第五十七話・ジールス視点
「カトラ様。楽しんでいって頂戴ね」
「はい」
挨拶を済ますと、カトラ嬢は軽く頭を下げてから、アリク嬢とカラミラ嬢のいるほうへと移動していく。
最近メリスと仲良くしているという三人が揃ったみたいだね。
わがままを言わなくなったり、嫌いだった勉強を頑張り始めたりと、ここ一年ほどの間で成長著しいメリス。
そんなメリスはどういう理由か、さほど仲が良くなかったはずのアリク嬢たち三人と、とみに仲を深めている。
メリスは少し自分本位なところがあるから、メリスの考えや意見に迎合するような子が好みなのかと思っていたけど……。
どうやらそれは間違いだったようだ。いや、あるいは大人びつつあるメリスの中で、何か心境の変化でもあったのだろうか?
考えながらアリク嬢たちから視線を外し、メリスのほうを見た。
招待客の多くが集まり、一段落ついたこともあって、メリスはエルベル嬢やプラム嬢と雑談に興じている。
アリク嬢たち三人と仲良くする一方で、こうして昔から仲の良かった二人とも仲良くしているようなのだけど……。
しかし、その様は記憶にある光景と比べると、少し違和感があった。
エルベル嬢やプラム嬢と接するメリスの態度がどうも……。距離感が、昔より開いているような気がしてならない。
振る舞いが大人びたせいでそう見えるだけかもしれないが、どこかおざなりというか、聞き流しているように感じた。
アリク嬢たち三人とだけ、頻繁にお茶会をしていると聞いていたので、ある程度予測していたとはいえ。
この様子を見ると、思っていた以上にメリスの心は、アリク嬢たち三人のほうへと傾いているようであった。
うーん。別にエルベル嬢やプラム嬢を、ないがしろにしようとするような意図は感じないけれど……。
きっと新しくできた友人と仲良くなることへ気を取られているだけで、メリスに他意はないのだろう。
ただ、エルベル嬢やプラム嬢は不満を感じてしまうかも……。実際、プラム嬢とアリク嬢たち三人の仲は良くないと聞く。
アリク嬢たちは三人とも良い子そうだし、仲良くなることには僕も大賛成なんだけど、なんだか少し心配になってしまうよ。
エルベル嬢とプラム嬢の張り合うような関係も放置していたし、メリスは友人同士の関係には口出ししない傾向がある。
多少友人同士が険悪な雰囲気でも、仲を取り持とうと動いたりしない。だから拗れに拗れてしまわないか、不安があった。
と。そんなことを考えていると、エルベル嬢の口から嫌な話題が飛び出す。
「メリス様。今日のお茶会には、レクス公爵夫人とクロード様がお越しになると。そう伺いましたわ」
「ええそうよ。今日のお茶会のことをお話したら、ナルシス様が是非に参加したいとおっしゃってね」
「まあ! レクス公爵夫人が! 随分と仲がよろしいのですね!」
感嘆したような声をあげるプラム嬢。
「……」
そんなプラム嬢を見る僕の表情は曇っていく。
「お母様とナルシス様が友人同士だから、その縁で仲良くしてもらっているの」
「そうなのですね。……クロード様ともその縁で?」
「ええ。ナルシス様とはよくお茶会をしているのだけど、そこに何度かクロード様も同席することがあって……」
あまりクロード様のことには触れて欲しくないのだけど……。
クロード様がお茶会に参加するとなれば、メリスとクロード様の関係を気にする者が出てきても不思議ではない。
今日のお茶会は私的で緩い催しもの。積極的にそういった催しに参加しないクロード様が来ると聞けば、気になるのもわかる。
もっとも、だからこそ憂鬱な気分になるよ。メリスとクロード様の関係が、深いものだと思われるのは好ましくない。
社交界に変な噂が流れては困る。特にクロード様がメリスに会うために、我が家を訪れていたなんてことが知られたら……。
やはり。父上と相談して緘口令を敷いておくべきだろうか。
「それで仲良くなったのですわね!」
「ええまあ。そうね。クロード様とは魔法のことで話が合って。それで少しだけ話をする間柄になったのよ」
「なるほど。そうだったのですか」
「メリス様が魔法の勉強に力を入れているとは聞いていましたけど、あのクロード様と話が合うほどとは。尊敬いたしますわ!」
「ありがとう。でも、クロード様と比べたら私なんてまだまだよ」
苦笑交じりにメリスが答え、三人の会話は別の話題へと移っていく。
僕は思わず安堵の息が漏れそうになったのを堪える。
良かった。無難に会話が流れてくれた。話を聞いた二人も、メリスとクロード様の仲を勘繰っている様子はない。
きちんとメリスの言葉通りに受け取ってくれている。メリスとクロード様は少し話をする程度の間柄だと認識してくれた。
おかげで深く踏み込まれることもなく話題が移り、クロード様がメリスに会うために我が家を訪れていることも知られずに済んだ。
本当に良かったよ。もしこのことが知られたらきっと厄介なことになる。あのクロード様が特定の令嬢と頻繁に会っているとなると……。
クロード様は貴族の令嬢たちにとても人気があるが、今まで特定の令嬢と仲良くしているということはなかった。
しかも周りからは魔法にしか興味がない人物と思われているから、メリスと頻繁に会っていると知られたら、絶対誤解される。
二人が頻繁に会っている理由は、ただ単に魔法のことで話が合うからだと。例えそれが事実でも周りにはどう見えるか……。
実態を知る僕ですら、クロード様がメリスに会いにくる理由が魔法のことで話が合うからと聞くと、首を傾げるというのに。
そう、身近にいる僕ですら――。いや、僕だからこそ疑っている。クロード様には下心があるのではないかと……。
クロード様はメリスの魔法に興味を持って我が家を訪れるようになったと聞くけど、正直僕は納得がいっていない!
