ルルと合格通知
コケッコー!
田舎のベルン村にあるヴァルド家に、鶏の元気な鳴き声が響き渡った。
その声に負けないくらい元気いっぱいに目を覚ましたのは、ヴァルド家の一人娘、ルルだった。
十二歳になったばかりのルルにとって、朝は一日の中でも特に楽しみな時間だ。
「朝の散歩の時間だ! 急がなきゃ!」
パジャマを脱ぎ捨て、手早く服に着替える。
蜂蜜色の髪を簡単に一つに結ぶと、ルルは勢いよく部屋を飛び出した。
「ニコ、おはよう! グレイヴのところに行くけど、一緒に行く?」
「にゃっ!」
家族のアイドルである愛猫のニコを連れ、ルルが向かったのは屋敷の裏にある竜舎だった。
そこは祖父バルガスの相棒、黒竜グレイヴの住処。
そしてルルにとっては、家の中で一番好きな場所でもある。
「おじいちゃん、おはよう!」
「おお、ルル、早いな。ニコも一緒か?」
「うん! グレイヴの散歩、私が行くよ。それにニコも空を飛びたいって! ね、ニコ」
「にゃっ」
「ハハハハ、そうか、そうか、ニコも空が好きかー。じゃあ、今日もルルに散歩を頼もうかな。グレイヴもそれでいいか? ルルとニコとの散歩は、お前も好きだろう?」
「ギャギャ」
グレイヴが低く鳴く。まるで「仕方ない、ルルで我慢してやる」と言っているような鳴き声に、祖父バルガスに笑みがこぼれる。
本当は孫同然のルルと可愛がっているニコと一緒に空を飛ぶのを楽しみにしているくせに、グレイヴはどうにも素直ではない。いわゆるツンデレ竜というやつである。強面の竜らしい性格だった。
「もう、グレイヴ! 私だって、もうすぐ竜騎士になるんだからね。仕方ないとか言わないでよねー」
「ギャッ、ギャギャー!」
「まだ卵にもなってないって? 酷~い! そんなことを言うとグレイヴの背中、もう磨いてあげないからね~だ」
ルルは頬をぷくっと膨らませ、拗ねたふりをする。
グレイヴはいつだって、ほんの少しだけルルに厳しい。
まだ正式な竜騎士ではないからなのか、特に飛び方については何かと口うるさいのだ。
「それにね、私、竜騎士試験、絶対に合格してるもん! 手応えあったんだから! ねー、ニコー」
「にゃっ!」
ルルがニコに同意を求めると、ニコは短く鳴いた。
その鳴き声は「もちろん」と言っているように聞こえ、ルルとバルガスは声を出して笑い合った。
三か月前。
ルルは王都にある王立アストリア竜騎士学園へ通うため、入学試験を受けた。
試験内容は、竜の体のつくりや、竜が好む食べ物。それから、竜に食べさせてはいけないものなど、どれもルルにとっては(わざわざ試験にする必要があるの?)と思うほどの常識だった。
そして試験の最後には、竜たちとの顔合わせもあった。
竜を怖がるようでは、竜騎士になるなど到底無理。
そんな理由から、受験生たちは何頭もの竜と顔を合わせることになっていた。
けれどルルにとって、それは試験というよりもむしろご褒美だった。
なにしろそこには色とりどりの竜たちがいたのだ。
興奮しないわけがなかった。
(この学校、竜のいる楽園かも~!)
