第1話 怖い話をしてくる謎の美少女。
……退院したあと、男は以前と変わらない生活をおくっていた。
しかしある日、ピンポーンとチャイム音が部屋に鳴り響いた。
時刻は午前2時、常識的に考えてこの時間に訪問する人物がいるとは思えない。
不審に思った男はドアスコープを覗き、相手を確認した。
なんとそこには……
「……男が轢いた女が、血だらけで立っていたのです!」
丸みのある声が狭い部屋の空気を揺らす。
視線を向けると、声の主は自分の手をぎゅっと包み込んでいた。
力の籠めすぎで爪が少し白くなっている。
話のオチがつき、深呼吸してから彼女は口を開いた。
「今の話はどうでした?」
「そうだねぇ……」
腕を組んで窓の外に視線を向ける。
春らしい柔らかな日差しが、窓際にうっすら影を作っていた。
目の前に座る女の子に視線を戻してから口を開く。
「結構面白かったよ」
よくある怖い話だったね、とは口が裂けても言えない。
せっかく私のために話をしてくれたわけだし。
「怖かったですか?」
「まあ、うん」
私が頷くと、彼女は嬉しそうに唇を緩ませた。
「その話、どこで見つけたの?」
「昨日見た動画なんですけど……」
相槌を打ちながら、少しぶかぶかの制服を着た彼女をぼんやり眺める。
三輪千尋は、同じ文芸部でなければ関わることのないタイプの女の子だった。
彼女が入学してきたとき、上級生の教室でかなりざわざわした。
みんな口をそろえてこう言っていた。
とんでもない美少女が入学してきたぞ、って。
その噂に違わぬ美貌を携え、三輪さんは文芸部の扉を叩いたのだった。
「……って感じです」
話を終えて、三輪さんはペットボトルの水を飲む。
ちょっとした所作に目が吸い寄せられるが、あまり見すぎないように注意した。
飲み物を飲んでるときにがっつり見られるのってちょっと恥ずかしいし。
狭い部室に、水の跳ねる音が静かに響く。
私たちがいるのは旧校舎の3階、階段を上って突き当り右にある文芸部の一室だ。
ここにいるのは、私と三輪さんのふたりだけ。
他にも部員はいるんだけど、みんな幽霊なのだ。
あ、幽霊部員ってことね。
「如月さんって、どういう系の怖い話が好きなんですか?」
「やっぱヒトコワ系が一番好きかな」
さらりと応える。
何を隠そう私、如月芽衣は怖い話が大好きだ。
睡眠用BGMは怖い話だし、ヒマつぶしに見るのも某掲示板のまとめサイトである。
「なるほど……」
腕を組んで三輪さんは唸り、形の良い眉が少し歪んだ。
もし私が学校の七不思議を作るとすれば、半分近くは三輪さんに関わる謎になる。
七不思議の一つ目、文芸部に入ってきた謎の美少女。
七不思議の二つ目、私と仲良くしようとする謎の美少女。
そして——
「三輪さんってさ、怖い系絶対苦手だよね?」
私が尋ねると、肩がビクンと跳ねた。
「……そ、そんなことないですよ?」
唇を震わせながら彼女は呟く。
ついさっきも飲んだはずなのに、三輪さんは再び飲み物に口を付けた。
そして「ん、ん!」と喉を鳴らして、ペットボトルのキャップを締める。
——七不思議の三つ目、怖い系が絶対苦手なのに怖い話をしてくる謎の美少女。
どういう理由か知らないが、彼女は私に怖い話をしてくれる。
でもその時の話し方とか様子が、明らかに怖がってる人のそれなのだ。
「苦手だったらしなくてもいいよ」
「でも如月さんは怖い話好きなんですよね?」
「めっちゃ好き」
「なら……」
私も好きなんで、と言ってこちらを見てきた。
私たちの間に、なんとも言えない空気が生まれる。
グラウンドから聞こえる運動部の声がやけに遠く感じた。
「……それならいいんだけど、無理はしないでね」
「もちろんです!」
彼女は笑みを見せた。
「忘れ物ない?」
「大丈夫です」
部活が終わる時間になり、後片付けをしてから部屋から出る。
雑談をしながら渡り廊下を通って階段を降り、すぐに玄関に辿り着いた。
「じゃあまたね」
「あの、」
背を向ける直前、三輪さんが私の言葉を遮った。
「……途中まで、一緒に帰りませんか?」
ぽつりと三輪さんは口にした。
何を言い出すかと思えば、大した内容ではなかった。
まあ玄関で「部活やめます」って言われても困るけど。
「私は良いんだけどさ、帰り道って一緒なの?」
「はい」
こくこく三輪さんは頷いた。
そのとき、すっと疑問が浮かんできた。
私、三輪さんと一緒に帰ったことないんだけど。
「じゃあ一緒に帰ろうか」
「はい!」
疑問はいったん流しつつ、私たちは一緒に帰ることに決めた。
すぐに靴を履き替えて玄関から出る。
西日が思った以上に強く手で日差しを防いだ。
校門を出るまで、どちらとも黙って歩き続ける。
部活終わりの生徒の視線が三輪さんに集まって、少し居心地が悪かった。
「三輪さんの帰り道ってどっち?」
校門を出てから三輪さんに尋ねる。
「こっちです」
「そっか」
軽く返事をして再び歩き始める。
「……如月さんって、怖い話を聞いてるときってドキドキするんですか?」
信号機の点滅をながめていると、おもむろに三輪さんが口を開いた。
「怖い話だったら普通にするよ」
「私がしてるときもですか?」
「まあ、そうだね」
少し歯切れ悪く私は頷いた。
正直に言って、三輪さんが話をしているときのドキドキは別の種類のものだ。
怖いからドキドキしているというより、三輪さんの様子にドキドキしている。
たぶん、ハムスターとかの愛玩動物を見ているときの感情に近い。
「ならよかったです」
満足そうに三輪さんは呟いた。
三輪さんは怖い話マニアの私が唸るほどの怖い話をしたいのだろうか。
別に私を唸らせても得することなんてひとつもないと思うけど。
「じゃあ如月さん、また明日!」
「うん、またね」
三輪さんの後ろ姿が見えなくなってから、私は帰路に就いた。




