第六十二話
「そう言っていただけて安心いたしましたわ。ですが、本当にお困りのときは遠慮なく言ってくださいね」
「ええ」
私の言葉を受けてクロード様が頷く。私は胸を撫で下ろした。
ローレル様たちの振る舞いについて、そこまで気にせずとも問題ないとわかって、ほっとしたのだ。
クロード様に迷惑をかけていることに変わりはないので、ノーマークとはいかないけど、気が楽になるわね。
『ほらね。だから言ったでしょ?』
(そうね……)
これ見よがしに頭の中に響くメリスの声に、私は同意する。確かに私は心配し過ぎていたみたいである。
『クロード様が友人どうこうで評価するわけがないのよ。なのにあなたは吹っ切れたとか言っといて、結局心配して……』
(……)
返す言葉もないわね。でも仕方ないじゃない。
万が一を考えたら、やっぱりどうしても気になったのよ。
『まったく。ちゃんとクロード様を信じなさいよね!』
(っ!)
ちょっと待って! その物言いだと、まるで私がクロード様のことを信じていなかったみたいじゃない!
何気なくといった様子でメリスが放った言葉に、私は過剰に反応した。
(わ、私だって。本当は信じていたのよ! でもほら。私って、念には念を入れるタイプだから!)
私は思わず反論する。それは本心からの言葉だったけど、口にするほどに言い訳にしか聞こえない気がした。
(クロード様の性格を考えれば、友人どうこうで人を評価しないって。私も、当然思ってたけど。でも……)
不味いと思いながら尚も言葉を紡ぐ。しかしやはり口にすればするほど言い訳がましくなり、どんどん尻すぼみになっていく。
(ほ、ほら。だって万が一ってこともあるでしょ? だから備えあれば、憂いなし。の精神だっただけで……)
結局、私は閉口するほかなかった。聞き捨てならない言葉に思わず反論したけど、かえって墓穴を掘ってしまった。
もうやめておきましょう。私がメリスほどクロード様のことを信じられなかったのは、たぶんきっと事実なのだ。
メリスの言う通り「吹っ切れた」と口では言ったけど。それでもローレル様たちの動向を注意していたことが、その証拠……。
「はぁー」
気落ちする私。
「メリス嬢。どうかしましたか?」
すると、そんな私にクロード様が話しかけてきた。
「えっ? 何がですか?」
「いえ。大きなため息をこぼしていたので」
どうやら気付かぬうちにため息をこぼしてしまっていたようだ。私は慌てて誤魔化すために口を開く。
「別になんでもありませんわ。ちょっと考え事をしていただけで」
「そうですか。……そういえば。治癒魔法がなぜ発動できないのか。何か思いついたことはありませんか?」
クロード様は深くは追及せず、代わりに別の話題を振ってきた。
「そうですね……」
私は気持ちを切り替えて思考を巡らせる。
私がどれだけ完璧にホルキス先生の魔法を真似て魔素を集めても、発動する気配のなかった治癒魔法。
魔法の発動に必要な魔素が集められている以上、普通なら発動するはずなのに、なぜ発動しないのか?
しばしの間、考えてみたけれど答えは出てこない。もっとも、それはわかり切っていたことでもある。
だって暇さえあれば考えていたのにわからなかったのだから。今、少し考えたところで答えが出るわけもない。
申し訳なく思いながらも、私は正直に答えることにする。
「……あれから私も、いろいろと考えてみたのですけど」
「やはり。思いつきませんか」
「残念ながら……」
私は小さく相槌を打ちながら、クロード様の様子を窺う。
クロード様の表情には落胆の色は見えない。特に答えを期待しての問いかけではなかった様子。
良かった。どうやら世間話程度に話を振っただけだったみたい。私は内心で安堵しながら話を続ける。
「……ただ。ホルキス先生以外の治癒魔法の使い手に会えれば。もしかすると何かわかるかもしれません」
「比較対象が欲しいというわけですね」
「はい」
私が控えめに頷いたところで会話が途切れた。クロード様はこの話題を膨らませる気はないらしい。
まあ。人前では私の特別な目のこととか話せないことが多くて、深く議論することもできないからね。
そんなことを思いながら、私はなんとなしに視線をさ迷わせる。するとこっちを見ていたプラム様と目が合った。
プラム様は私と目が合うと、ナルシス様と歓談するローレル様たちの輪から抜けて、私のほうへと近づいてくる。
「お二人で、何をお話しされていましたの?」
「少し魔法のお話をしていたわね」
プラム様の問いかけに、私は事実をぼかして答える。ローレル様たちのことで謝罪し合っていたとは言えないからだ。
「まあ! 魔法のお話を! でしたら私も混ぜてくださいな!」
私の言葉に大きく食いつき、目を爛々と輝かせるプラム様。その意外な反応に私は目を丸くする。
プラム様ってそこまで魔法に興味がなかったわよね。
「ここ最近。私も魔法の勉強をしていますの!」
「あら。そうなの」
「はい! ですのでお話に混ぜてください!」
「ええっと……」
どういうわけか、ぐいぐいくるプラム様の様子に戸惑いながら、私は伺うようにクロード様のほうを見た。
無言のまま小さく頷くクロード様。乗り気ではなさそう。印象としては「お好きにどうぞ」って感じかしら?
でもまあ。とりあえず問題はなさそうなので……。
「そうね。プラム様も一緒にお話しましょう」
私はプラム様を話に混ぜることにする。
「ありがとうございます! それでお二人は何をお話に?」
嬉しそうに、元気な声で尋ねてくるプラム様。
「えっと……」
さて。話に混ぜるとは言ったけど、どうしたものかしら。別に魔法の話で盛り上がっていたわけではないし……。
うーん。まあ、さっきの話を適当に延長すればいいか。
「治癒魔法といった特殊な魔法は、発動できる人とできない人がいるでしょう。それがなぜか考えていたの」
「それは……。特別な才能が必要だからですわ!」
私の言葉にプラム様が自信満々に答える。
「ええ。そうね。才能が必要と言われているわね」
「違うのですか?」
「違わないけど。でももっと深く考えているの」
「深く、ですか?」
そう深く。といってもプラム様相手だと深くは話せないけど……。
「才能と一言で言っても、そこには何か由来があるはずよね?」
「……血筋が関係すると。あるいは神に選ばれるとも習いました」
「そうね……」
一般的にはそう言われている。教科書通りの答えね。
魔法の才能はある程度遺伝することがわかっているため、治癒魔法等の特殊な魔法もまた遺伝すると考える者は多い。
でも識者の中にはそれに異を唱える者もいるし。また一方で宗教的な思想から神様を持ち出してくる者がいるのも事実だ。
もっとも、別にその辺りはどうでも良かった。