小さなベルン村で暮らすルルにとって、グレイヴ以外の竜を間近で見るのは初めてのことだった。
一度にあれほどたくさんの竜を見ることができたのだから、喜ぶなというほうが無理な話である。
そして、その中でも特に忘れられない竜が一頭いる。
竜舎の奥にいた、ひときわ大きく、強そうな竜。
白銀の鱗はどこまでも美しく、その姿を目にした瞬間、ルルはすっかり心を奪われてしまった。
あの竜に、また会いたい。
そのためにも、絶対に合格する。
それが、ルルの決意だった。
「よーし、グレイヴ。今日は西の方へ行ってみようか!」
「ギャギャ」
「えへへ。だって西の方がグレイヴは好きでしょう? 海が見えるから気に入ってるって、私知ってるんだからねー」
「ににゃっ」
「……」
グレイヴは何も言わず、長い竜尾を地面へ下ろした。
「よいしょっと!」
そしてルルはその竜尾を勢いよく駆け上がり、そのままグレイヴの背中へ飛び乗った。
そして足の間にはニコがちょこんと収まる。
まるで自分が竜の背に乗ることなど当然だと言わんばかりの堂々とした座り方だ。
「ルル、朝食に遅れないようになー」
「はーい、おじいちゃん! 行ってきまーす!」
「グレイヴ、ニコ、ルルを頼んだぞ。時間を守らないと、儂がロイドとミレイユに怒られるからな」
「ギャ」
「にゃにゃ」
バルガスの言葉に、グレイヴとニコがそれぞれ返事をする。
次の瞬間、大きな翼がゆっくりと広がった。
そして黒竜は、ふわりと地面を離れる。
仕方がない、とでも言いたげな顔をしているくせに、その翼はどこか嬉しそうだった。
背中に乗るルルを守るように、優しく風を受け止めている。
グレイヴもきっと、ルルとの朝の空の旅を楽しみにしているのだろう。
黒竜は頑固だとよく聞く。
けれど、その頑固さまで含めて、グレイヴらしくてカッコいいとルルは思っていた。
「たっだいまー!」
西の森まで飛び、一時間ほどの空の旅を終えたルルが家へ戻ると、玄関まで朝食のいい香りが漂ってきた。その香りにルルの鼻が正直に反応する。大好きな母、ミレイユの料理だ。
ぐーっ。
ルルのお腹も当然正直で、母の味を早く食べたいとそう言っているように鳴いた。
「ルル、お帰りなさい。さあ、席に着いて、手はちゃんと洗ってきた?」
「うん、ちゃんと洗ってきたよ! それより、もう食べてもいい? 私、お腹ペコペコだよー」
「ちょっと待ってね。お父さんとおじいちゃんを呼んでくるから」
「あ、じゃあ私が呼んでくるよ。お父さんとおじいちゃんは二階?」
「ええ、そうよ。ありがとう、ルル、お願いね」
「はーい!」
元気よく返事をすると、ルルは二階へ駆け上がっていった。
父のロイドと祖父のバルガスは、村周辺の動物たちを診る医者でもある。
森に生息する動物たちの様子を調べ、健康状態などを王都へ報告するのも二人の仕事だ。
そして祖父バルガスには、もう一つの顔がある。
かつて王宮に仕えていた、竜騎士。
今は相棒のグレイヴの力を借り、王都から届いた荷物を遠くの村へ運ぶ仕事もしている。
一方、父ロイドは竜医師という希少な資格を持つ。
王都でも竜医師は少なく、竜を診ることのできるロイドは高名な医師でもあるらしい。
そんな二人を、ルルはずっと尊敬してきた。
だから将来の仕事を考えたときには、もちろん二人と同じ道も候補に入った。
けれどやっぱり、ルルは空を駆けるのが大好きだった。
だからこそ、竜とともに空を飛べる竜騎士の道を選んだのだ。
竜騎士になる。
それは物心ついたころから変わらない、ルルの夢だった。
「おじいちゃん、お父さん、ご飯だってー!」
二階の父の執務室へ駆け込むと、ロイドとバルガスが今日回る村の予定について話し合っていた。
そしてそこにはもう一人、ルルの幼馴染、エド・ハーヴェルの姿があった。
「えっ? エド? なんでここにいるの? こんな朝早くにどうしたの?」
「……ミレア村のジョンさんちの馬が怪我したって報告に来たんだ。それに今日は、アレの結果が届く日だろう?」
「アレ? アレって、何?」
「おまっ……」
エドの眉間に、深い皺が寄る。
こいつなんで分かんねーんだ?