メリスは確かに魔法の勉強を頑張っているが、しかしクロード様が興味を抱くほどの技術も、珍しさもないはずである。
だというのに、わざわざメリスに魔法の手ほどきをしてくれているという。クロード様の行動が、どうにも腑に落ちない。
考えれば考えるほど、クロード様には別の目的がある気がしてくる。
やはり。内情をよく把握している僕ですら、こうして疑ってしまうということは、周りに誤解される可能性は高い。
クロード様とメリスが頻繁に会っていると広まり。もし、それで二人が恋人同士だと勘違いされでもしたら最悪だ!
今のところメリスは、クロード様に対して友情以上の感情を抱いていないけど、周りが騒ぐことで妙な影響を受けて……。
メリスもお年頃だから、変にクロード様のことを意識するようになって。それで万が一、満更でもなさそうだったりしたら。
いや! メリスに限ってそんなことにはならないと思うけど! でも、絶対にありえないとも言い切れない。
クロード様は顔立ちが整っているし……。ああ駄目だ駄目だ! そんなこと、お兄ちゃんは断じて認めません!
もちろん、いつかはメリスにも好きな人ができて、お嫁に行ってしまうだろう。けどそれは遠い未来の話で……。
とにかく! お兄ちゃんはクロード様との仲を絶対に認めません! メリスに色恋は、まだまだ早過ぎるよ!
よし。やっぱり緘口令は敷いておくべきだ。さっきは運よく話題に上らなかったけど、時間の問題である。
メリス本人に吹聴して回る気はなくとも、周りが深く尋ねればいずれクロード様との関係を話してしまうだろう。
さりとて、メリスにクロード様との関係を話すなと言うことは、理由付けが難しくてできない。
となれば、緘口令を敷いてなんとかうちの派閥より外には話が広がらないようにする必要がある。
これも所詮は時間稼ぎにしかならないだろうけど、それでも時間が稼げるならば、その間にやりようはある!
かわいいメリスを渡してなるものか! クロード様――。いやクロード! 貴様にメリスはやらん! うん?
一人意気込んでいた僕だったが、喧騒がやみ、周りが静かになったことに気が付いて、思考を中断する。
周囲を見渡せば、母上を先頭にして広間へと入ってくるナルシス様と、憎きクロードの姿が目に入った。
ついに来たか……。メリスに近づく悪い虫、クロード!
広間にいる令嬢たちの注目を集めながら、ゆっくりとした足取りでこちらへと近づいてくる三人。
ちらりとメリスの様子を窺うと、三人を出迎えるためにメリスは、襟を正して表情を引き締めていた。
「ナルシス様、クロード様。ごきげんよう」
「ごきげんよう、メリスちゃん」
「メリス嬢、ごきげんよう」
挨拶を交わすメリスたち。僕とカリスも後に続く。
「ナルシス様、クロード様。ご無沙汰しております」
「ご無沙汰しております」
「二人とも、久しぶりね」
「お久しぶりです」
僕とカリスが挨拶を交わすと、再びメリスが口を開く。
「お二人とも。本日はお越しいただき、ありがとうございます!」
「ふふっ。こちらこそ。招待してくれて、とっても嬉しいわ」
「ささやかな催しですが、どうか楽しんでいってください」
「そうさせてもらうわね」
「ナルシス。あちらへ行きましょう」
「ええ。じゃあメリスちゃん。後でね」
「……」
ナルシス様は母上に促されて離れていく。クロードも無言で後に続いた。
さてと、どうやら僕たちの出番がきたようだ。そんなことを思っていると、メリスが僕とカリスに向かって目配せをした。
僕は頷いてメリスに答える。任せておいて。かわいいメリスからの頼みだからね。正直、気乗りはしないけど、頑張ろう。
「カリス。行こうか」
「ふむ。そちらは兄さんに任せますよ」
「おいっ……」
隣のカリスに一声かけるが、どこ吹く風とカリスは離れていった。
やれやれ。まったくカリスときたら。まあ、カリスがメリスのお願いを素直に聞くとは思っていなかったが……。
はぁー。こうなったら僕一人でクロードの話相手をするほかない。僕はカリスの勝手さに呆れながら、動き出した。




