と同じように無理をせず、コースを間違えずに飛んでいく。それは教師のお手本どおりの、正しい飛び方だった。
「クラリスなら大丈夫」
「ああ、彼女の完璧な飛行なら、そう簡単には追いつけないさ」
レオンはそう言って、自慢げに笑う。
その姿からはクラリスを信じているという気持ちが伝わってきて、ルルはちょっとだけ二人の仲にあてられたような気分になった。
「中継地点、一位一年、二位三年、遅れて二年!」
先生からの報告を聞き、ルルは安堵の息を吐いた。
クラリスは十分に自分の役割を果たしてくれた。
その結果が嬉しかった。
けれど次の通過地点で驚きのアナウンスが流れる。
クラリスからバトンを受け取ったのはカイル。
そのカイルの実力ではあり得ない順位が告げられたからだ。
「第一通過地点、一位三年、二位二年、遅れて一年!」
「「「えっ?!」」」
ルルたちから驚きの声が上がる。
第四走者はカイルだ。
あの自信満々なカイルが追いつかれることはあっても、遅れていた二年生に抜かれるなどあり得ない。
特訓を重ねたカイルの実力もそうだが、相棒レグスにはセレスに近い飛行能力があるといえる。
だから何か失敗があったとしても、追いつかれることはあっても、抜かれるなどおかしいとルルたちは感じたのだ。
「カイルに何かあった?」
「分からない。だけど、あのカイルが最後になるなんて、そんなの絶対におかしいよ」
「うん……」
レオンの動揺が表れた言葉に、ルルも頷いた。
力が入りすぎて多少減速することがあっても、あの負けず嫌いなカイルが飛行で後れを取るはずがない。
ルル、レオン、ハルト、ノアは、不安な顔で、まだ仲間の姿が見えない空を見上げた。
「第二通過地点、一位三年、二位二年、遅れて一年!」
第二通過地点でも順位は変わらず、カイルとレグスは最後尾のままだった。
絶対におかしい。何かあった。
そんな疑問が、確信に変わった瞬間だった。
「ルル、そろそろ出発地点に行くんだ。三年生が見えてきた」
「うん……」
何があったのかは分からない。
だけどカイルがこの場に来れば、答えは分かるはずだ。
ルルは不安を胸にしまい、セレスとともに出発地点へと向かった。
その間に三年生が一着で到着し、最終走者のアルフレッドが素早く飛び立った。
続いて二年生が二着で到着し、セドリックも飛び立っていく。
そんな先輩たちの姿を見ながら、観客たちのざわめきがルルの耳にも届いた。
「やっぱり一年生では無理だな」
「期待して損したぞ」
「今年も順位は同じだろう。三年生が優勝だ」
がっかりする声や、もう一年生は勝てないという声が、あちらこちらから上がる。
ルルはその言葉に怒りを感じたけれど、次第に心が冷えていき、冷静さを取り戻していくのを感じた。
自分がやることは一つだけ。
皆から受け取った絆をゴールまで届ける。
それだけだ。
「セレス、厳しい戦いになるよ」
「ギャウ」
「私は負ける気はない。皆のためにも、私とセレスのためにもね」
「ギャッ」
セレスとともに勝利への熱い気持ちを燃やしていると、カイルとレグスが飛んでくる姿が見えた。
近づいてくるにつれ、カイルの様子がおかしいことがすぐに分かった。
カイルは目をほとんど開けられず、涙を流している。
そんな状態でもどうにか地上に降り立ち、ルルのもとへ駆けてきたカイルには、普段の高慢な様子は見られなかった。
「ルル、すまん、油断した」
「カイル、何があったの?」
「何かを振りかけられた。私のことはいいから、早く行け!」
誰に何をされたのかは分からない。
けれどカイルの目は腫れていて、明らかに不自然だった。
この状態なら本来はレースを棄権するか、先生が止めるところだ。
だがカイルはそれを受け入れなかったのだろう。
何としてもルルにバトンをつなぎ、ゴールまでたどり着く。
ルルの背中を押すカイルのその手からは、負けたくないという気持ちが強く伝わってきた。
「カイル、任せて! 絶対に一位でゴールするから!」
「当たり前だ。お前は私が認めるキャプテンなのだ。一位以外は許さないからな!」
カイルらしいセリフを聞きながら、ルルはセレスに声を掛け、素早くその背に乗り込んだ。
その後ろでは、カイルがレオンに支えられ、ノアからタオルを渡されている姿が見えた。
「セレス、行くよ!」
「ギャウ!」
ルルとセレスは阿吽の呼吸で空へ飛び立った。
普通に考えれば高学年よりも一年生が遅れた時点で、勝利の可能性はゼロに等しい。
それも相手は三年生のキャプテン、アルフレッドと二年生のキャプテン、セドリックだ。
だが強者を相手にルルが気持ちで負けるわけがない。
それにルルの相棒セレスはこの場で一番強いとされ、女帝と呼ばれるほどの竜だ。
諦めるなんて言葉は、考えるまでもなかった。
ルルは最初から全速力で飛び出した。
「行っけー!」
第三休憩所までの往復の距離。
これは竜の力であれば、全速力でも飛び続けられる距離だと、ルルは経験から知っている。
だからこそ、セレスの能力を信じ、ルルはゴールまでスピードを緩めずに飛ぶことを選んだ。
その代わり、ルルは最短距離を通る。
今日は強い風もなく、天気もいい。
ならば、選ぶ道は一つ。
ただひたすら真っすぐ飛ぶよう、セレスに指示するだけで十分だった。
ヒュンッ!