そう言っているのが分かる顔だ。
「ルル、竜騎士学校の合格通知だよ! 今日届くって、先生が言ってただろう!」
「ああ! そうだったねー、すっかり忘れてたよ」
ルルはのほほんと答えた。
それが気に入らないのか、エドの眉間の皺はますます深くなる。
「おまえ……っとに、信じらんねぇ……」
エドは呆れたように呟くと、こげ茶色の髪をぐしゃぐしゃとかきむしった。
どんだけ呑気なんだよ。
そう言いたいところだが、ルルの父や祖父の前なのでエドはなんとか飲み込む。
相手の考えが簡単に分かるくらい、エドとルルは気心の知れた仲だった。
生まれたときから、ずっと一緒。
幼馴染ではあるけれど、二人の関係は姉弟に近い。
もちろん姉がルルで、弟がエドだ。
そこだけは、絶対に譲れない。
同じ年でも、自分のほうが大人。
そんな謎のプライドを、ルルは密かに持っているのだった。
「ルル、ありがとう。さあ、みんなご飯にしましょう。エドも遠慮なく食べてちょうだいね」
「うん、おばさん、ありがとう。おばさんのご飯は美味しいから、楽しみにしてたんだー」
「あら、エマだって料理上手じゃないの」
「そうだけどさ。でも、母さんのごはんとここのはな~んか違うんだよなー」
「確かに!」
ルルも大きく頷いた。
ルルの母ミレイユは料理上手だ。
その上ミレイユは淡い金髪に青緑の瞳を持つ美人で、村の女性とは違う雰囲気を持っている。
そしてカッコいい父ロイドとはとてもお似合いの夫婦だった。
母は昔、王都で働いていたらしい。
どんな仕事をしていたのか、ルルは少し気になっている。
けれど母は過去についてあまり話したがらない。
実家のことについても話そうとしないので、きっと触れられたくないことなのだろう。
だからルルも、いつしか聞かなくなった。
ただ、父と母は大恋愛の末に結ばれたらしい。
十二歳のルルにとって、それはちょっぴり憧れる話だった。
自分もいつか、そんな恋をしてみたい。
とはいえ……
今のルルの頭の中は恋とは無縁。
竜騎士になることでいっぱいだった。
「おはようございます、ヴァルドさ~ん! お荷物とお手紙ですよー!」
「「来た!!」」
ルルとエドの声が見事に重なった。
二人は食事の手を止めると、揃って玄関へ駆け出していく。
普段なら「行儀が悪いわよ」と注意するミレイユも、今日は何も言わない。
今日がどんな日なのか、彼女も分かっているからだ。
ミレイユもバルガス、ロイドとともに、二人の後を追って玄関へ向かう。
ルルなら、きっと大丈夫。
そう思っていても、合格通知を見るまではやはり親として心配なのだった。
「トーマスさん、おはよう!」
「おう、ルルか。おはよう。今日も元気だなー」
「うん!」
荷物を届けに来たトーマスに、ルルは元気よく挨拶する。
王都から届く郵便は、いつもトーマスが届けてくれる。
トーマスもまた元竜騎士で、祖父バルガスを尊敬しているらしい。
今は竜騎士を辞め、郵便屋として馬車に乗り、村々を回っている。
小さいころから知る、親戚のおじさん、そんな相手でもあった。
「おじさん、俺とルルに手紙はある?」
「おう、エドか、早いな。手紙はちゃんとあるぞー。王立アストリア竜騎士学園からだ。ほれ!」
差し出されたのは、紺色の封書だった。
それを見てルルは満面の笑みを浮かべ、一方のエドは緊張した面持ちで手紙を受け取った。
そして二人は家族に見守られながら、ゆっくりと封を開ける。
【合格】
堂々と書かれた二文字が、二人の目に飛び込んできた。
「やったー! 合格だー!」
ルルがその場で飛び跳ねる。
嬉しくて、嬉しくて仕方がない。
合格通知が今日届くことは忘れていたけれど、合格することはずっと楽しみにしていたのだ。
ルルは家族に向かって合格通知を掲げた。
「お父さん、お母さん、おじいちゃん! 見て! 私、合格したよー!」
その横ではエドが小さな声で呟いた。
「……合格だ……良かった……俺、合格してた……」
エドもホッと息を吐き、緊張の糸が切れたのか、肩ががくりと落ちる。
ようやく息が吸えた。
正直そんな心境だった。
「ああ、やったな! ルルもエドもおめでとう!」
「ルル、エド、おめでとう! よく頑張った」
「二人とも凄いわ、本当におめでとう!」
「うん!」
「あ、ありがとうございます」
家族から祝福の声を掛けられ、ルルは胸を張り、エドは照れたように笑う。
普段からグレイヴが傍にいて、竜と過ごすことが当たり前だった二人にとって、合格は当然と思えるほどのものだった。
それでも実際に合格の文字を見るまでは、やはり安心できない。
試験に親が付き添うことはできないのだから、ようやく安堵できた。
それが二人を見守ってきた、家族の正直な気持ちだった。
「……あれ?」
そんな中、ルルが封書の中を覗き込む。
合格通知のほかに、ルルには何か連絡事項があるようだった。
「私、まだ手紙が入ってるみたい」
「えっ……?」
ルルの封書には、合格通知と入学に関する説明書。
そしてもう一通、白地に金の縁取りがされた手紙が入っていた。
「なんだろう?」
首を傾げながら、ルルはその手紙を開く。
そこには……
【主席】
大きく、その二文字が書かれていた。
「ルル、すげえ! 主席かよ!」
「ルル、頑張ったな! 凄いじゃないか!」
「ルル、おめでとう。今夜はお祝いをしましょうね」
「ルル、さすが儂の孫だ! グレイヴも喜ぶぞ!」
一気に家族が沸き立つ。
特にエドは半分涙目になって喜んでいて、何か大事なことなのだろうとルルは理解する。
(エドってば、エマおばさんに叱られたって泣かないのに……)
ルルは興奮するみんなを不思議そうに見回した。
エドだけでなく母のミレイユも涙目で、祖父と父はどこか誇らしげだった。
「えっと……ありがとう」
そう言ってルルは首を傾げる。
「でも、あの……主席って何?」
「「「……」」」
その一言で、感動の渦に包まれていた玄関が一瞬にして静まり返った。
ルルはきょとんとした顔で皆を見つめている。
(主席って、そんなに凄いこと?)
どうやらルルだけが、その意味を分かっていないらしい。
主席と聞いてもピンっと来ない。
けれど、合格は合格だ。
そこだけは間違いなかった。
「私もこれで竜騎士の卵だね! えへへ」
こうしてルルは家族に見守られながら、竜騎士への道を一歩、歩み始めたのだった。
こんばんは、夢子です。
初めましての読者様も、いつも夢子の作品を読んでくださっている読者様も、この作品に気付いてくださってありがとうございます。
今回のお話は、竜騎士を目指す女の子、ルルが主人公の新作です。
本当は九月からレイの物語の続きを書きたいと思っていたのですが、ルルのお話を思いついてしまい、どうしても書きたくなってしまったので、こちらを優先させていただきました。
魔法塔のお話もストップしたままなので気になっているのですが、もうルルが頭に浮かんだら、書きたくて仕方がなくって……。
申し訳ありませんが、作者都合でしばらくルルの物語を優先して書かせていただきます。(笑)
今日は三話ほど投稿させていただく予定です。
一時間おきの投稿を予定していますが、トイレ(笑)などの理由で少し時間がずれることがありますので、その際はご了承ください。
ルルは元気いっぱいな女の子。
私が一番書きやすい主人公かもしれません。
皆様に最後までお付き合いいただけるよう、愛情を込めて書いていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
2026/09/17 夢子