セレスが飛ぶ軌道から、ほかの生徒たちとは違う音が響く。
竜が飛んでいくというよりも、何かが通り過ぎたかのような素早さだった。
目をしっかりと開いていなければ、見失ってしまう。それほどの速さだ。
「セレス! セドリック先輩が見えてきたよ!」
「ギャウ!」
第一通過地点を越えるころには、セドリックと相棒ライズの背中が見えてきた。
ルルはライズの風圧を受けないよう、ぎりぎりの距離を保ちながらセドリックへと近づいていく。
「良い、セレス、抜くときは一瞬だよ。セドリック先輩に隙を見せないようにね」
「ギャウ!」
当たり前でしょ! と答えるように鳴くセレスとともに、ルルはセドリックの後方についた。
そしてセドリックがルルたちの存在に気づいた、その一瞬の隙を狙い、ライズの後方すれすれを飛び抜けて追い抜いた。
「わぁお! ルルちゃん、セレス、凄いよ! 今の抜き方、もう一回見せてほしいな!」
セドリックの興奮した声が聞こえたが、ルルとセレスは振り向くことなく前だけを見ていた。
飛行が得意なアルフレッドに追いつくには、セドリックの相手をしている暇はない。
先へ進むしかなかった。
中間地点となる第三休憩所が遠くに見えてくると、アルフレッドが折り返している姿が見えた。
あと少し、もう少しで追いつく!
ライバルの姿を捉えたことで、さらに気合を入れ直すルルとセレスの耳に、第三休憩所にいる仲間たちの応援の声が聞こえてきた。
「ルル、頑張れ!」
「ルル、頑張って!」
「ギャウギャウ!」
「ギャギャギャ!」
竜たちまで興奮して応援する声が聞こえると、こんなときなのにルルは思わず声を出して笑ってしまった。
誰とは言わないが、口の悪い竜もいたためか、セレスもなんだか笑っているようだった。
「セレス、アルフレッド先輩だよ。先輩は飛行が上手だから気をつけようね」
「ギャウ!」
案の定、アルフレッドはルルとセレスが近づいてきたことに気づくと、二人の進路を塞ぐように先回りした。
ルルが抜けないよう、スピードを出せないように巧みに飛んでいる。
(さすがアルフレッド先輩だね。でも、負けないんだから!)
グレイヴに鍛え上げられたルルの飛行能力を、なめてもらっては困る。
この程度の障害で、ルルとセレスの飛行を止めることなどできない。
ルルはアルフレッドにフェイントを仕掛け、少し上昇するふりをした。そしてそれにアルフレッドが反応した瞬間、ルルは下へと潜り、一瞬にして追い抜いた。
「なっ!」
アルフレッドが驚くのも当然だった。
これは竜騎士であっても、簡単にできる技ではない。
ルルの技術とセレスの能力があってこその技だ。
だからだろう。
アルフレッドがギョッとする顔が、抜き去る瞬間、視界の端に入った。
「さあ、セレス、あとはゴールを目指すだけだよ! みんなが待ってるから、このまま飛ばすよー!」
「ギャウ!」
ルルとセレスはゴールを目指して飛んでいく。
学園は思った以上にすぐに見えてきた。
アルフレッドとの攻防に時間がかかったことを、ルルは改めて理解する。
だからこそ、最後まで力を緩めなかった。
アルフレッドにもセドリックにも追いつかれないよう、最速で飛び続けた。
「ゴールだ! ゴールだよ、セレス!」
「ギャウ!」
ルルとセレスは、皆が待つゴールへ向けて飛んでいく。
観客たちがその速さに驚き、声を失っている中、ルルとセレスは学園の運動場にあるゴール地点に着地した。
「一年、ルル・ヴァルド、到着!」
ルルが到着を告げると、確認係の先生が近づき、ルルの手を取って掲げた。
「ゴール! 一着、一年生!」
ルルたちの勝利が告げられると、静かだった校庭に「ワァー!」と大きな歓声が上がった。
一年生の優勝など前代未聞。
ルルたち一年生は、そんな奇跡をやり遂げたのだ。
「セレス、やったよ。あなたのお陰で勝てた」
「ギャウ……」
ルルはセレスに抱きつき、その速さを称えた。
セレスは最大の力を出し切ってくれたのだろう。
その体は白い竜には珍しく、少し熱を持っていて温かかった。
近づいてきた世話係に「お水をお願いします」と頼んでいると、一年生のみんなが笑顔で駆け寄ってきた。
「ルル、さすがだわ。カッコ良かった!」
ミアがルルに抱きつき、飛行を褒めてくれる。
「ルル、凄い速さだったよ! 素晴らしかった!」
大人しいノアが珍しく興奮し、ルルのそばでぴょんぴょんと跳ねた。
「ルル、ありがとう。俺たちの努力が報われたよ」
「ルル・ヴァルド、助かった。お前のお陰で負けずに済んだぞ」
レオンとカイルが近づいてきて、ルルに感謝の言葉を掛けてくれる。
そんな姿を見ながら、ルルはみんなに笑顔を向け、首を横に振った。
「ううん、私だけの力じゃない。みんなが頑張ったから勝てたんだよ」
ルルのその言葉は嘘ではなかった。
皆で勝ちたいと思ったからこそ、ルルもセレスも頑張れたのだ。
大きな歓声が学園中に響く中、一年生みんなの顔には大満足の笑顔が浮かんでいたのだった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
レース後半戦です。
楽しんでいただけたら嬉しいです。




